第33話
いざ調理に取り掛かろうと、並べられた魚介類を眺めると、白濁した目のイカと視線が重なった。
一瞬、瞬きしたような気がしたが、そんなこと気にしてたら、この世界でご飯は食べられない。
これも運命と、私らイカを鷲掴みにした。
するとイカの目尻から一筋のイカ墨が流れ落ちた。
……生きてるのだろうか。
よく見ると、まつ毛がバサバサだ。
それに脚が八本だった。
タコ……なのだろうか。
しかし、発光し始めたので、やはりイカだろう。
「ま、いいか。まずはこれかな」
わたしは命に感謝を捧げ、イカともタコとも判別つかぬ無脊椎生物を最初の食材とした。
「手伝いますっ!」
まずは胴から、ワタと一緒にゲソを取り外す。
墨袋を取る時は破れないように丁寧に。
胴体から軟骨を引き抜いて中を綺麗に洗い流し、エンペラがついたまま、食べやすい大きさに輪切りする。
引き抜いたゲソは目から下を切り落として、クチバシを取る。
その際に、吸盤の周りの軟骨を取ることを忘れないこと。
そうしないと口の中に残ってしまうので、ゲソを引っ張るように手で擦りながら水洗いする。
ワタは一度濾して醤油、酒、味醂とよく混ぜ合わせる。
本当は味噌があったら尚良しだけど、無いものは仕方がないから今回はこれでいいかな。
玉ねぎ、とニラを食べやすい大きさに切ったら、調味料とイカを合わせて火にかけてっと。
「はい! イカのワタ焼き、できあがりー!」
ああ、いい匂い。
ビール飲みたい。
まじでビールをどうにかして飲みたい。
あ、でも、もし作ったら密造酒になってしまうのだろうか。
うーん、悩ましい。
「はあああ、美味しそうです」
ふふ、リルが喜んでくれてるのは素直に嬉しいな。
……あ。
でも、確かイカって。
「リルってイカ食べたらダメじゃん」
「そうなんですか? 食べた事ないです。匂いはとてもいいですけど」
「猫はイカ食べると腰抜かすって言うよね」
「なぜ腰が!?」
「タコも駄目じゃなかったっけ?」
「そ、そんなあ」分かりやすいくらいリルは肩を落とした。
それは脱臼するのではと、あらぬ心配をしてしまうほどだった。
まさかこんなにうなだれるとは。
そしてケット・シーはやっぱり猫の認識でいいらしい。
リルも全然否定しない。
「でもお魚もあるし、リルはそっち食べようね」
「はい! お魚は大好きです!」
「いっぱいあるから順番に捌いていこう」
お昼ご飯の準備をしていると、回復したコジロウさんが海鮮を沢山持ってきてくれた。
元々色々な食材を集めているらしく、沖に罠も仕掛けているというのだから、もはや観光客を振る舞う地元民みたいになっている。
「咲様、魚を捌くといいますと?」
「流石にこのままだと食べれないから。鱗とったり、小骨抜いたりね。見ててね」
「あらー、丁寧なお仕事。私、魚は今までそのまま齧りついてました」
「よく怪我しなかったね。部位によっては太い骨もあるだろうに」
「はい、なので終盤は血の味しかしなくなってました」
食い意地張りすぎだろ……。
この日のお昼ご飯は、とても豪華なものになった。
わたしとリルがワタ焼きにお刺身盛り合わせ。
コジロウさんは干物とお吸い物。
それに炊飯を担当してくれた。
「しかし佐々木さん、料理上手なんだね」
「コジロウもまあまあ上手だけど、咲様のは段違いですよ。レセプションでも沢山作ったんですから。モロコシに焼き鳥、じゃがバター、お好み焼き、厚切りポテトに胡瓜の一本漬け」
「全部美味しそうだけど、酒飲みが好きそうなのばかりだね」
……バレた。
そりゃあね。
だけどたまには作りますよ?
パスタとかの洋食も。
だけど、わたしはパスタより焼きそば。
ふわふわのオムライスより、チャーハン。
サンドイッチより、おむすび。
ヤンニョムチキンより、普通の唐揚げ。
一口しかないフィレステーキより、生姜焼きの方が好きなんだ。
ついでに言うとカクテルより、辛口の日本酒が好きだ。
「酒飲み? 咲様、お酒好きなんですか?」
「まあ、はい。嗜む程度には」
「……へえ。そうなんですね」
リルのこの反応はどう受け取ればいいのだろう。
酒飲みは嫌いなのか、それともなにか当てがあるのか。
是非後者であって欲しいものだ。
「隠れて飲んでましたもんね。料理酒」
「……味見だよ」
「なあ、まだ食ったら駄目なのか? スッゲーいい匂いしてるから我慢してるの辛いんだけど」
「アディル、いいこと言うじゃないですか。食べましょ、食べましょ」
「いただきまーす」
リルは刺身が美味しすぎたのか、自ら海鮮丼を開発して興奮していた。
次はわさびと紫蘇にも挑戦してほしいものだけど、果たして猫は食べれるのだろうか。
アディスも美味しそうに食べていたので一安心。
大自然の中で食べるご飯は、おうちご飯と雰囲気が違っていいものだ。
「時に、佐々木さん」
「はい? どうしましたか」
「ビールは好き、かな?」
「好きですけど……。ま、まさかっ!」
「実はあるんだよ。僕も好きでね」
コジロウさん。
あんたリルから逃亡するだけじゃ飽き足らず、その上で更にビールを嗜んでいたと?
まあ、気持ちは分からんでもないが。
「折角だから後で一杯行きますか? ここから戻ったらビールは飲めませんし」
「行くっ! ん? 戻ったら?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ」
「佐々木さん。ここね、幻獣界なんだよ」
「……はい?」
「お酒好きの神様は多いですからね。そこだけは充実してますよ」
そういうこと、先に言って?
アディス固まってんぞ。
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