第20話
どうやら、わたしには才能がないらしい。
才能を磨く才能が。
これは多分、いや確実に苦労すること間違いない。
あははははははは。
「集中力が足りないのは、育った環境等が関係してあるのかもしれませんね」
「鼻に入る冷水が怖かったからだよ。陸で溺れるなんて初めてだわ」
冷水を顔面にぶちまけられ、はや十五回。
遂にわたしの鼻腔は限界を迎えた。
途中冷水の勢いがなくなったので、リルから見れば本当苦しそうに見えたのだろう。
手加減をするなんて、なんやかんやでリルも優しいのである。
「明日からは熱湯にしますか」
……全然優しくなかった。
「スパルタ過ぎん?」
「冗談ですよ?」
目がマジなんだよな。
「今日はここまでですね。では」
「あれ? どこ行くの?」
「食材をかき集めてきます。とはいえ、迷子のご主人様が好んで食べていた物が中心になるとは思いますが」
「今からだと暗くなるよ?」
「夜目は利く方なのでご心配なさらず」と、リルは目から光線を出し、わたしをチカチカッと照らした。
不気味にも程がある。
二度とやらないでって言ったよね、それ。
しかしこんな時間に一人で行かせるのは気が引けるな。
一緒に行きたい所だけど、わたしもこれからメニューを考えなくちゃいけないし。
ん? 待てよ。
一緒に食材を探しながら、その場でメニュー考えればいいじゃんか。
「リル、わたしも行く」
「咲様も? 少しお休みなられた方が」
「大丈夫だよ。体力的には全然余裕だし」
「それならいいのですが……。あまり無理はなさらないで下さいね」
わたしはレセプションが成功した暁には、町の皆に振る舞った料理のレシピを、そのまま伝えようと考えていた。
料理を作る喜びや、食事の楽しさをもっと知ってもらいたいからだ。
なのでメニューのコンセプトは屋台料理にしようと決めていた。
設備をそのまま流用できれば、余計な設備投資も必要ないし、何より要領も掴みやすいだろう。
リルと一緒に食材を集め、その場で料理を色々試せば未知の食材の勉強にもなるし、アイデアも浮かびやすい。
火起こしさえ出来れば作れるような、お手軽の料理を採用しようと思っていたので、リルの邪魔にもならないだろう。
ただ、そうなるとレセプションの総指揮というのが難しくなっちゃうな。
修行と食材集め。
リルにつきっきりなっちゃうもんなあ。
当日までの大まかな流れを任せられる人が欲しいところではあるんだけど……。
わたしとリルを抜きに考えると、奥様かミラか。
うーん……。
厳しいかなぁ?
そうでなくても奥様には、書類関係やレセプション開催場所の確保。
それ以外にも、細かい事は全部任せてしまっている。
しかも商業ギルドの通常業務もこなすというおまけ付きで。
残業も厭わないストロングスタイルだ。
じゃあミラが代わりを務められるか?
それも酷な話になってしまう。
ミラは見習いとはいえ、召喚士。
レセプションみたいな事案を任される、もしくは普段から行なっているなんてことは、まず考えられない。
そもそも宣伝活動を全て任せてしまっているんだ。
人の興味を引きつける事は決して簡単なことじゃない。
慣れない仕事なのに、快く引き受けてくれたミラの負担をこれ以上は増やすわけにもいかないよ。
「お悩みですね?」
「うん。全体の流れを見れる人がいればなぁって」
「ふむふむ」
「わたし達とコミュニケーションを取りつつ、奥様やミラへアドバイスもでき、それでいて指示を仰がずとも機転を効かせ、行動に移せる人材」
「ハイレベルな人材をお求めなのですね」
だよね。
自分で言ってても無理難題だと感じたもん。
そもそも知り合い自体少ないのだ。
余計に見当がつかない。
その少ない知り合いも、今この瞬間も全力で頑張ってくれている。
奥様も、ミラも。
それに、きっとギルマスだって——。
薄暗くて数日過ごすだけで自我が崩壊し、幻覚や幻聴に悩まされ、睡眠も碌に取らずに、まともな食事にもありつけない。そしていつシャバの空気を吸えるのか分からないという、精神的にも逼迫した状態で応援してくれいるはずだ。
陰ながら日陰で応援してくれているはずなんだ。
「ぐすん。お髭さんが生きていたらこんな悩みは即座に解決。万事上手くいっていたのに」
「勝手にギルマスを亡き者にしないでね」
「まだご存命でしたっけ? なら本当は嫌々ですし、内心はかなり進言する事に対して葛藤もしましたが、奥様に懇願して奴を豚箱から引きずり出しますか? ほんっとうに苦渋の決断ですが」
「そ、それだー!」
なんで気づかなかったんだ!
こんなにも最適な人材は他にいない。
「早速、行きましょう。一週間は長いようで短いです。思い立ったら即行動です」
「そうだね、悩んでる時間がもったいない。奥様だってレセプションの成功の為に、あんなに頑張ってくれているんだ。分かってくれるよね」
そして。
わたし達はなんとか奥様の説得に成功した。
奥様は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、背に腹は変えられないと、渋々了承してくれた。
結局その日、食材を集めに行くのを中断し、わたしの追加特訓をすることにした。
「どうせ迎えに行くなら早い方がいい」と、奥様にギルドのお留守番を任されたからだ。
思わぬ再特訓に先程のトラウマが蘇る。
ギルドを水浸しにするわけにもいかず、かなり集中して特訓に取り組むことが出来た。
それから三十分程度だろうか。
突然、勢いよくギルドの扉が開かれた。
そこには取り繕った表情の奥様と、首根っこを掴まれ、頬にくっきりと紅葉のついたギルマスの姿があった。
「よう。待たせたな」
「お髭さん。お元気そうで何よりです。あと別に待ってなかったです」
ギルマスの哀愁漂う姿には同情せざる得なかった。
あんた、本当に何やらかしたんだ?
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