第35話

「コジロウさんの事はもういいの?」


 リルよ旅の理由の一つでもあった、迷子のご主人様ことコジロウさんとの突然の遭遇。


 それはコジロウさんを流れる様に木陰に引きずり込み、お説教(で済んだのかどうかはさておき)を済ませただけで、意外にもあっさりとしたもので終わりを迎えた。


 だけど、普段表情をあまり出さないリルの少し嬉しそうで、少し高めのテンションを見ていると、安心したのだろうなとも思えた。


 コジロウさんも最初こそバツが悪そうだったが、リルと話し終えた後は笑顔が多くなった。


 時折リルの一挙手一投足に体がビクッとするのは、一種のトラウマの様なものなので、いずれ時間が解決してくれるだろう。

 思った以上にそれは根深いものになっていそうだが……。

 

「ま、あれで一応反省してるようですし。何より定期的に新鮮なお魚を送ってもらえる約束を取り付けましたから」

「わお! それは嬉しいね」

「おっ、そろそろコジロウが転移陣を完成させそうですね」


 コジロウさんがこの世界に来た原因は、俗にいう『神隠し』らしい。喚び出されたわけではなく、迷い込んだのだと教えてくれた。


 コジロウさんはわたしと同じ異世界から移転してきたという。

 元々住んでた場所を『異世界』と言う事に、何の違和感も感じなくなっているのは、わたし自身がこちらに慣れてきたという事だろうか。


『神隠し』の詳しい原理や、仕組みは解明されていないらく、物知りのリルでさえ、その全貌は把握していなかった。


 分かっている事と言えば、本人の意思なんてものは関係なく、突然その人の命運を変える『神』の悪戯だということ。


 不可避の事象として幻獣界で認識されている事くらい。


 実際コジロウさんも、仕事の帰り道になんとなく後ろを振り返ったら見覚えのない場所に佇んでいたと、遠い目をして教えてくれた。


 そして、もう一つ教えてくれたことがある。

 わたしが『無限魔力』と『料理』、『創造』のスキルを所持していた様に、コジロウさんには『転移術』が備わっていたと。


 当初は発動条件すら分からずに、厳しい異世界での放浪生活を過ごしていたが、リルに付与された魔力によって初めて『転移術』の発動に成功したらしい。


 『転移術』はどうやら一度立ち寄った場所に陣を張ることが出来るらしく、コジロウさんはコルンまでの転移をかって出てくれた。

 

「佐々木さん。メラミーが僕の見張り役として分身体を残すみたいだから、聞きたいことあったらメラミーを通してね」

「はい、助かります。色々聞きたいことあったんですけど、考えてみればまだ依頼をこなしている途中なので、落ち着いた時に改めて連絡します」

「うん、そうして。……リルは君に出会って変わったよ。僕といる時はもっと攻撃的で、残虐性も強く、本能の赴くままに行動し——」


 リルの冷淡な目つきに気付いたコジロウさんは、慌てて転移陣に魔力を込め始めた。


 しかし、本当に学ばない人だ。

 それともこれがコジロウさんなりのコミュニケーション術なのか。

 だとしたらわたしには理解の及ばない高等技術だ。


「コジロウ。何かあったら、ちゃんと連絡してね」

「分かってるよ」


 リルがコジロウさんを探してた理由は、きっと他にもあるんだろう。

 いつか話してくれるといいな。


「じゃあ、またね」コジロウさんが手を振ると、陣が光を放ち始める。

 そして目の前の空間は徐々に歪んでいき、次第に辺りは暗闇に包まれた。


 

◇◇◇



「咲様、無事に着きましたよ」

「すげえ! 港だ!」

「……コジロウさんって優秀なんだね」


 気がつくと目の前には船がずらりと並んでいた。

 そう、わたし達が『巨鯨』を捕獲するために出港した港にあっという間に到着していたのだ。

『転移術』すご。

 聞くのと、体験するのでは大違いだ。


 一瞬で移動を可能にするスキル。

 これには正直驚きを隠せなかった。

 アディスも目を丸くしている。


「さてと。ドタバタ続きですけど、早速依頼を片付けなければいけませんね」


 そうだ、驚いてる場合じゃない。

 リルの言う通り、ここからは仕切り直しになる。

 幌馬車の使用許可を得ないと、キッチンカーが作れない。


 思わぬ出来事に時間を取られてしまったが、当初の目的を果たさなければ旅立つ事すら出来ない。

 

 しかし、船の手配をしようと再び漁師さんに掛け合うと、どうやら雲行きが怪しくなっていることを知った。


 漁港は『神鯨』や、女王イカが群れをなして現れた事実を重く見て、しばらく船を出す事は中止していたのだ。


「はあ、あのバカのせいで予定が大崩れですね。一旦、コルンに戻りますか」

「だけど師匠。森を抜けるのにはご存知の通り、少し時間がかかりますよ?」

「そうですね。急いで戻る必要もないかもしれません」


 さて、どうしたものか。

 何とかして、領主に取り付く方法があればいいんだけどな。


『巨鯨』の他に、何か興味を持っているものはないものだろうか。

 出来れば向こうからお願いをしてくるぐらいの何かが。


 などと考えながら、リルと二人でぐるぐる回っていると、そんな様子を眺めていたアディスが「一旦腰を落ち着かせようぜ」と宿に案内してくれた。


 道中、ソワソワと何か言いたそうな雰囲気を分かりやすく醸し出してくるアディス。

 わたしと話しながらも、リルをチラチラと見たり、変にハイテンションになっていた。


 リルもそれに気づいているが、敢えて目を合わせない様にしている。

 しかしいい加減うんざりしたのか、それとも観念したのか、リルがため息混じりに切り出した。


「……アディス。ウザい」

「そんなっ!」

「言いたい事あるならどうぞ」

「あの、夕暮れまで、少し時間ありますよね?」


 アディスの言いたいことは何となく想像がついた。

 目の前で、リルの魔法やメラミーの存在を見せられ、とどめにコジロウの転移魔法を体験したのだ。

 きっと魔法を習いたくてウズウズしているのだろう。


「はあ……。咲様、アディスにこの調子を続けられたらウザいので少しだけ可愛がってきます。なのでメラミーと、これを」


 リルは不思議鞄を手渡してきた。

 可愛がってくるの意味が少し違いそうだが、どうやらアディスの抜かりないウザさが功を奏した様だ。


「晩御飯までには帰ります。代わりに宿の手続き」

「それはいいけど、晩御飯って」

「もちろん、咲様が」


 その為に鞄を渡したのね。

 どうやら抜かりがないのは、リルも同じだったようだ。

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