第7話

「相変わらず頬を染めてますね」


 光悦の表情……と、いうやつだろうか。

 最初は異様さのあまり目を離せなかったが、時間が経つにつれ見るに堪えなくなって来たな。


「一箇所にまとめてといてテーブルクロスでもかけといてあげようか」」

「このままじゃ風邪を引いてしまいますもんね」


 そう思えるなんて優しいね。

 臭いものには蓋をする感覚で提案したのに。

 

「それにしてもすごい光景です」

「ミラだけでもソファーに移してあげよう」


 目覚めた瞬間に半裸のおっさんに囲まれてたら、また気絶してしまう危険がある。

 ここは大事をとっておくに越したことはない。


 ミラを抱え、ソファーに移す最中ふと疑問がよぎった。

 リルって何者なのだろう、と。


 おっさん達とミラは召喚士って言ってたよな。

 詳しくは分からないけど、魔王討伐の為にわたし(と筋肉男)を召喚したんだよね。

 

 でもリルは『ただの料理人』って言ってた。

 じゃあ、この人達のお抱え料理人なのかな。

 それにしては色々と詳しいし、なんか隠してそうな雰囲気もある。


 ミラはこうも言っていた。

 リルに向かって『伝説の召喚獣』と。


 ……聞いてもいいのかな。

 だけど、訳アリな感じもする。

 いかん、いかん。

 一度気になるとほっとけないのは、悪い癖だ。


 するとリルはわたしの様子を察したのか、椅子にちょこんと座ると「何か聞きたそうですね」と微笑んだ。


「いいですよ。咲様はこれから旅を共にするパートナー。隠し事は不粋というもの。特にやましい事もありませんしね」


 わたしにも隠し事はしないでね、と言ってるように聞こえるのは気のせいだよね……。


 よし。

 どうせ隠し事なんて無いし、遠慮なく聞くとしよう。


「リルってただの料理人じゃないよね?」

「肩書はそうですよ」

「ミラが言っていた——」

「はい、私は召喚獣なのです」


 猫は猫でも猫の召喚獣なんだ。

 召喚獣って何なのかよく分からんけど。

 

「白のケット・シーは不吉の象徴として有名でして。私は忌み子で爪弾き者なんです。なのでご主人様が行方不明なってからは故郷に帰らず、料理人として日銭を稼いでいたのです」


 それで今はおっさん達に雇われている、と。

 色々と苦労してそうだな。


「私の目的はご主人様の捜索、そして料理人としての高みを目指す事。なので先程申した通り、やましい事なんて何もないですよ」


 捜索はまだしも、料理人の高みは極度の猫舌のリルには険しそうな道のりだ。


 ふむ、ふむ。

 取り敢えず悪い子では無いと思うし、むしろ一緒に来てくれるはありがたいかも。


 この上なく頼りになる存在になるよね。

 なんか有名人っぽいし。

 こっちから同行をお願いした方がいいまである。


「損得勘定は終わりましたか?」

「そうだねぇ……損はしなそうだね」


 こういう所は要注意なのかな。

 考えてることが読まれてそう。

 

「もちろん、咲様が元の世界に戻る手立てのお手伝い。これも協力を惜しむつもりはありませんよ」

「ああ……それは考えてなかったな」

「そうなんですか? てっきり帰りたいのかと」

「考えたんだけどさ、帰ってもどうせつまらないし。身寄りもいないしね」

「すみません。不躾でした」


 身寄りもいないし、仕事も嫌だし、畳と襖の部屋にも帰りたくない。


 人生ってつまらないなって、毎日思ってた。

 確かに帰れないって聞いた時は焦ったけど。

 けど今は、このまま異世界にいるのも悪く無いと思い始めてる自分がいる。


 自暴自棄、と言われればそれまでだけど。

 だけど本当にそう思い始めている。


「質問よろしいですか?」

「はい、どうぞ」

「そうなると咲様のメリットがありません。世界を旅するのは貴女が思っている以上に、過酷なものですよ」

「……一緒なんだ」

「一緒?」


 異世界で生きていくとして、じゃあ何をするのか。

 趣味は自炊だけ。

 特技も無い。

 運動神経だって下の下。

 頭も良くないし、機転が効くわけでもない。

 

 だけど……一度諦めた夢。

 わたしは皆を笑顔にするご飯が作りたい。

 お母さんがわたしに作ってくれた焼きそばみたいな、温かいご飯を。


 ここなら、それが出来る気がするんだ。


「リルと一緒なの。この世界で料理を作りたい。皆に美味しいご飯を食べてもらいたいと思ったんだ」


「なるほど。目的の一致ですか。では」

「……握手?」

「改めてまして。よろしくお願いします。咲様」

「こちらこそ。あ、あと様は要らないよ。


 ……ところで握手した瞬間、光に包まれてるいるのは気のせいなのかな。


 ちょっと温度が上がってきてる気もする。

 もしかして今から爆発する?

 わたし、死ぬの?


「この世界において、互いに信用のおける相手との握手。それは召喚獣においては『契約』を意味します。呼び捨てなんて、とんでもございません」


 はい?

『契約』?


「改めて、改めまして。これから宜しくお願い致します。親愛なるご主人様」

「ちょっとまって。なんで!?」

「そうしたいからですよ。大丈夫です、不利益な事はありません。ペットが出来たくらいに思って頂ければ」


 ペットって言ったって。

 わたし、文鳥とクサガメしか飼った事ないんだけど。


「それに。……ふふっ」


 リルの肩が少し震えている。

 どうやら笑いを堪えているようだ。


「モンゴリアンワームの砂肝を生で食べるご主人様なんて、すごく面白いじゃないですか」

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