わたしのご飯は異世界で革命をもたらすみたいです。

猫鈴

第1話

 そこは、頭の中で想像していた通りの空間だった。 

 いかにもって感じの荘厳な教会。

 ああ……なんて素敵なステンドグラスなの。


 畳と襖の部屋での生活経験しか無いわたしにとって、到底縁遠い空間がここには広がっていた。


 思い返せば、わたしの生活は思い描いていた理想とは程遠いものだった。


 キラキラの都会に憧れて上京したものの、待ち受けていたのは物価の高さ、手取りの低さ、嫌味な上司、増える税金etc。


 様々なしがらみが、わたしを苦しめ追い詰めて——自分で言ってて悲しくなるわ。

 もうやめとこ。


「……ん?」


 気が付くと目の前の魔法使いだか、僧侶だか、司祭だか分からない人達がこちらに熱視線を向けていた。

 現実世界では到底お目にかかれない風貌をしている。

 いるところにはいるかも知れない。

 だけど、流石にこんな所にはいないでしょ。


 そう、何を隠そう実はわたくし、お魚咥えたドラ猫追いかけて、工事中のマンホールに落下してしまったのだ。

 なんたる鈍臭さ。

 我ながらあっぱれである。


 そして気づいたら、この魔法陣の上に立っていたってわけ。

 でも……ここがマンホールの下?

 下水道にこんな空間があるわけない。

 ゲリラ豪雨きたら溺れてまうよ。


 ……はっ!

 もしかして、これがっ!?

 わたしが知らなかった都会の常識だというの?


 ここは最先端の会員制クラブなのでは!?

 美名斗みなと区女子の間では、下水道で怪しいミサを執り行うのが、今の流行だと言うの?


 いけない……。

 だとしたら、今のわたしは一見さん。

 すぐに屈強なSPに追い出されるに決まってる。


 ……はあ、な訳ないか。

 そもそも、わたしの住まいは雄々太おおた区の端っこだ。


 待って。

 と言う事はっ!?

  

「貴方様が!?」


 こ、この待望の眼差し。

 間違いない、これはきたでしょ!?  

 俗に言う異世界転移、だよね!?


 へへん、あのバカ猫め。

 地の果てまで追いかけて、一生残るトラウマを与えてやろうと思ってたけど、命拾いしたね。

 異世界への通行料として、サバの味醂干しの一枚くらいくれてやるわ。


「おお……なんて神秘的な黒髪なんだ」


 な、何よ。

 嬉しい事言ってくれるじゃない。

 いいのよ、もっと言いなさい。


「それに加えて、涼しげで凛々しい目つき」


 ふん。

 そんな事言われても嬉しくないんだからね!


「何よりも目を引く圧倒的筋肉による存在感!」


 悪い気はしないわね。

 って……あん?

 色白もやしっ子のわたしの筋肉が圧倒的?


「ここは……俺はバーピージャンプをしていたはずでは!?」

「びっくりした! うわ、でか!」


 でかすぎだろ!

 なんだこの大男は!


 艶めく黒髪に、涼しげな目つき、そして何よりも存在感を放つ筋量。

 はち切れんばかりの大胸筋の存在感は、わたしの視線は釘付けにしてやまない。


 彫刻のようなその身体は、まるで新人類っ!

 はっ! 

 もしかして!褒められてたのアンタかい!


「すいません。勇者様とお話ししたいのでどいてもらえますか」

「あ、ごめんなさい。どきますね」


 そのままわたしは教会の隅に追いやられ、体育座りしながら、一部始終を眺めるだけだった。


 被り物をした集団の話の内容は、予想通りというか、よく聞く話というか、そんな具合だった。

 大男はピカーッと光ったり、ブワーッてなったりしてた。


 恐らく『スキル』とか『魔法』とか授けられたのだろう。

 

 大男は「これが俺の力……だと!?」って言いながら、光り輝く己の肉体に酔っていて、ちょっと気持ち悪い感じになっている。

 そしめ光ったまんま外に連れ出されて行った。

 あれなら夜道も安全だ。

 虫は寄ってくるかも知れないが。

 

「大願成就だな」

「うむ。あとは勇者様に任せて、私たちは解散しましょう」

「お疲れ様でした」

「明日は休みだし呑みに行くか!」

「おい。ちょっと待てや」


 わたしの突っ込みに被り物集団は振り向くと、目を丸くして驚愕の表情を見せた。


「き、貴様! いつの間に!」

「魔王の手のものか!」

「お前らを今すぐに殴れるなら、この際魔王でもいいや」


 すると一人の青年が、わたしの前に立ち塞がり、いきなり土下座を披露した。

 それは滅多にお目にかかれないであろう見事な土下座だった。


 ステンドグラスからの暖かな光が、土下座姿を暖かく包み込む。

 後にも先にもこれを超える土下座はないだろうと断ずるに些かの躊躇も持たない。

 その姿に心打たれない人間はこの世に存在しないだろう。

 もしも仮に、万が一にも存在したとするのならば——。

 それは、人の姿をした悪魔……なのかも知れない。

 或いは、それすらも超越した人外か。


「ちょっと待って。急にどうしたの」

「僕がいけないんです。僕が見様見真似で召喚したら」

「したら?」

「あの、貴女が」

「わたしが?」

「呼ぶつもりは無かったんです」


 なるほど、納得。

 それでこの土下座か。

 まあ、でもしょうがないか。

 ここに来れただけでも、いい経験だったって事だよね。


 通行量の味醂干しだけは返して欲しいけど。


「まあまあ。もう頭を上げてください」

「え?」

「気にしてないで大丈夫ですよ」


 正直、少しがっかりしたけどね。

 こんなに一生懸命謝られたら許すしかないよ。

 あーあ。

 明日からまた仕事か、とほほ。


「寛容な御心に深く感謝いたします」

「それで? どうやって帰るの?」

「帰れません」

「……はい?」

「帰れません」


 わたしは生まれて初めて、人の顔面目掛けて蹴りを放った。

 しかし、運動神経皆無なわたしは、それを見事に空振りをする。

 そして勢いのまま、地面に後頭部を打ちつけてしまった。


「あ、あいたー!」


 混濁する意識、ぼやける景色。

 被り物の男達が、わたしを覗き込み何やら会話をしている。


 ああ、神様。

 どうか目覚めたら。

 

 六畳二間に敷かれた煎餅布団で目覚めますように。

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