第11話

 冷めても美味しく、猫舌のリルでも食べられる料理。

 尚且つ、しっかり火が通っており、食あたりの心配もないといえば。


 わたしの晩酌のお供で大活躍した『おつまみ焼豚チャーシュー』を披露する時が来たようねっ!


 冷めても美味しいもんなあ。

 きっとリルも気にいるはず。

 ああっ!

 ビールが無い事が悔やまれるっ!

 

「木綿糸はこれくらいあれば十分ですか?」

「ありがとう。型崩れしない様にする為に使うだけだから十分だよ」

「調味料は揃ってそうですね」

「ねえ、気になったんだけどさ。何で調味料はこんなに揃ってるの?」

「行方不明で迷子のご主人様に教えてもらいました。中々手に入らないと思いますよ」


 あ、そうなんだ。

 てっきりどこでも手に入るのものかと。


 それにしても、リルのご主人様って何者なんだろう?

 間違いなく料理に詳しい人だよね。

 もしかして同郷だったりして。


「なので自由に使って頂いて大丈夫です。補充はいくらでもききますし、私では今一用途が分からないので」

「いくらでも? そりゃすごい」

「はい。大抵のものは搾り取れますからね」


 ……出たよ。

 いちいち怖いんだよ。

 絞るって、どこからどうやって絞るんだよ。

 醤油が絞れる牛でもいるのか?


「味醂は牛から絞ります」


 いるのかよ。

 どうなってんだ一体。


「後は臭い消しですよね」

「わたしの世界では、生姜とか……。後は葱の頭とか使うんだけど」

「生姜と葱ですか。多分、裏庭に自生してますよ」


 なんでも自生してるの、便利じゃない?

 お米と同じで食べ物として認識されていないのかな。

 屋台のラインナップも肉の串焼きと硬いパン、それと何が入ってるのか分からないスープが大半だった。


 あれ? 

 てことは、仕入れ費も安く上がるってことでは。

 見向きもされない雑草扱いなら無料じゃん。


 いやいや、気が早いぞ。

 まだギルドマスターと話すら出来てないんだ。

 商売出来るかも分からないんだから、ひとまずそこは置いておこう。


「直接確認しとこうかな。案内してもらっていい?」

「いいですよ。こちらです」


 案内された裏庭は、全く手入れがされておらず、何でもかんでも生え放題の育ちっぱなしだった。


 パッと見、食べられそうな野菜も多い。

 色や形は少し違っているものの、問題ないだろう。

 味が良ければ、全てよし。

 毒があるのは勘弁だが。


 奇しくも、動く砂肝を一発目に食した成果が出ているようだ。

 既にこの世界の食材に耐性がついてきている。

 あれに比べれば大抵のものはマシに違いないし。


 ……おえ。


「えーっと。うろ覚えなのですが、これで合ってますか?」

「そうそう! これだよ。ありがとう」

「お安い御用です」

「しかし勿体無い。皆、本当に食べないの?」

「そうですね、好んでは食べないですね。むしろ、動物や魔物の食糧として認識されています」

「ふーん」


 なるほどなあ。

 食材ってより餌って感じか。

 この分だと、リルはまだしも他の人達には抵抗があるかもしれないな。

 

「ま、黙って食べさせましょう。平気ですよ。美味しければ万事解決、文句は出ません。わたしの経験談なので間違い無いです」

「前のご主人様との経験談かな?」

「そんなところです」


 俄然、そのご主人様に興味が湧いてきた。

 後で色々と聞いてみよう。

 いつか会えるのなら料理の話もしてみたいものだ。

 

「さあ。始めましょう!」

「まずはこの肉。……肉だよね?」


 相変わらずビチビチしてるし、すっげえ跳ねてる。

 鮮度が抜群なのは間違いないな。


 うーん見れば見るほど豚肉だな。

 だけど一体何の生物の肉なのだろうか。

 

「それにしても活のいい肉ですね。以前はこんなにビクビクしてなかったのに。やはりご主人様は食材に愛されています」

「愛情表現だとしたら気持ち悪いんだよなあ」

「愛着表現なんて千差万別ですよ。まあ、確かに生々しくて少し嫌ですね」


 いざこれを調理するのなると勇気がいるな……。

 痛点とかないんだよね?

 大丈夫だよね?

 もしあるとするなら、今から始まるのは拷問だ。


 縛られたり、茹でられたり、しまいには味付けまでされてしまうのだから。


「さあ、始めましょう」

「あ、うん。……じゃあまずは、とりあえずこれを木綿糸で縛っていくよ」

「ほうほう。では押さえつけますね。おら! 大人しくしろ!」


 ……犯人確保か。

 それにしても、なんでノリノリなのだろうか。

 ま、いっか。

 楽しそうだし。


「ふう。なんとか縛り上げることが出来ましたね」

「はは、お疲れ様。次に下茹でなんだけど、こうやって縛るのは肉の形が崩れないようにする為なんだよ」


 リルは頷きながらレシピを書き写し始めた。

 本当に料理が好きなんだろう。


 だけど少し不安になる。

 料理の高みを目指す子に、わたしのレシピなど役に立つのだろうか。


「鍋にたっぷりの水を張って、葱の頭と厚めに切った生姜、お酒も少し加えてるよ。肉の臭み消しになるからね。中火にかけて沸いたら弱火。はい、これでお終い」

「終わり、と。……はい? もう終わりですか?」

「ひとまずわたしの作り方ではね。茹でてる間に白髪ネギを作るよ。お願いしていい?」


 耳をピンっと立てながらリルは「いいんですか?」と不思議カバンから包丁を取り出した。

 

「もちろん。まずは葱の白い部分に縦の切れ目を入れるの。反対側まで切れ目が入らないようにしてね」

「はい。分かりました」


 あら、リルちゃん。

 包丁の使い方がお上手なのね。

 猫の手ならお手のものってところかな?

 これなら怪我の心配は要らなそう。


「芯を取り外して外側の部分を使うよ。まずは三センチから四センチの長さに揃えて切るの。芯は他の料理でも使えるからとっておこうね」

「これが白髪葱ですか?」

「ここからもう一手間。これを広げて重ねたら繊維に沿って薄く切るの。少し難しいかもしれないけど、出来るかな?」


「お任せ下さい」と自信ありげにリルは千切りを始めた。

 やっぱり包丁の使い方が上手い。

 むしろ、わたしより上手いんじゃない?


 リルは手際良くネギを刻んでいく。

 そしてあっという間に白髪ネギを完成させた。

 わたしが思っている白髪葱と遜色無いものに仕上がっていて少し驚いた。

 

「おー、お見事。切り終わった葱は水にさらしておこう」

「なるほど、これが白髪葱。納得です」

「焼豚だけに使うものでもないから、覚えといて損はないと思うよ」

「勉強になります。他にお手伝いはありますか」

「焼豚の漬けタレを作ろう。調味料を合わせて一度沸かすの」

「何故一度沸かすのです? そのままではいけないのですか?」

「アルコールを飛ばして調味料同士を馴染ませる為かな」

「ご主人様って思ってた以上にお詳しいのですね」


 料理が好きな人なら当たり前の知識なんだけどね。

 だけど、こうして褒められると嬉しいものだ。


「醤油、酒、味醂。そしてここにも葱の頭。ニンニクがあれば良かったけど、今はないからこれでお終い。後は火にかけて一度沸騰させる」


 後は下茹でが終わればだけど……。

 夕食までにはちょっと時間足りないかもな。

 完璧な仕上がりにはならないけど、仕方がないか。

 圧力鍋が無いのが痛いよなあ。


「おー、お肉がぷにぷにです。こんなにも柔らかくなるんですね」

「ははは。まだ一時間も経ってないよ」

「でも、ぷにぷにですよ?」

「ほんと? ……あれ。ほんとだ」


 これがあの不気味な動きをしていたお肉?

 既にこんなに柔らかくなってる。


 色々と規格外な肉だな。

 これ以上茹でたら型崩れしちゃいそう。

 圧力鍋なんてとんでもなかったよ。

 そんなの使ったら跡形も無くなっちゃうところだった。


「煮崩れちゃいそうだね。取り出して漬け込んじゃおう」

「味を染み込ませるのですね」

「うん、後は待つだけ。仕上げに炙って完成だよ」

「こんなに手の込んだ料理は初めてです。……ところで、味見しなくて平気ですか? 私は、味見が一番得意とするところですよ」

「お楽しみは取っておこうね」

「むー。残念ですね」


 本来なら、弱火で長時間下茹でしなければ、こんなにも柔らかくはならない。

 リルはすごいって感激しているけど、こんなのわたしだって驚きを隠せないよ。


「用意してくれたお肉のおかげだね。さて、今はやれる事ないし、少し休憩しようか」

「そうですか。では、お飲み物をご用意します。……気が変わりましたらいつでも味見しますからね」


 焼豚作ったの久しぶりだなあ。

 夕食が楽しみになってきた。

 おっさん達の「夕食をご馳走する」との台詞が若干、いやだいぶ不安ではあるけど。


 果たして今夜、わたしは何も食べさせられるのだろうか。


 それだけがちょっと怖い、恐怖。

 せめて熱処理はしてますように。

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