第19話

 わたしがこの不思議な世界でやりたいこと。

 それは各地を旅して、皆を食事で笑顔にすること。


 どうやらわたしの生まれた世界とこちらでは、若干の差異はあるものの、共通している事も多いみたい。

 そして何やら訳の分からない不気味なものもある。


 だからもっと異世界の植物や、動物を理解すれば、作れる料理のレパートリーも増えるはず。


 最初は一箇所に拠点を構える方法、いわゆる店を切り盛りする事も考えた。

 でも、折角ならもっと沢山の地域で、沢山の人に料理を楽しんでもらいたい。


 もちろん不安要素が多いの分かってる。


 食文化の違いや、価値観。

 味の好みに、好き嫌い。

 現実的なところも言うと、採算が取れるのか。

 仕入れや、仕込み、ランニングコスト。

 人を雇う事による人件費。

 まだまだ沢山ある。

 あれもこれも、あっちもこっちも。


 数え上げたらキリが無いけど、折角の第二の人生だ。

 やってやれない事はない! 


 と言う事で、わたしのやりたい事は。


 異世界を駆け周るキッチンカーなのです!


◇◇◇


 四人での話し合いを一旦終え、その日は奥様の家に泊まらせていただく事になった。


 この日決まった事は、それぞれの役割、ギルマスが開放されると予想される一週間後に催しを行うことだ。


 わたしは調理全般、総指揮、そして総監督。

 とはいえ、結局自分の事で精一杯になりそうなのが不安なところである。


 リルは食材の剪定。

 それに加え、わたしの魔力をコントロールする特訓を引き受けてくれた。


 『創造』を使いこなすには必須条件であり、もしかしたらこれが最難関とも言える鬼門なのかもしれない。

 使いこなすまでいかなくとも、作った料理が変な効果を発揮しないようにしなくては大変なことになる。


 奥様は商売を始める手続きを全て引き受けてくれた。

 人気のない商業ギルドを活性化させるチャンスだと張り切っている。

 

 そしてミラ。

 国の専属召喚士として、見習いとは言えど、町民からの知名度、信頼度はミラが一番だろう。

 そんな彼には主に広告塔になってもらう事にした。


 ネットなんてものは当然ないのだから、逆にやる事は限られる。

 ポスターを目立つ場所に貼るなどのシンプルな方法も効果が期待出来そうだ。

 チラシを配ったり、口頭で宣伝するのも集客する上では大事な戦略になるだろう。


 そして、これはキッチンカーの宣伝では無く、一週間後に開催する催し。

 レセプションの宣伝なのだ。


 わたしは全ての準備に一ヶ月は見積もっていた。

 ぶっつけ本番で挑もうとしていた。

 そしてそのまま世界を周ろうとしていたのだから、今となっては浮かれていたとしか言いようがない。


 しかしあまりの目算の甘さを見かねてか「完璧に全ての準備を終わらせたはずでも、必ず問題が出てくる」と、奥様からもっともなアドバイスを頂いた。

 

 そもそもの話、料理が受け入れてもらえない可能性だってある。

 まずはこの町の人達の反応を伺う。

 それからでも遅くないはずだと。


 そう。

 レセプションは奥様の発案だった。


 一週間でメニューを決めて、仕込みの量を見極める。

 これなら頑張ればやれる。

 リルの不思議鞄に頼りっぱなしではいけないので、食材の管理も念頭に置かなければならない。

「気にしなくていい」とリルは言ってくれたが、そうもいない。


 わたしはレセプションに即賛成した。

 これはわたしの試金石。

 絶対レセプションを成功させるんだ。


 最後に、一つだけ奥様にあるお願いをされた。


 どんなお願いかと尋ねると、

「新しい食文化が産声を上げる事はこの世界に新たな雇用を生み、それが広がれば職業格差による収入、貧困の差なども無くなるかも知れない」と、熱弁された。


 ギルマスも奥様も商業ギルドで勤めているだけあり、食に関して他の住民よりも関心を示していた。

 そして偉そうな冒険者や、商人が肩で風を切って歩く現状を嘆いていた。


 今回ギルマスが捕まってしまったのも、冒険者ギルドの職員との、そんな軋轢から生まれた諍いであったと教えてくれた。


 奥様のお願い——。

 それはこの町にわたしの料理を広め、食文化発展の礎にしたいとの事だった。


 見返りとして破格の条件も提示された。

 商売をする場合、通称ならば各都市で商業ギルドに登録し、営業の許可を得なければならない。

 そして売上の報告と共に、税金が取られる。

 その税金を全くのゼロにしてくれると言うのだ。


 ギルマスと奥様は、常々頭を抱えていたらしい。


 どこも似たような料理。

 そして似たような味。

 まさに商業ギルドの屋台骨の屋台の売上は、年間を通しても決していいとはいえるものではない。


 それに加えて、季節や天候にも左右される。

 雨や風が強ければ営業なんて出来ないし、暑すぎたり、寒すぎる日だって影響を受けるだろう。

 

 儲からない上に不安定。

 似た料理が多い故、同業者同士の上がりの奪い合いも発生している。

 本来であればブルーオーシャンのはずの市場は、赤信号が灯っていたのだ。


 わたしは二つ返事でその提案を受け入れたのは言うまでもない。


 それで料理に関わる人、それを口にして幸せになる人が増えるのはわたしの夢に直結している。


 断る理由なんて、どこにも見当たらないのだ。



「いいですか? 魔力のコントロール、それ即ち集中力なのです」


 リルがピンと立てた人差し指には『レッスン』の文字がふよふよと浮いていた。

 

「慣れてくればこれくらいは出来るようになります。しかし今回は、そこまで出来なくても大丈夫。何故なら——」

「料理に魔力を伝えなくするのが、一番の目的だから?」


「御名答です」と、リルは頷いた。


「咲様は常に魔力垂れ流しです。普通なら気絶しちゃいますよ。なのでまずは魔力を留める必要があります」

「なるほど……。分からん」


 ここが最難関だという認識は間違ってないみたい。

 でもここさえ乗り越えれば、何も気のすることなく料理を作れる。

 褌のおっさんがエビ反りする所も見なくて済む。


「やることは簡単です。まずはご自身の魔力を感じてください。その為にやる事は、そう。瞑想です」

「それだけ?」

「チッチッチッ。これが中々難しいのです。目標は三日でしょうか。時間的にもそこがリミットでしょう」

 

 三日。

 余裕があるのか無いのか。

 それさえ分からない。


「なんとしても乗り越えて頂きますよ」


 瞑想は小さい頃一度やった事ある。

 あまりの落ち着きの無さから、お母さんに近くの寺に放り込まれたのだ。


 苦い思い出である。

 一体何度、警策きょうさくで叩かれた事か。

 忌々しい坊主め。

 待てよ。

 て事はもしかして!


「まさかっ! うまくいかないと、わたし叩かれる!?」

「何度も失敗すると思うのでその度に叩いてたら顔がパンパンに腫れちゃいますよ?」

「顔なの!? 肩じゃなくて!?」

「しかし咲様がそれを所望するならば、心を鬼にして平手を放ちましょう」


 リルは話をしながら素振りを始めた。

 身体の部位一つ一つがスムーズに連動している。

 それは見事なビンタの素振りだった。

 なにより風を切る音が異常過ぎる。


 こっちは目の前でミラの吹っ飛んだ姿を目撃してるんだぞ。

 そんなもん所望するバカいないだろ。


「気持ちだけ受け取っとこうかな」

「そうですか、残念です。ではお好きな格好でどうぞ」

「残念て」

「こほん、失礼。では、始めて下さい」


 好きな格好か。

 やっぱり胡座がいいよね。


「お、いい感じですね。その調子です。集中力を高め、自らを覆う魔力を感じ取るのです」


 よし。

 警策への恐れから、心を殺す術は取得済み。

 後は魔力を感じればばばばばばっ!

 ……冷た。


 坐禅を始めて僅か五秒。

 突如わたしの顔面を、物凄い水圧の冷水が襲った。


「残念ながら雑念を察知しました。失敗したら樽一杯分の冷水をぶっかけます」

「樽って。それ、大樽」

「樽は樽です。それ以上でも以下でもありません」

「…………」


 どうやら、リルはスパルタ思考のようだ。



 その夜、わたしはキラキラした瞳で、何度も冷水をぶちかましてくるリルの夢を見た。

 それははつらつとした、それでいて向日葵のような笑顔だった。


「はっ! ……ゆ、夢か」


 わたしの為に心を鬼すると言っていたが……。

 絶対あいつは楽しんでる。

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