六章 次女とふたりきり
「オチンチン、ちょん切っちゃうの⁉」
隣近所の迷惑を顧みない
その声の大きさたるや、広めの一軒家である
「
三女の
「オチンチン、ちょん切る? どういう意味?」
と、まるでピンと来ていない様子。
「と、とにかく……!」
と、こちらは自分で言い出したことなのに、姉の露骨すぎる絶叫を聞いて自分の言ったことの意味を思い知ったのだろう。
「オレには、姉ちゃんと妹たちを守る責任がある! 少しでも危険なやつを近づけるわけにはいかない。この条件を飲まない限り、絶対に同居なんて認めないからな!」
指を突きつけながらのその言葉に――。
「わかった」
「わかっちゃうんですか⁉」
またも響く
そのなかで
「
「
「キョセイって、そんなに大変なことなの?」
言葉の意味を知らない小学生に真顔でそう問われて、
「男が女に仕える立場になるってこと」
「ふうん? そんなに悪いことでもないんじゃない?」
と、やはり、よくわかっていない
「……よ、よおし、いい覚悟だ」
「明日一日、たっぷりテストしてやるからな。少しでも下心を見せたら本気でちょん切ってもらうぞ。いいな」
「わかった」
かくして、
この手の手続きには慣れているのか、末っ子の
「くれぐれも、くれぐれも気をつけてくださいね!
――無自覚の怪力よりマシ。
と、思われていることに気付かずにすんだのは幸運だったろう。
とにもかくにも
ジロリ、と、はなはだ非友好的な視線を向ける
「おれはもう眠ませてもらうよ。痛み止めのせいか、やけに眠いんだ」
という言葉の後半は胸の奥にそっと潜め、布団の敷かれた居間へと引っ込んだ。
そして、翌日。
痛み止めのせいか、朝までグッスリ寝入っていた
「な、なんだ……⁉」
匂いの元に駆け込んだ。
「なんだ、この匂いは⁉ 火事か、出火か⁉ どこか、燃えているのか⁉」
「え、ええと……」
事態を察した
「な、なんだよ……! なんで、こんなに早く起き出してきてるんだよ!」
「い、いや、だって、ひどく焦げ臭い匂いがしたから、火事かなって……」
あわてふためいた
「……わ、悪かったな! 見ての通り、ただの失敗だよ! ……オレは料理は苦手なんだ。うちでは料理は
と、
黙って、キッチンのテーブルに着いた。
「……おい」
「早く食べよう。すぐに仕事なんだろう?」
「そ、そうだけど……」
「気にすることはない。おれだってこの四年間、男三人、女ふたりのシェアハウスで暮らしていたんだ。丸焦げの料理には慣れている」
「う、うん……」
結局、
「それじゃ、工場に向かおう。いろいろと教えてもらわなくちゃいけないことがある」
「あ、ああ……」
ふたりは流しに並んで洗い物をすませたあと、作業着に着替えて工場に向かった。と言っても、
町工場としては決してせまくはないが、雑多な工作機械やら材料やらが所狭しと置かれているので、広さは感じない。しかし、雑然とした印象はまったくなく、すべてのものが意味をもって規則正しく配置されている。
雑多な機械類はよく手入れされて汚れひとつないし、器具の類もきちんと収納されている。ドライバーひとつ、放り出されたりはしていない。床にも小さなゴミひとつ落ちていない。
「きれいな工場ですね。どこもよく手入れが行き届いているし、きちんと整頓されている」
「当たり前だろ」
「工場は技術者の城なんだからな。気を使わずにどうする」
その言葉に――。
「それに、規模の割に設備が整っている。これなら、たいていの注文に対応できるでしょうね。主な仕事はなんだったんです?」
「大部分、車の部品製造だな。最近はとくにハイブリッド車の部品の注文が多かった」
「そういう時代ですからね。自然な流れですか」
そう言ってうなずく
「なにか?」
「……いや。なんで、お前、いきなり敬語になってるんだよ?」
「あなたはここの責任者ですから。上司であり、先輩です。仕事中は敬語を使うのが当然でしょう」
言われて、
「ああ、その通りだ。では、上司であり、先輩であるオレが、
「お願いします」
「どうだ!」
と、ばかりに
「いい出来です。実に丁寧な作りだ。部品作りへの真摯な姿勢が伝わってくる一品ですね」
「当たり前だ。親父譲りの技だからな。親父はいつも言ってたもんだ。『たったひとつ、たったひとつの部品が不出来だっただけで、機械は人の命を奪う凶器と化す。どんなにつまらない部品に見えてもおろそかにしてはいけない。魂を込めて作らなければならないぞ』ってな」
「技術者の鑑ですね。立派です」
父親を褒められてさらに気分がよくなったのだろう。
そんな
「ですが……」
「なんだ?」
「ちょっと、妙な癖がありますね。ここを直せばもっと良くなる。作ってみてかまいませんか?」
「ああ。かまわない」
上司の許可が出たので、
出来上がったのは同じ部品。しかし、さらに精緻な出来だった。
「この通り、癖を直せばより精密に動きますし、耐久性もあがります。ちょっとのちがいですけど、そのちょっとのちがいが機械では大きい差になりますら」
精密な機械になればなるほどね。
「な、なるほど。しかし、お前、いい腕してるな。機械の扱いも堂に入ってたし、大したもんだ」
「これでも、前のチームではチーフ・エンジニアでしたからね。でも、あなたこそ立派ですよ。その歳であれだけの技術を身につけているんですから。大学時代の私ではとても、あなたほどの部品は作れなかった」
「当たり前だろ。オレは小さい頃から親父にたっぷり仕込まれてるんだ。機械いじりの腕では誰にも負けない」
「なるほど。あなたの腕を見れば、師匠であるお父上が一流の技術者であったことはわかります。しかし、だとすると、あんな癖があるのは……もしかしたら、欠陥などではなくて、なにか意味があるのかも知れませんね。その点で説明を受けたことは?」
「……いや、そう言われると、そんな説明を受けたことはないな。オレはまだ基礎的な技術しか教えてもらえなかったしな」
「では、ちょっと調べてみましょうか。お父上の作った部品はありますか?」
「ああ。いくつか残ってる」
ふたりは亡き父親の作った部品を並べ、その品質や癖をチェックした。技術者同士、あれこれと議論を交わす。その議論に熱中するあまり、昼食を食べるのを忘れたほど。一二時をかなり過ぎたところでお互いの腹の虫が大きく鳴いた。それで、ようやく、昼食を食べていなかったことを思い出す。
いまから料理するのも面倒なので近くのコンビニで弁当を買ってくることにした。その際、
「そうだ。
これは、仕事上の話ではないので敬語は使わない。
言われて、
「なんだよ。オレの料理は食えないってのか?」
「い、いや、そう言うことじゃなくて……住み込みの従業員となるからには世話になりっぱなしというわけにはいかないだろう。おれも、なにかしらやらないと」
「良い心がけだな。でも、お前、料理なんてできるのか?」
「簡単なものぐらいならね。シェアハウスでは家事は当番制で、皆で順番にこなしていたから」
「ふうん。それじゃ任す」
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