第34話
つまり、わたしは今、別世界の別世界にいるってこと?
ど、どんだけ次元跨いでんだよ。
中々そんな奴いないだろ。
「コジロウが『神鯨ケートス』の口内に転移陣を張って、漁をしてたんですよ。まったくいい迷惑です」
「幻獣界と海を『神鯨』で繋いでいたってこと?」
「実はそういうことなんだ。ご存知の通り天罰が下ったけど。急に雷落ちて来たから何事かと思ったよ。あははははは」
コジロウさんの目には光が灯っていない。
相当こたえているのだろう。
「し、師匠ここが幻獣界って……本当なんですか?」アディスは恐る恐る口を開いた。
「はい。私の実家すぐそこですよ」
「……」
アディスは再び固まってしまった。
そりゃそうだ。
私だって驚いた。
「本当はこんな所に帰って来たくなかったです。嫌な思い出ばかりですから。ビール飲んだら帰りましょう」
「そうなの? じゃあ早く帰ろうよ。そんな無理すら必要なんてないよ」
「岩石を投げつけられたり、断崖絶壁から突き落とされそうになったり、地中深くに埋められそうになったりしただけですから。気にしないで下さい」
そんなん言われたら気にするわ。
だけどいじめられるタイプでもなかろうに。
そんな凄惨な過去を持っているなんて初耳だった。
「もちろん全て華麗に回避して、仕掛けてきた奴全員に同じ目に合わせてやりましたけどね」
だよね。
どっちかといえば、あんたは君臨するタイプだろうな。
「あと、全員巨木に縛りつけて、頭からハチミツかけてカブトムシ取り放題の刑に処しました」
「やりすぎだよ……」
「近所の子供達には好評でしたよ?」
リルの気が強い理由がわかった気がする。
やらなきゃやられる環境に身を置いていたことが原因なのだろう。
それくらい幻獣界は過酷な場所ともいえるかもしれない。
「リルさん。あの、お詫びにこれを……」
コジロウさんは一枚のメモ帳を差し出すとリルに手渡した。
覗き込むと、そこにはびっしりと文字が綴られていた。
「どれどれ。む、これは……ビールの作り方ですか?」
「佐々木さんお酒好きそうだし、リルも——うわっ!」
それは突然の出来事だった。
大量の砂塵が辺りに舞い上がると、緑と青の光の球体がメモ帳を奪って行ってしまったのだ。
「帰っちゃうの?」
「ねえ。帰っちゃうの?」
二つの球体は、クルクルと周りを飛び回りながら語りかけてきた——子供の声? それに、何処かで聞き覚えがあるような……。
「うわわわわわっ」
「あはははは」
「し、師匠ー!」
声の主は無邪気に笑いながらアディスを宙に浮かせた。
アディスは必死に手足をバタつかせ抵抗するも、どうすることも出来ない。
「あれ、珍しいですね。精霊ですよ」
「精霊ってことは、メラミーと同じ?」
「ですです。幻獣界でも珍しいんですよ。しかも懐いてます」
そんなことを話していると、アディスはあれよあれよと海に放り込まれてしまった。
ムキになって抵抗すればするほど、精霊はそれを面白がっているようだった。
「咲様、使役してみては? 色々と便利ですよ」
リルは鞄から虫取り網と虫籠を取り出すと「コレさえあれば完璧です」と胸を張った。
ついでに麦わら帽子も渡してきたが、それは丁重にお断りした。
「もっと、こう神聖な儀式とかじゃないんだ……。これじゃあ、まるで昆虫採集じゃん」
「連れってってー!」
「わたしもー!」
な、なんだ!?
近寄ってきたぞ!?
「おや、虫取り網は不要でしたか。さて、後はお互いの同意があれば使役は完了です。簡単そうで難しいんですよ。わたしはメラミーと一夜語り明かしましたから」
「なにそれ。なんか素敵」
「よろしくー!」
「よろしくねー!」
精霊は元気よく挨拶すると、目の前でパッと姿を消してしまった。
「語らう前にいなくなっちゃったよ」
「まだ幼い精霊のようですね。今は咲様と同化状態になっています。身体的な変化はありませんのでご安心を。そして呼び出すのには媒体が必要になります。ってことでどうぞ」
あら、素敵な指輪。
リルと同じデザインだ。
「ペンダントでもピアスでも何でも構わないんですけどね。指輪が一番楽なんで」
それにしても、これで使役が出来たなんて言われても、なんだか実感が湧かないな。
一体なんの精霊が同化したのだろうか。
……まっ、いっか。
「よし、もう帰ろうか。ビールの作り方も分かったし、長居する必要もないよね」
「おいコジロウ。お前約束守れよ」
「それは分かったけど……本当に良いのかい?」
「約束を守ってくれればいいですよ」
この二人……本当はどういう関係なんだろう。
出会いとか気になるな。
コジロウさんはここに残るみたいだし、いっそのこと聞いてしまおうか。
「気になります? でも話すと長いんですよ。ちょっと暗い話になっちゃいますし」
「わたし、何も言ってないけど?」
「咲様が分かりやすいだけですよ」
リルが鋭いだけだと思う。
長くて、ちょっと暗い話かあ。
……リルさん。
わたし、余計気になります。
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