一一章 姉妹とお肌の手入れ
「ふう」
と、
一日の仕事を終えて入る風呂はやはり、気持ちが良い。と言っても現状、『金になる仕事』はなにひとつ出来ていないのだが。
なにしろ、仕事の依頼が一件もないのだから仕方がない。先代である父親の残した部品をチェックしたり、以前の取り引き相手と連絡をとったり、
――でもまあ、おかげで
――私はともかく、成長期の
そう思い、肩においたバスタオルで長い髪を拭く
身内でもない四姉妹と一緒に暮らす以上、女になりきらなくてはならない。そう思っているので風呂上がりにも長いカツラとパッドはつけている。
と言っても、男は男なので『男の入ったあとの風呂に入りたがる若い女性はいないよな』と言うことで、風呂の順番は最後にするつもりだった。ところが、
「オレはいつも風呂に入るの遅いから、お前、先に入っていいぞ」
「えっ? でも、男の入ったあとの風呂なんて入りたくないだろう?」
「お前を女にしたのはオレだぞ。そんなこと、気にしない。いいから、お前が先に入れ」
「そう言うならそうしてもいいけど……でも、そんなに風呂に入るのが遅いなんて、なにをしてるんだ?」
「な、なんでもいいだろ! とにかく、風呂にはお前が先に入れ。いいな!」
と、
とにかく、風呂に入る順番でいつまでも言い争っていても仕方がないし、相手のほうからそう言っているのなら、住み込みの従業員として拒む理由もない。と言うわけで、他の三姉妹よりはあと、
廊下を歩いて自分にあてがわれた部屋に戻ろうとするとその途中で、
「あ、
「ええ」
と、
「な、なにか……?」
その表情に
そんな
二三歳のうら若き女性の前で。
……ちなみに、下着は男物のボクサーパンツである。念のため。
「わあっ!」
「な、なにをするんだ、いきなり⁉」
叫ぶ
叱りつけるようなその表情。さすがに長女だけあって叱りなれていると感じさせる。
「やっぱり。
「えっ? あ、ああ、それはまあ……」
女装はしていても中身は一般男子のまま。いままで無駄毛処理なんてしたことはないし、そんな発想そのものがなかった。
「ダメです! 女性にとって無駄毛は天敵! きちんと処理しなくちゃいけません」
「い、いや、でもほら、私は中身は男だし……」
「この家に住むために『女になる』って決めたんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「わたしは
「あ、いや、世間体のために女装しているだけで男を捨てたつもりはないし、本物の女性になる気もないんだけど……」
「ちょ、ちょっと、なに……⁉」
「いいから、わたしの部屋に来てください。無駄毛処理の仕方を教えてあげます」
――いや、まずいって! 女性の部屋でふたりきりは!
それでも、脚が勝手に動き、引きずられていってしまう。抵抗できないのは命令しなれた『長女の貫禄』というものか、はたまた、自分の手首をしっかりつかむ柔らかも暖かい感触のためか、それとも――。
単に、外見からは想像もできないゴリラ並の怪力のためだったろうか。
ともかく、
「姉ちゃん、なにやってんだ!」
――助かった!
と、
そう思ったのだが、それはまだまだ
妹の激昂に対し、
「
――いや、だから、女になる気はないから。
「だったら、オレも付き合う!」
「なんで、そうなる⁉ ここはとめるところだろう!」
「それは無理」
突然、背中から声がした。いきなりのことに跳びあがる
「
「うっ……」
そう言われると、背骨の痛みと共に納得するしかない。
「だから、
「わたしも参加する」
かくして――。
長女の
次女の
三女の
三人ともタイプはちがえど、いずれもいますぐ芸能界デビューしてもおかしくないレベルの美女と美少女。そんな美女と美少女三人が腕と、腹と、脚を丸出しにして目の前に並んでいるのだ。技術畑一筋で、彼女ひとりいた試しのない身には目の毒すぎる。男性雑誌のグラビアページ並のその刺激的な格好を、堂々と眺めるほどの度胸もなく、うつむいて脂汗を流しながら、
――なんで、こうなる?
と、世の理不尽に思いを巡らすしかなかった。
「無駄毛処理にはシェーバーを使います」
「は、はあ……」
「シェーバーは直接、刃が肌に当たらないので肌トラブルを起こしにくいからです。いまどきのシェーバーは性能も良いですし、部位ごとに使いわけることができて丁寧なお手入れができると言う点でもポイント高いです」
と、
「反面、深剃りができないのでこまめな処理が必要というデメリットはありますが、お肌のためならそれぐらいは我慢です」
「ははあ……」
「目安としては週に一回程度ですね。それ以上になるとさすがにお肌の負担が大きくなりますから。手順としてはまず、お肌を温めることからです。暖めることでお肌が柔らかくなり、毛穴も開くので、剃りやすくなります。ですから、本当はお風呂に入ったときにすませるのが理想なんですけど、今回はお湯に浸したタオルを使います」
と言うわけで、四人分の洗面器を用意してそこにお湯を注ぎ、タオルを浸す。
「まずは、脚の無駄毛処理からはじめましょう。女性にとって脚は、普段から露出する機会の多い重要な部分ですから」
「はははあ……」
「まずは、タオルを当ててしっかり暖めます。毛穴が開いたらシェービングローションをしっかり塗ります。ローションもクリームもなしだとさすがにお肌を傷めますから。それから、シェーバーをお肌に垂直に当てて、なでるように動かします。まちがっても、強く押し当ててはいけませんよ。お肌を傷めてしまいますからね」
その場に座り、むき出しの生足を前に伸ばす。剃る方の脚の膝を立ててシェーバーを押し当て、優しくなでるように動かしはじめる。
誰も、なにも言わない。シェーバーの機械音だけが部屋のなかに響いている。
――女性は毎週、こんなことをしなきゃいけないのか。大変だな。しかし……。
――この状況はどうなんだ?
半裸と言ってもいい格好の女性、それも、テレビのなかでしかお目にかかれないような美女と美少女三人と同じ部屋のなか。部屋のなかには若い女性のフェロモンがいっぱいに漂い、ちょっと目をあげれば生足が飛び込んでくる。
まさに、男の夢と言ってもいいシチュエーション。しかし、それが現実となると……。
まして、彼女いない歴=年齢の二六歳男にとっては刺激が強すぎる。濃密すぎるフェロモンに頭はクラクラし、目に飛び込んでくる生足に男の本能が爆発しそうになる。
――いやいや、なにを言ってる⁉ 私は女、私は女、こんなこと、なんでもない、なんでもない……。
「
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