第6話

 リルはとりあえず、おいといて。

 ちょっと可哀想だけどね。

 後でおにぎりでも作ってあげよっと。

 味見は……ミラにお願いしよかな。


「じゃあ、食べてみて」

「……少し、緊張しますね」


 見た事もない食材を口にするのは緊張する。

 重ね重ね、その気持ちは痛いほど分かる。

 せめてお口に合えば良いんだけどな。


「気付け薬よりはマシだと思う。それは保証する」

「……分かりました。では、頂きます」

 

 ミラは恐る恐る目玉焼きご飯を口に運んだ。

 そして黙々と一口、二口と食べ進める。


 うう、なんか緊張するな。

 果たしてお米は受け入れられるのだろうか。


「……信じられません。これが、お米!? ふっくらとした食感に、噛めば噛むほど感じるほのかな甘み」

「あ、良かった。美味しいよね。玉子はどう?」


 ミラは茶碗を直接口につけて残りのご飯をかき込んだ。

 それはまるで極限にお腹を空かせた野良犬を彷彿とさせた。


「玉子もだと!? なんて事だ、信じられん。黄身の濃厚で、白身はあっさりした味わい。そこに醤油の塩分が絡み、四肢の末端まで魔力が行き渡るのを感じる!」


 うんうん。

 予想以上に気に入ってくれたみたいでなによりだよ。


 ふふふ。

 後ろのおっさん達も驚いて——ん? 

 今、なんて言った?

 魔力?


「はは、ふははははは! 感じる! 感じぞぉ!」


 ……誰だよ、お前。


 ミラの全身から怪しい湯気が迸っている。

 まるで加湿器だ。

 これが魔力というものなのだろうか。


「な、なに!?」


 次第に禍々しい魔力は空間を振動させ始める。

 共鳴した窓はひび割れ、テーブルに置かれた食器の数々は、次々と床へ落下していく。


「ちょ、ちょっと! ミラ!?」

「いかん! 魔力が暴走している!」


 おっさん達はその体格から想像出来ない俊敏さでミラを取り押さえようと飛びかかった。

 しかしミラに触れた瞬間、服が粉々に飛び散り、褌一丁になってしまった。


 そしてそのまま浮遊し始めた。

 

「なんでそうなるの!?」


「くっ! 抗えない!」と、おっさんは頬を染めながら必死の抵抗を見せている。


「ぬっ、ぐおおっ! 舐めるなよぉ! あ、だめだ」

(諦めるのはや)


 続くおっさん達も負けじとミラを取り合えようとする。 が、結果はおっさん一号の二の舞だった。

 おっさん一号、二号、三号は、ただ褌をはためかせる事しか出来ていない。


「…………えーと」

 

 わたしは何を見せられているのだろうか。

 異世界だからこその光景ではあるのだろうが……。


 しかしまさかお米と目玉焼きが、こんな事態を巻き起こすとは想像すらしていなかった。


「ふはははは! 見たまえケット・シーよ。伝説の召喚獣と言えど、今の私には敵うまいよ!」

「いけませんね。魔力が暴走してます」

「暴走? もしかして……まずい感じ?」

「まあ、恐らく平気でしょう。そろそろパンクしますよ。魔力の過剰摂取オーバードーズです」


 魔力の過剰摂取。

 わたしのご飯で? な、なんで?


「咲様は稀有な『スキル』をお持ちのようですね」

「そんなもの持ってないよ」

「いえ、持っています。この世界に干渉した者なら必ず」

「だけど一緒に召喚された筋肉男しか——」


 あのピカーッと、ブワーッてなってたやつ。

 わたしは、同じ現象が起きていない。

 その様子を眺めながら、体育座りをしていただけだ。


 傍目から見れば、手違いで異世界に召喚された哀れな女だった筈だ。

 そんなものが備わっている訳ないはず。

 ないはず……なんだけど。


 いざこの光景を見ると、そうとも言い切れないのかもしれない。


「恐らく砂肝がきっかけでしょう」

「砂肝が!? ……オエッ」


 思い出すだけで気持ち悪いわ。

 それにしても砂肝がきっかけ?

 一体、どういう事なの?


「な、なんだ!? 身体が! ぐあああああああ!」

「ミラ!」


 ミラは苦悶の表情を浮かべ悶え始めた。

 それと同時におっさん達が床に墜落した。


「ぐはぁっ!」


 おっさん達は背中を強打し、えび反りでのたうち回っている。

 同時に部屋の鳴動はパタリと止み、ミラはその場で倒れてしまった。


 美少年を囲ように悶える褌姿のおっさん達。

 異様すぎて逆に目が離せない。

 今夜の夢に出てくる事は、まず間違い無いだろう。

 ネットに上げたらバズりそうな地獄絵図だ。


「恐らくですが、こちらではまだ発見されていない食材や調理方法。それらと咲様の『スキル』が合わさる事で、とてつもない効果を発揮したようです」


 おっさんを宙に縛り付け、ホバリングさせること……それがわたしの——『スキル』?


 すっげえ要らないんだけど。


「違います。これは魔力の付与です」

「じゃあ料理を通じて、わたしの魔力が」

「使い方次第では、強力な魔力を秘めた兵士を量産する事も可能なはず」


 なんか話が大きくなってきてる。

 そんなもん量産してどうしろってんだ。


 そもそも魔力付与ったって、魔力自体備わって無いと思うんだけど。

 ミラみたいに湯立ってないし。


「そうか……咲様は間違えて召喚された。これは恐らく間違っています。逆なのです」

「逆?」

「間違えて召喚されたのは、その筋肉男の方でしょう」


 て事は——。


「どうしますか? 魔王倒しに行きます?」


 そ、そんな急に「コンビニ行きます?」みたいな感じに言われても。

 うーん。

 どちらかと言えば……嫌だな。

 うん、嫌。


「嫌だなぁ」

「露骨に嫌そうな顔しますね」

「それって断っちゃダメ?」


 流石に無理なのかな。

 そうだよなあ、異世界って言ったら魔王討伐だもん。

 でも、痛いのとかは勘弁して欲しいなぁ。


「考えれば考えるほど……嫌だなぁ」

「なるほど」

 

 リル、無表情だな。

 淡々としてるし。

 やっぱり使命だから断れないとか言って、魔王討伐を強制されるのか。


 そして無理矢理、魔王城に連れて行かれるんだ。

 どちらかといえば、どこかの令嬢に生まれ変わって苦難を乗り越えてハッピーエンドがいい。

 そっちの方が絶対にいいよ。


 私だってさ、それだったら、なくもないんだよ。

 むしろ歓迎してしまうかも。

 だって王子様にも逢えるんだから。


「ま。いいんじゃないですか?」

「え? いいの?」


 いいならいいんだけど……いいの?


「そもそもわたし、ただの料理人ですし。そんなことを強要する権利も義務もありません」

「やった。じゃあ知らないフリしちゃおっと」


 良かったあ。

 リルが融通の効くケット・シーで助かった。


「その代わり」リルはそう言うと少し微笑んだ。

 それは少しだけ悪戯な笑顔だった。


「私と世界を旅して下さい。料理の旅です。それが私が黙っている条件です」


 わお、なるほどね。

 そうきたか。

 この子猫ちゃん、ちょっと曲者なのかもしれない。

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