第10話

「さ、ミラ達の所に戻ろうか。あとヨダレ拭こうね」

「……はい。失礼致しました」

 

 受付のお姉さんはリルにティッシュを手渡すと「また来てね」と笑顔で手を振ってくれた。

 

「一生の不覚です」


 リルはまがりなりにも料理人って名乗ってるわけだし、それなりの食いしん坊なのかも。

 行方不明のご主人様の影響もあるのかな。


 教会に戻る途中、リルにお願いをして屋台が立ち並ぶ通りを案内してもらうことにした。

 この世界で何が食されていて、何が好まれているのか。

 それを自分の目で確認することは、とても大切だと思うし、何よりもお腹がペコペコだった。


「あ、これなんかいいかも」

「では私が買ってきますね」

「ごめんね。絶対お礼するから」

「いえいえ、お気になさらず」


 リルはそう言うと、鞄から可愛らしいガマ口の財布を取り出した。

 奢ってもらうのは申し訳ないけど、手持ちが無いのでここはリルに頼るしかない。

 なんだか頼りっぱなしで申し訳なくなってくる。

 

「買ってきましたよ。お口に合いますかね?」

「ありがとう。いただきまーす」


 ……ん?

 奢ってもらっといて大変恐縮だが、これは……。

 とてもじゃないけど、美味しいと言えるものでは無いかもしれない。


 こっち人達は食に対して興味がないとか?

 知識が少ないのも原因なのかな。


 最低限生きていける栄養が取れれば良い、そんな風習でもあったりして。

 わたしの世界は、飽食と言われるほど食べ物が溢れていた。

 こことはまるで対極の世界かもしれない。


 それに加えて商業ギルドでの、あのやりとり。

 お姉さんが屋台をやめておけって言ってた理由が分かった気がする。


 わたしのご飯は皆に受け入れてもらえるのだろうか。

 そう考えると少しだけ不安になってくる。


「お肉、噛みごたえがありますね」

「ははは、そうだね。パンもカチカチだね」


 そう、特に衝撃なのはパンの硬度だった。

 パンの硬度って初めて言ったな。

 歯欠けるかと思ったわ。


 食べ歩きを続けていると、リルがこの世界のこと、そして町のことを教えてくれた。

 

 ここは召喚士の里として有名らしく、常々あの教会で勇者の召喚が試みられていたらしい。

 おっさん達もそれなりに有名な召喚士とのこと。

 人は見かけによらないな。

 もはやイメージはただの変態だよ。


 ふと、筋肉さんのことが気になったので尋ねてみると「今頃筋肉男は王宮に連行され、王様と謁見をしているに違いありません」と教えてくれた。


 一歩間違えれば、自分が王様と……。

 ゾッとするな。

 

 すまん、筋肉さん。

 恩にきる。

 せめて勇者として、手厚く歓迎されている事を祈るばかりだ。


 串焼きとパンを食べ終える頃、教会の前に辿り着いた。

 改めて教会の外観を眺めると、とても美しく神秘的の一言。

 国が施設なので、そういう面で優遇されているのかもしれない。


 わたし達は教会の裏手に周り、台所の入り口に向かった。すると、目を覚ましたミラがこちらに気付き、一目散に飛んできた。

 

「も、申し訳ございませんでしたー!」

「いやいやいや。もう土下座はやめてね」

「しかし」

「わたしも不用意にお米を試食させなきゃ良かったよ」


 ん、なんだ?

 頬を染めたおっさん達がこっち見てる。


 そっか、わたしのことを疑っているんだ。

 そりゃそうだよなぁ。

 お米食べたらあんな事態になってしまったのだ。

 当然といえば当然か。

 しかしいつまで頬染めてんだ、この人達は。


「私が説明しましょう」


 おっさん達の視線に気付いたのか、リルは直ぐに間に入ってくれた。


「ミラが口にしたのは幻獣の里に伝わる『魔力の玉子』でした。幻獣以外が食する事であんな事が起こるなんて……。知らなかったとはいえ、これは私の落ち度。どうかお許しを」


 リル、すげえ口回るじゃん。

 ヨダレ垂らしてた子とは思えない。

 切り替えの早さは尊敬に値するよ。


 でも、それもわたしの為にやってくれていること。

 かばってくれてありがとう。

 あとでちゃんとお礼しないといけないね。


「わたしもしっかり確認するべきでした。ごめんなさい」

「怒っているわけではないのです。魔王討伐のヒントになればと確認をしただけなのです。頭を上げてください」


 良かった、怒ってないみたい。

 詰められたらどうしようかと思った。


「こちらこそお恥ずかしい姿を。お詫びに今晩のお食事をご馳走させては頂けませんか?」

「あ、わたしも試したい料理がありまして。こちらこそ味見をして頂けると嬉しいです」

「それはいい。『魔力の玉子』なるものさえ使わなければ二の鉄は踏みますまい。ミラも玉子焼きご飯の味は絶賛していました」

「はは、それは何よりです」


 おっさん達とミラは会釈をすると、台所から出ていった。

 本当にごめんね。

 恥ずかしかったよね。


「咲様。もしかして、例の肉の調理法が?」

「何となくだけど」

「流石です。お手伝いすることは?」

「もちろんあるよ。リルはわたしのパートナーだからね。頼りにしてるよ」

「はい、かしこまりました」


 猫舌なリルが美味しく食べれる料理。

 それは冷めても美味しい肉料理だと思う。

 だとしたら多分、あれだよね。


「リルが食べたのって薄切りのお肉でしょ。それで味は醤油ベース、かな?」

「お見事です。本当に分かったんですね」

「猫舌のリルも食べれるとなると、それはローストビーフだと思う」


 あの動く肉が豚肉っぽい事は、とりあえず置いといておこう。

 

「ローストビーフですか」

「そう。だけど火の通し方がすっごく難しいの」

「火加減ですか」

「うん。肉の悪い菌をやっつけて、尚且つ柔らかくするのはとても難しいんだ」

「悪い菌ですか。しかしあまり気にしていないようにも感じます。ここの世界の食事は基本的に生食メインですし」

「中にはお腹を壊して、苦しい思いをした人だって沢山いると思うよ」

「確かに……。原因不明の腹痛はよく耳にする話です」

「わたしの作る料理はそんな不安も無くしたいの。だからリルの食べたものとは、少し違うものを作ろうと思う」

「そうですか」

「ごめんね。だけど負けないくらい美味しいの作るから。信じてくれる?」

「はい、もちろんです!」

「そこで早速リルにお願いがあるんだ。欲しい食材があったら出して欲しいんだ」

「お安い御用です。何ですか?」

「まずは——」


 よーし!

 絶対にリルを満足させる料理を作るぞ。



 しかしこの時、わたしは気づいていなかった。

 一番気をつけなければいけない事に。


 気づく事が出来なかったのだ。

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