第27話

 肌を焼くように照りつける太陽。

 鼻をくすぐる潮風。

 果てしなく広がる水平線。


 一体これはどこまで続いているんだろうと、子供の頃に不思議に感じた事を思い出した。


 海なんて何年振りだろう。

 というのも、わたしは夏の日差しも暑さも大の苦手なのだ。


 冷たい素麺に、冷たい麦茶。

 縁側で扇風機をかけて、風鈴の音を楽しむ。

 おやつにスイカを食べるのもいいだろう。

 夏を過ごすのであればこういった過ごし方がの方が好きだった。


 なので、こうして海を訪れるのは奇跡に近いのだ。

 それもまさか漁船に乗りこんで沖まで来ているなんて、本当に何が起こるか分からないものである。


「これって引いてません? 引いてますよね?」

「やった! これで!」


 リルは竿を立てて糸を手繰り寄せる。

 竿のしなり具合からしてかなりの大物に違いない。

 獲物は激しく抵抗するものの、リルは意にも介さず一気に海面から引き抜いた。

 その見た目とは裏腹に、リルはかなりの膂力を誇る。

 ゴリアンヌの血が入っているかと思うほどだ。

 

「……人が釣れましたね」


 キラキラと輝く水飛沫と共に海面から飛び出てきたのは、襟元に針が引っかかった男の子だった。


 本当だ。

 ……人なのか?

 人魚じゃない?

 でもヒレはついていない。

 もちろんエラもついていない。

 

「あれ? この子」

「冒険者ギルドで騒いでいた子ですね。まさかこんな所で会いするとは思いませんでした」

「ちくしょう! 早く降ろせ!」


 少年はリルを睨みつけ、声を張り上げる。

 恐らく、周りに見える他の漁船のいずれかに乗船していたのだろう。


 転落したのか、溺れていたのか。

 はたまた海に潜っていたのか。

 それは知る由もないのだが。

 とにかくリルの生まれて初めての釣果。

 それは口の悪い男の子だった。


「では遠慮なく」と、リルは手刀を横一文字に振り抜く。


「ちょっと、リル!? そこまだ海の上!」

「早く降ろせとのご要望だったので」


「ここで降ろすな! バカや——」と、言い終わる前に少年は再び海へと帰っていった。



 レセプションが終わって数日後、わたしとリルは町を出る準備をしていた。

 そして『スキル』と『祝福』を自在に操る練習も、同時進行で取り掛かっていた。


 世界を周るのに必要不可欠なのが馬車。

 以前、デカいひよこが荷台を引いてたけど、不思議とまだ馬は見かけていない。

 

「ああ、荷台のことですか?」

「できれば大きいのがいいな。将来的に台所もつけられるくらい大きいの!」

「それなんですが、実は問題が一つありまして……」


 リルは少し言いずらそうに言葉を詰まらせた。

 遠慮なんてものは前世に置いてきている子が言葉を詰まらせる?

 もしかして馬がいないのか?


「基本、平民が使うのは荷台なのです。あとは商人一行が大きな荷台を連結して、キャラバンとして商売をします。なので」

「使っちゃいけないの?」

「許可が必要です。咲様の考えているのは恐らく幌馬車のような形状だと思われます。想定される重量を考えると、二頭引きの大型の幌馬車ですね」


 許可制なのか。

 平民が荷台。

 商人が大型の荷台を連結して使用ねえ。


「身分が高い人間、例えば領主。それに貴族とかから許可を取るのかな?」

「そうです。咲様、先日お話した事は?」

「覚えてるよ。確か——」


 グラモア国。

 ここは、グラモア国の聖都に属する、コリンという街。

 ご存知の通り、わたしが誤召喚された町だ。


 簡単に掻い摘んで聞いた程度だが、コリンは広大な森に囲まれており、他国の侵略を防ぐ自然の防衛線として機能する面も持っているらしい。


 なもんだから、聖都からはかなり重要視されており、軍事費だが整備費なんかを相当充てがわれている。


 そしてリルが話してくれたのはコリンの領主の事だった。

 有事の際に重要視される土地であるコリン。

 そこを領主として任されているものだから、かなり天狗になっており、住民も手を焼いているって話だった。


「実はレセプションにも顔を出さなかったらしいです。訳の分からない物を口に出来るかと」

「でも開催自体は反対はしなかったんだよね」

「ここだけの話ですが……商業ギルドから、かなりの金額を渡しているはずです」


 それは初耳だった。


 奥様や、ギルマスがレセプションに協力してくれたのは、商業ギルドとしての地位や必要性を主張する為。

 ひいては冒険ギルドとの格差を無くすこと。

 もちろん料理自体を楽しみにしていた、というのを前提に置いた上でだ。

 

 そしてそれを全て取り仕切り尚、あのレセプションには意義があると思ってくれていたはずだ。

 その思いを領主に見透かされたのか。


 自分は参加しないし、料理を口にもしない。

 そんなものを開催するメリットもない。

 だがお願いの仕方によって考える、と。

 まあ、大方そんなところだろうな。


「……それは申し訳ないな」

「咲様が気に病む必要はありません。ギルマス達にとって、メリットの方が遥かに大きい。そう判断したのですから。ああ見えて商業ギルドの長ですから、そこは抜かり無いはずです」

 

 町を出る前に何かお礼がしたいけど。

 わたしに料理以外何も取り柄がない。

 こういう時、いつも気持ちが暗くなる。


「気になりますか?」

「うん」

「……ふむ。時に咲様。そんながめつい領主からある依頼が出ているのをご存知ですか? それも、かなりの報酬との話」

「依頼?」

「それをギルマスに渡してあげれば少し気も紛れるのでは?」

「それはそうだけど」

「実際に見る方が早いでしょう。行きますよ」


 リルに言われるままついて行った先は商業ギルド。の隣にある冒険者ギルドだった。


 依頼はここに出ているのか。

 がめつい領主の報酬が高い依頼。

 なんだか、きな臭い感じもするけどなあ。


 初めて入る冒険者ギルドはお隣と大違いで人で溢れかえっていた。

 受付も中央に円を描くように、いくつも用意されている。

 壁際には人だかりができており、そこには所狭しと依頼書が貼られていた。

 頭で描いていた、絵に描いたような冒険者ギルドが目の前に広がっていた。


「すご。これが、冒険者ギルドなんだ」

「コリンは大森林に囲まれていますからね。依頼が多いのですよ。他の街から出稼ぎに来ている冒険者も多いと思います」

「受付の人も綺麗な人ばっか。本当に繁盛してるんだね」


「早速、ダメ領主の依頼を聞いてきます」リルは受付に向かった。

 

 それにしても、かなりの金額か。

 ギルマスにも奥様にも相当無理させちゃったなあ。


 ……あれ? 

 リルが絡まれてる!? 

 い、命しらずだなあ。

 

「おい。その依頼受けても意味ないぜ」

「意味がない?」

「俺が今からその依頼を達成するからな!」

「……そうですか。では」


 おお、大人の対応。

 ぶん殴らないか心配したよ。

 流石のリルもあれくらいの子は相手にしないか。


「ふう、危なかったです。あれ以上あそこにいたらギルド諸共、この世から消滅させるところでした。危ない、危ない」

「危ないのはお前だよ」

「そんな事より見てください。この報酬額を。恐らくギルマスに半分も渡せばトントンになるはずです」

「そんなに高額報酬なんだ」

「なので依頼を成功させたら、報酬は半分しか受け取りません。その代わり幌馬車の使用許可を得ましょう」


 すごい。リルって頭いいのね。

 それならギルマスにも報酬が渡せるし、依頼料を半分にする事で領主との交渉の場も設けられる。

 そもそも領主と話すきっかけさえ無かったんだ。


 一石二鳥どころか、三者とも得するいい提案。

 これは……やるしかない!


「さすがリル! 頼りになるよ。それで内容は?」

「これです」


 リルの持つ依頼者の内容は『巨鯨』の討伐だった。

 期限は後、三日。


「巨鯨? 鯨の討伐?」

「只の鯨ではないですね。この鯨は体内に特殊な鉱石を精製します。最近目撃されたとされる巨鯨の体躯ならば、かなりの量が期待できます」

「なんだよ。お前ら、女二人かよ。怪我するだけだぜ」


 さっきリルに絡んだ子だ。

 こんな小さな子も冒険者かと思うと、冒険者という職業の人気の程が窺えるな。

 

「……はい?」

「なんなら港まで案内してやろうか? お前らじゃ、森を抜けることすら不可能だろ?」

「ありがたいですけどぉー。間に合ってますのでぇー。失礼させて頂きますねぇー?」


 おい、リル。

 顔、引きつってるぞ。

 落ち着け。

 どう、どう、どう。


「聞け、お前ら! 今日この『巨鯨』を仕留めるぜ!」と少年はテーブルの上に飛び乗った。


 一瞬その声に視線が集まったが、しかし皆大して気にしていない様子だ。

 これがこの子の、いつもの調子なのかもしれない



「咲様、行きましょう。危ないです。『地獄の冥王』を召喚してしまいそうです」

「そ、そうだね」


 あぶなっかしいな。

 相性最悪な二人だよ。

 早く離れよう。

 混ぜるな危険、だ。


 と言っても、危険なのはリルだけなんだけどね。


 なんだよ『地獄の冥王』って。

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