第9話

「これはテンション上がる!」


 目の前に広がる光景。

 それは私にとって衝撃的なものだった。


 考えて見ればそうだよ。

 まだ景色や町並みは見てなかったんだ。


「こっちです。行きましょう」

「うん。いこう!」


 これぞまさしくカルチャーショック。

 これが異世界……恐るべし。

 恐らく、私は詩舞夜しぶやのスクランブル交差点を眺めている外国人観光客のようになっているに違いない。


 何あの人、コスプレしてるのかな。

 あの人は……トカゲだ。

 トカゲが歩いてる。

 あそこには、あんなに小さい人も。


「危ないよ! どいた、どいた」

「あ、ごめんなさい」


 ……すご。

 大きなヒヨコが荷台を引いてる。

 凄まじい砂埃を上げてるわ。

 なんてパワフルなの。

 てかなんで青いの?

 カラーひよこなの?

 その昔、屋台で売れ残ったひよこなの?

 

 この通りは屋台が沢山。

 随分と賑わってるなあ。

 あとでリルに付き合ってもらって寄ってみよう。


「さ、着きましたよ」

「これが商業ギルド!?」


 で、でかい! 

 思ったより立派な建物だ。

 うわぁ……これは同業者が多そうだ。

 そんなに甘くないのかもなぁ。


「咲様。そっちじゃありませんよ」

「え? 違うの?」

「そちらは冒険者ギルドです。人気職業ですからね。自然と大きい建物になるんです」


 なるほど、所属人数が多いのか。

 儲かってんだろうな。

 

「冒険者は人種、種族問わずの職業です。報酬も高いし、沢山の登録者がいるんです。その分危険も付きまとう大変な仕事なんですよ」


 採取とかならまだしも、わざわざ危険な魔物と戦うなんて信じられないな。


 わたしには無理だ。

 絶対死んじゃう。

 でも一歩間違えれば、その魔物の長である魔王と一戦交えなければいけなかったのか。

 ……危なかった。


「良かったですね」

「え?」

「ご主人様の『スキル』や『祝福』はとんでもないものですが、ステータスは目も当てられませんでしたし、戦闘系の『スキル』も皆無でした。いくら兵を量産できるとはいえ、恐らく——」

「魔王と戦ってたら、ヤバかった?」


 リルは静かに頷いた。

 ……やっぱり危なかったんだね。

 筋肉男は大丈夫なのだろうか。

 考えてみればあの人が一番とばっちり受けてるのでは?


 でも激しく黒光りしてたし、なんとかなるだろう。

 そう願いたい。

 少なくともあんなにピカーってなってたんだ。

 目眩しくらいにはなるよね。

 

「そして私達の本命。商業ギルドはこっちです」

「こ、これが!?」


 リルが指し示した先には、小さな家がポツンと佇んでいた。


「ちっちゃいね」

「正直申しますと、商業ギルドは人気がないのですよ」

「あんなに屋台が出てるのに……」

「やはり稼げる仕事は冒険者ですから。次に都市との流通を担う商人、続いて服飾系。これには冒険に必要な武具を扱う商店も含みます」

「あ、あれ? ご飯屋さんは?」

「えっと——」


 一瞬リルは何かを言いかけたが、口を摘んだ。

 そして「後はギルドで伺いましょう」と商業ギルドへと歩いて行ってしまった。


「なんか、不安になってきたな」


 雲行きが怪しくなって来た。

 来れば分かるとでも言いたげなリルの態度。

 ……ここでヤキモキしても仕方がない、か。

 

 商業ギルドの扉を開けると、暇そうなお姉さんがパラパラと本をめくっていた。

 冒険者ギルドと大違いなのは一目瞭然だった。


「すいません。登録に来ました」

「あら、こんにちは。可愛らしいお嬢ちゃん。でも屋台なんかやめといた方がいいわよ」

「食事を扱う事に違いはないのですが、いかんせん前例の無いご相談があるんです。ギルドマスターとお話は出来ますか?」

「そちらの方は?」

「私の——あれです。あれ、あれは社長です」

「社長!?」

「あらま、社長様」


 何で社長なんだよ。

 もっと言い方あったんじゃないの?

 やめろ、ウインクすんな。下手くそだぞ。

 両目閉じてるし、口も半開きだからな。

 ったく。

 こんな部屋着でボサボサ頭の社長がどこにいるんだよ。


「……はあ」


 だけどリルに任せきりというわけにもいかない。

 ここは一つ社長になりきるとしよう。

 どうせ、いつまでも同じ街に留まるつもりもないしね。


「どうも。社長の佐々木です」

「どうもこんにちはー。ではこちらにどうぞ。って言いたい所なんだけど」

「何か不都合でも?」

「あの人、昨日冒険者ギルドの人と喧嘩しちゃってね。自警団に拘束されてるのよ」


 あの人……ギルドマスターだよね。

 拘束ってまた物騒だね。


 もしかして怖い人なのかな。

 でも確かに異世界って血の気が多いやつが多いイメージだわ。

 はあ、やだやだ。

 わたしは植物みたいな人とお付き合いしたいわ。


「分かりました。では、また後日伺います」

「あれ? いいの?」

「いないものは仕方がありませんしね」

「ごめんねぇ。今回の騒ぎの大きさだと……そうね。一週間って所かしらね」

「分かりました。では」

「あ、待って! リル!?」


 人気の無さもそうだけど、なんだが拍子抜けしちゃったなあ。

 それにしても一週間かぁ……。

 時間はあるけど、待つとなると長く感じちゃうな。


「さ、自警団に直接交渉しに行くとしましょう」

「何それ」

「自警団とは有志の集まり。つまり街のお節介が集まって、ローカルルールで人を裁いています」

「言い方よ」

「なので丸め込みます。袖の下大作戦です! これは社長無しではなし得ない作戦なのです!」


 いつまで社長呼びなんだよ。

 袖の下って言ったってお金なんて持って無いし。


「所詮は自己満足の私刑で優越感に浸るような連中です。大義もへったくれもないのでチョロいもんです」


 口悪。


「それはいいんだけどさ、お金持ってないよ」

「社長。何も袖の下は金銭でなくても構わないのです。まあ、それが一番分かりやすくはありますけど」

「というと?」

「社長には料理があるじゃないですか」


 リルは不思議鞄から生肉を取り出すと、わたしの体にぐいっと押し付けて来た。

 洋服に血が付くとか関係無しに、強引に無理矢理押し付けてくる。

 案の定、部屋着は血まみれになった。


「ぎゃあー! ちょっと、リル! これじゃあ返り血浴びたみたいだよ!」

「あ、ごめんなさい。つい興奮してしまいました」

「まったく。それで? これは何の肉なのさ」


 動いてるが、砂肝では無いな。

 見た感じは豚肉に見えるけど……。


「さあ? 見当もつきません。だけど私の元・主人様は、これをとても美味しく調理されました」

「……このビクビク動いてるやつを?」

「はい。今だ忘れえぬ程の美味でした。人の心を動かすのに十分な味だと思います」

「この……くっさい肉を?」

「そして社長ならそれが出来るはずです。私、信じてます」


 ……よだれ出てんぞ、リル。

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