第36話
さて、さて、どうしましょうか。
ご飯をはいいとして、何を作るかが迷うところだ。
食材は沢山あるから逆に悩ましくなるね。
そんな風に考えていると、ミラミーが申し訳なさそうに訪ねてきた。
「あ、あの。魔力のコントロールは、もう大丈夫なのでしょうか?」
その心配は当然のものだろう。
なんせ前回の失敗が、まだ記憶に新しい。
「うん、おかげさまで。だからもうメラミーも安心して平気だよ」
「それは助かります。なんせ、あの時は暴走寸前でしたので」
危な。
最近は気に留めていなかったけど、これは改めて気をつけないといかないな。
「それで……何を作るかは、もうお決まりなのですか?」
「うーんっとねえ、生姜焼き……かなぁ?」
わたしの得意料理は茶色い系の料理であり、お米に合うおかずや、おつまみが得意である。
母親から教わったレシピもそっち系統が多いので、致し方ないといえばそうなのだが。
「どうせあの二人、お腹空かせて帰ってくるし。だったらガッツリ系がピッタリだと思うんだよね」
「いいですね。二人とも喜ばれるかと」
わたしとメラミーは、早速準備に取り掛かった。
それにしても、この鞄には本当に驚かされるばかりである。
中身を視認することは出来ないのだが、思い浮かべた物が簡単に取り出せる。
余談だが、鞄には、何も考えないで手を突っ込まない方がいいことも同時に判明した。
適当に取り出してしまうと、どんぐりとか、干からびたヒトデとか、いい感じの石が出てきてしまう。
まるで子供みたいだし、犬みたいだなと思わず笑ってしまった。
猫なのに。
興味があるとなんでも拾ってしまうのは、リルの本能なのかもしれない——なんて考えたら少しゾッとした。
芋虫系が出てこなかったのは運が良かったといえるだろう。
なんでもかんでも拾う癖はやめた方がいい、特に生き物系は駄目と注意しておいた方が良さそうだ。
「……しかし派手にやってるなあ」
外からは爆発音や破裂音が鳴り響いていた。
時々、アディスの叫び声やリルの笑い声も混ざっているような気がしなくも無いが、気にしたら負けだ。
ここはアディスの無事を心から祈るとして、早速料理に取り掛かるとしよう。
「じゃあ、メラミー。火起こしをお願いね」
「かしこまりました」
「さあ、始めよっか!」
茶色い料理といえば生姜焼き。
わたし的ナンバーワンだ。
異論は認める。
ちなみに二位は唐揚げ。
あくまでも、わたしランキングなので、そこはご了承頂きたい。
ここで問題になるのが肉の厚さだ。
正直これは好みの問題である。
豚バラスライスと薄切りの玉ねぎ。
それらを高温で一気に炒め上げるのも美味しいし、厚めに切った豚肉と、くし切りの玉ねぎを使うのも捨て難い。
「どうしよっかなぁ。どっちも美味しいんだよなぁ……」
あとはタレ。
味の決め手となるタレは絶対に失敗が許されない。
だって最後にお米にかけて食べたいもん。
更にマヨネーズをかけるという、カロリー一切無視の悪魔的な食し方も捨て難い。
「咲様?」
「ああ、ごめん、ごめん」
いかんいかん。
食べることに思考が奪われている。
そうだな……今日の気分は薄切りかな?
だけど豚のブロックを切るのに少しばかり苦戦しそうだ。
この包丁……短いよなあ。
リルの包丁は、わたしからすれば、まるでペティナイフのように小さかった。
決してわたしの手が大きいわけではなく、リルの手が小さいのだ。
「ちょっと難しそうだな。こりゃあ、薄切りは諦めて厚切りにした方が無難かなぁ」
少々がっかりしながらも包丁を構えたその時、指輪から「ねえねえ」と話しかけられた。
そして呼んでもいないのに、指輪から精霊が飛び出し「何やってるのー?」と無邪気に尋ねてきた。
……勝手に出てくるのアリなんだね。
「ねえねえ。ねえってばー」
「お肉を切ろうとしてるんだよ」
すると精霊は顔を見合わせた後「それなら得意だよ」と、まな板を真っ二つにしてしまった。
何故まな板を犠牲にしたのかは不明だ。
その切れ味をお披露目したのだろうが、せめて他ので試してくれればいいのに……。
「あははははは」
まな板を見つめ、呆然としていると精霊は風を巻き起こし、わたしの体を浮かせ始めた。
「こら、降ろして、降ろして」
「はーい!」
この子は風の精霊なのだろうか?
そういえばアディスも海に放り投げられてたな。
精霊はわたしを地面に優しく降ろすと「このお肉を切ればいいの?」と、今度は豚肉き興味を移した。
「うん、そうだよ」
どうやらこの子達は気の移り変わりが早いようだ。
メラミーと違って無邪気で気まぐれって感じ。
ちょっとリルに似てるかも?
「もしかしてやってもらえたりする? これくらいの薄さで揃えて欲しいんだけど」
「もちろんだよー」
指先で豚肉の厚さを指定すると、精霊はあっという間に古代豚の塊をスライスしてしまった。
「おー! すごい!」
一度に一瞬でこの量を捌くとは……これはお見事と言う他ない。
下手に包丁で切るより全然早いし、まるで正確な機械のようだ。
「ありがとね。助かっちゃった。……えーっと、ところでさ、まだ君の名前まだ聞いてなかったね」
「ヴェントだよー」
「よろしくね。良かったら、君もご飯出来たら食べる?」
「ううん。ご主人様の魔力もらってるからいらないよー」
流石に精霊は生姜焼き食べんか。
誘っておいてなんだが、そんな姿は確かに想像がつかないし、あまり見たくない姿かもしれない。
だとしたらこの子は一体何を食べるのだろうか。
綺麗な水とか、木の実なんかは食してそうなイメージはあるけど。
魔力は……食べ物じゃない、よね?
「勝手に魔力取ってたけど、平気だったー?」
「うん、平気だよ。多分、ね」
どうせ無限に湧いてくるしね。
お手伝いしてくれるならお好きにどうぞって感じだ。
「ねえ、ねえ。魔力いっぱい取っていいから、またお手伝いお願いしてもいい?」
「もちろんだよー。フルーメにも言っとくね」
「フルーメ?」
「うん。今は寝てるよー」
こんな昼間から寝てるんだ。
本当に自由って感じでちょっと羨ましいな。
もう一人の子と話すのも楽しみになってきた。
ヴェントはその後、わたしの料理を興味深そうに眺めていたが、飽きっぽいのか、途中からはメラミーと遊び始めてしまった。
そこは同じ精霊同士、気が合うのは当たり前なのかもしれない。
さてと。
わたしは生姜焼きに取り掛かりますか!
「先に調味料合わせちゃおうかな」
わたしは醤油、味醂、酒、砂糖、そこにすりおろした生姜を混ぜるシンプルな味付けが好きだ。
生姜は皮付きのまま擦りおろすと風味が強く出るが、今日は初めて食べる人が多いので、皮を剥いてから擦りおろすとしよう。
あとはキャベツの千切り。
ヴェントは……メ相変わらずラミーと遊んでる。
ま、これくらいは自分でやりますか。
キャベツの千切りは水にさらす際、氷水で締めるとシャキシャキ感が増す。
だからといって、浸しすぎるとビタミンが流れ出ちゃうから要注意。
後はトマトもどきをくし切りにして。
「付け合わせはこんなもんかな」
お次は玉ねぎは薄くスライスだ。
鍋をしっかり温めたら、強火でサッと火を通す。
そしたら豚肉を重ならないように一緒に炒めてっと。
火が通り切る前に調味料を加える。
少し煮詰めて、仕上げに針生姜。
よし! かんせーい!
「これはなんて料理なのですか!?」
「うわ、びっくりした。いつのまに?」
「ずっと見てましたよ」
「声かけてよ……」
「口を開くとヨダレが溢れそうでしたので、つい」といいつつ、リルはよだれを吹いた。
その後ろで、アディスと思われる少年が立ち尽くしていた。
「しかしまた随分と……」
アディスは見事にボロボロだった。
洋服が所々焼け焦げ、ビショビショに濡れていたり、顔面は泥まみれになっていた。
微動だなしないが、目玉だけがキョロキョロと動いているので、どうやら生命活動はしているようだ。
「……何を教えたらそうなるの?」
「もちろん魔法ですよ」
「そう……」
アディスの姿が自分と重なった。
同時に強く感じた。
リルはわたしに対しては、手加減をしていてくれたのだろうと。
水を顔面にぶちまけるだけで済ませてくれていたのだから。
「そんなことよりです。それは一体何ですか!? 鼻腔がくすぐられ過ぎてくしゃみが出てしまいそうなほどですよ」
「これは生姜焼きだよ。あとさ……アディスは、とりあえず着替えてくれば?」
「……うん。そうする」
アディス、がんばれ。
お前の父ちゃん、もっと扱い酷かったぞ。
わたしのご飯は異世界で革命をもたらすみたいです。 猫鈴 @nekoneko123
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