第26話
「本日はありがとうございました。……正直なところ、皆様の予想以上の反応に驚いています。お口に合いましたでしょうか」
様子を窺うように周囲を見渡すと、会場からは拍手と歓声が上がった。
よかった。
……ちょっと泣きそう。
自分の好きなことが認められるのは、この上無く幸せなことだ。
ホッとした、というのも大きい。
どうやら、自分で感じていた以上に重圧を感じていたみたいだ。
「最後に少しだけ、わたしにお時間を頂けませんか? 今から最後の品をお披露目したいと思っているんです」
これが最後。
後は自分を信じるしかない。
壇上に上がってもらった人達は少しソワソワしている。
何が始まるのか気になっているんだ。
その中でリルだけはこちらを笑顔で見つめている。
「ではご紹介させて頂きます。この一品がこの町の食の礎となるようにと、そんな願いと想いを込めて作りました」
「咲様、ご立派になられて。およよよ」
嘘泣きすんな。
成長を実感する親か。
お前は保護者か。
「こちら、ブルスケッタ(佐々木流)でございます」
「まあ。彩りがとても鮮やか」
「最後にまた美味そうなもん出してきたな」
「料理って、こんなに華やかになるんですね」
ひとまず、掴みはいい感じだよね。
「……これ食べていいんですか?」
「もちろんだよ。でも説明だけさせてね」
「ほう、おあずけってやつですか。まさか最後に忍耐力を試されるとは!」
わたしは知っている。
各屋台でリルがつまみ食いをしていた事を。
なので試す価値などない。
忍耐力はマイナスに振り切れている事は間違いないのだから。
「まずはこのパンを薄切りにしてオーブンに入れます。取り出したら、手作りバターかガーリックオイル。お好きな方を塗って頂きます」
「それだけでも美味しそうね」
「はい。もちろんです」
だけどここからが本番。
用意したのは——。
トマトとバジルのマリネ。
半熟卵を加えたポテトサラダ。
アスパラとキノコのナムル。
そして屋台で使っていた肉を流用した、ピリ辛のスジ煮込みだ。
見た目の鮮やかさと、扱いやすい食材。
そして個々の好きな味が楽しめる自由度。
これがわたしが考えることの出来た最善の品だった。
ん?
……あれ?
なんだろう。
なんか反応薄くない?
胃が痛くなるからなんか喋ってー!
「そ、それでですね。お好きなベースを選んで頂き、自由に具材を選べるものとなっているん……ですが」
「わたしはマリネを」
「僕はポテトサラダにします」
「選べねえなあ。どれも美味そうだ」
よ、良かった。
悪い印象を与えていたわけでは無さそうだ。
他の皆も、各好みの具材を選び盛りつけ終えたみたいだ。
さあいよいよ。
後は神に祈るのみ、なんだけど……。
なんでリルは棒立ちしているんだ?
(ちょっとリルは? 食べないの? 食べてよ)
(選べません)
(は?)
(お髭さんと同意見です。どれも美味しそうです。なので一度帰宅した後、咲様にレシピを教わり好きなだけ食べます)
食い意地もここまでくると凄いな。
だけど、好きなものをおいしく食べる為に我慢する気持ちは分からなくもない。
空腹は最高のなんとやらかな?
「本当に仲良いな。この期に及んでコソコソ話か。こっちはもう我慢の限界だぜ?」
「あ、では。お召し上がり下さい」
「じゃあ、遠慮なく」
この瞬間が一番緊張する。
あとリルはよだれ垂らすくらいなら、食べればいいと思う。
「すごい……。いつも口にしていたパンとは思えない。一手間加えるだけでここまで劇的な変化を見せるなんて。そしてマリネの爽やかな酸味。トマト本来の甘味が引き立ってるわ。いくらでも食べられそう」
嬉しい、素敵なコメント!
流石は奥様だ。
「ポテトサラダも素晴らしいです。半熟の卵の濃厚さ、それに負けないポテトの旨み。そしてこれは、お好み焼きで使ってた白いソースですか? これらを上手く調和させています。何よりパンチの効いた香辛料。これが味のアクセントになっています」
魔力を放出させて高笑いしてた奴と同一人物とは思えない。
ミラも気に入ってくれたみたい。
何より二人とも嬉しい表現をしてくれる。
「これ、本当にいつも食ってる肉なのかよ。柔らかいなんてもんじゃねえ。溶けちまう。どれだけ煮込めばいいんだ。美味いな。うん、美味しい。甘辛くて美味しいな。これいつもの肉なの? マジかよ。こっちはナムルだっけか? うん。美味い。酒のつまみでもいけるぞ」
食レポ下手か。
まあ、ギルマスだからこんなもんか。
皆気に入ってくれた! はず!
これなら町で販売しても人気が出るはずだ。
さあ、どうだっ!
ど、どうだっ!?
あれ?……なんで俯くの?
「でも、こんなに素晴らしい料理。レシピだけで相当な金額になるわよね」
「まあ、それは仕方ないだろ」
「何言ってるんですか? お金なんていらないです」
この言葉に会場の観客が一斉にざわめき始めた。
そしてそれは今日一の喝采へと変わった。
なんでこのタイミングで?
「咲ちゃん、それはいくらなんでも」
「ありがてえけどよ、あり得ないぜ。どれだけの価値があると思ってんだ」
「よく分からないけど、わたしが教えるのは今ここにあるレシピだけです。そしてこのレシピは、これからのヒントでもあるんです」
「これがヒント?」
そう。
きっかけと言い換えてもいい。
ブルスケッタの具材は自分の好みでいいんだ。
美味しいものを食べて、もっと美味しいものを食べたくなる。
そして作ってみたくなる。
その気持ちを皆に持ってもらいたい。
その気持ちが礎になってくれたら、きっと。
皆笑顔になれる。
「ある意味、咲から出された宿題だな」
「でも、本当にいいの?」
「もちろんです。是非レシピを改良して、町のみんなに食べさせてあげて下さい」
「皆、美味しかったでしょー!? またレセプションやろうねー!」リルは大きな声で、皆に手を振った。
……リル。
レセプションの意味、分かっていなかったのね。
こうしてレセプションは大盛況のもと、皆の協力も助けとなり、無事に終わりを迎えることが出来た。
きっとこの町から新たな、そして誰も見たことのない美味しい料理が生まれていくはずだ。
こんなに楽しみな事はないよね。
◇
早速、舞台裏では今後についての議論が始まっていた。
ギルマスは屋台の人達から矢継ぎ早に質問を投げかけられ、揉みくちゃにされて、終いには何処かに連れて行かれてしまった。
奥様はブルスケッタを屋台ではなく、店舗を構えて販売するようにしたいと張り切っている。
だとしたら飲み物とか、デザートも出せたらいいのに。
メニューだって絶対増やした方がいいし、季節ごとの限定商品も必要だよね。
うう。
口出したいけどここは我慢、我慢。
会場の解体は明日以降。
それまでは何も気にせずに休めそう。
と、ホッとしたのも束の間、油断した所にリルが勢い良く飛びついてきた。
「咲様! レシピ、レシピ!」
「嘘でしょ? 今から!?」
「当たり前じゃないですか!」
「えー。明日じゃダメェ? もう眠いよー」
「睡眠欲より食欲です!」
リルはわたしの手を引くと、跳ねるように教会へと駆け出した。
思い起こせば、あれは日曜の昼下がり。
ドラ猫を追いかけ、マンホールに落ちて始まった異世界生活。
不思議で、変な事ばかりで。
どうなるかなんて想像もできなかったけど。
どうやら——。
それはカラフルに彩られた、心踊るものとなりそうだ。
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