第32話
「リルー?」
わたしはおそるおそる木陰を覗き込んだ。
すると「どうしましたか?」と、リルが顔を出した。
怒ってないのかな。
いつもの飄々とした感じだ。
逆にそれが怖い気もしなくもない……。
「あのさ、今からご飯作ろうかと思うんだ。鞄から荷物出してもいいかな?」
「おおっ! いいですね。お腹空いてます」
「えっと、お説教は終わったの?」
「これからが本番ですが、咲様のお手伝いもありますし、これくらいにしておきましょう」
だとしたら、あの阿鼻叫喚は序章に過ぎなかったわけか。
リルに対し戦慄していると「……すいませんでした」と木陰からコジロウさんが這いずるように姿を現した。
「……」
まるで芋虫だった。
袖や裾がビリビリだし、見るも無惨な酷い有り様になっている。
「ご主人様にも容赦ないのがさすがだわ」
「私は常に品性公平です」
「品性が公平がどうかは首を傾げるところだね」
「それに……正確には仮初のご主人様ですから」
「仮初?」
「咲様とは、また違った契約をしているのです。これくらいで済んだのをありがたく思って欲しいですね。なんせこいつは契約違反をしたのですから」
「はい。本当に、僕が悪いんです。すいませんでした」
リルの性格を知らないわけではないだろうに、よくぞそんなことしたものだ。
だけど今まで雲隠れしていたのも、それはそれで凄いとは思う。
「詳しい事はまた後ほど。そういえば先ほどから少年の姿が見当たりませんが?」
「ああ、アディスね。それが聞いてびっくり! なんとギルマスのお子さんなんだって!」
「……ギルマスの?」リルは顔を顰め、歯を食いしばった。
露骨すぎだろ。
そんな嫌そうな顔せんでも。
知らせない方が良かったかもしれない。
「あのね、今は火起こしの準備を手伝ってもらってるんだよ」
「あの小生意気な小僧が素直に言う事を聞くタイプには見えませんがね。ドッペルゲンガーなんじゃないですか?」
「ドッペルゲンガーかどうかは知らないけど、まるで別人みたいにはなってるよ。リルの事、すっごく尊敬してた」
リルは再び歯軋りをした。
思わず耳を塞ぎたくなるような不協和音だ。
わたしは思わず耳を塞いだ。
コジロウさんは手足が使い物にならなくなっているので、耳を抑えることが出来ずに、モロに聴覚にダメージを負っていた。
しかし、なんでそんなに分かりやすいんだ。
この分だとアディスの弟子入りは厳しいかもしれない。
あんた心底嫌われてるぞ。
それにリルって弟子取るってタイプじゃないと思う。
面倒見が良いタイプではないよ。
「改心したのならいいんですけどね。でも次やらかしたら奥様の元へ強制連行します。それが一番効果ありそうですし」
はは、それは間違いないかも。
「おーい! 用意出来たぞー!」
「すごいじゃん。早かったね」
アディスは集めた石で竈門を作り終えていた。
冒険者志望だけあって、こういったことはお手のものって感じだ。
「だけどまだ火が起こさてないんだ。もうちょっと待っててくれよ」そういうアディスの顔は煤だらけになっていた。
竈の方を見ると、黒い煙が立ち昇っている。
努力の跡はまたとれた。
目真っ赤だし頑張ったんだろう。
一生懸命な姿を見ると、根は真面目なんだろうなと思えた。
「苦戦してるようですね」
「海岸だし、しけった枯れ木が多いのかも」
「随分と健気にやっているではありませんか」
「言ったでしょ? リルのこと尊敬してるって」
「ふう……仕方ありませんね。私も鬼じゃないので手伝ってあげますか」
突然、もがき苦しんでいたコジロウさんが「はははは。鬼っていうよりは——」小馬鹿にしたように笑いだした。
「なんですか? どうやらまだ軽口叩ける余裕があるみたいですね」
コジロウさんはすぐに砂浜に顔を埋めた。
苦しくないのだろうか。
どうやら彼は学ばない人みたいだ。
「メラミー」
「何か御用ですか?」
「やっぼー、メラミー。ご無沙汰だね」
「咲様もお元気そうで何よりです」
「……メラミーさん。久しぶり」
「まさか、お前はコジロウ!? よくもヘラヘラしていられるものだな!」
メラミーは掌ほどの体を、みるみると巨大な火球へと変貌させると、物凄い勢いでコジロウさんに襲いかかった。
「お、落ち着いて! メラミーさん!?」
「メラミー、コジロウはいいよ。あの子の火起こしを手伝ってあげて」
メラミーはリルの言葉でピタリと動きを止めた。
可愛らしい声とその見た目に完全に騙されてた。
危なっかしい性格は、猫耳のご主人様にそっくりだった。
ていうかリルが止めなかったら本当に危なかったよ。
コジロウさんの頭頂部燃えてるし。
「……リル様がそう仰るのなら」
「ありがとう。お願いね」
メラミーは体を萎ませると、アディスの元へと飛んでいった。
「メラミーの性格はリルに似たのかな?」
「どの部分を私に重ねているのかは分かりませんが、あれで一応火の妖精です。性格は見た目通りの激情型。燃え盛るのはあっという間。さ、私達も行きましょう」
リルは踵を返すと、マラミーの後を追った。
それにしてもコジロウさんは踏んだり蹴ったりだと思う。
突如雷に打たれ、更に家を焼かれと思えば、リルとメラミーに亡き者にされそうになるとは。
犯した罪が大きいのだろう。
罰が一斉に里帰りしているみたいだ。
少しだけ、いや、かなり不憫に思えてくる。
「咲様は甘いです。大甘です。私は『神獣』なんですから。悪い事したらバチが当たるのが世の常というものです。ね? コジロウ」
「ええ、その通りでございます」その口調は既に家臣なようになっていた。
竈門を覗き込むと、メラミーが薪の中に体を埋めていた。
アディスは楽しそうにその光景を眺めている。
「すっげ。便利な火の玉だなあ」
「火の玉じゃないです。メラミーです」
「お、お師匠様!? おの、今まですいませんでした」
「……お師匠様?」
「リルに弟子入りしたいらしいよ」
「お願いします! 俺を弟子にして下さい!」アディスは砂浜に頭を突っ込むとそのまま微動だにしなくなった。
どうやら本気で弟子入りを志願しているようだ。
でも砂が目に入ると痛いから、それはやめた方がいいと思う。
「男が簡単に頭を下げるなんて、頂けませんね。それはコジロウだけで十分なのです」
「じゃあ弟子に!」頭を上げたアディスの顔は砂だらけで、もはや判別不可能だった。
「それとこれとは話は別です」
「ちょっとリル。もう少し話を聞いてあげてもいいんじゃない?」
難しいのかな。
可哀想だし、後でわたしから願いしてあげてもいいけど、リルが本当に嫌がってるなら無理強いは出来ないよなぁ。
だが、リルはアディスの前で膝を抱えるように座り込むと「弟子入りなんて仰々しい事はお断りです。だけど魔法を教える位は構いませんよ。あなたのお母様にはお世話になりましたし」と照れくさそうにいった。
「し、師匠! ありがとうございます!」
「へえ……どんな心変わり?」
「だいぶストレス発散しましたからね。気まぐれってやつですよ」
コジロウさんはストレスの捌け口なの?
とにかく、二人の仲は、もう心配いらないね。
「ここに迷い込んでからバタバタ続きだったね。これで少しは落ち着いたかな?」
「本当ですよ! 早急にご飯を食べないと!」
リルはあらかたの材料と道具を取り出すと、竈の前にきれいに並べていった。
どうやら本気でお腹を空かせているようだ。
こういう時の準備の早さはピカイチである。
「早く! 早く!」
「分かってるって。リルも手伝ってね」
「当たり前です!」
さてと。
事情はよく分からないけど、コジロウさんもなんだか可哀想だしね。
励ます為にも、ここは腕を振るうとしますか!
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