第18話

 しっかしすげえな、感心するよ。

 目をぱちくりさせ、首を傾げ、少し困った表情をしつつも口角は少し上げ、愛くるしさをアピールする事も忘れない。


 もうこれは、断言する事に些細な疑問を呈する事すら、天に唾を吐く行為。

 紛う事なき真実だ。

『ミラは可愛い』これは神がこの世界で生を受けた全ての生物に与えたもうた真理なのだ。

 

 アーメン。


「あの、それとファルコン様からの言伝が」

「ファルコン?」

「一度、聖都に戻るので咲様の当面の生活を手助けしなさいと」


 ……待って。

 ちょっと待ってくれよっ!


「教会を落ち着くまでの拠点としてお使い下さいとの事です」


 まさか、おっさんの名前がファルコンだと言うの!?

 一体どれが? 

 何号がファルコンなんだ?


 あのビール腹の中年達にそんな名前が……。

 この世界のネーミングセンスには驚かされる。

 ここまで風貌と名前が乖離しているとは。


「それはありがたいですね。ところで、話は変わるのですが」

「契約ことかな。勇者様の召喚を成功させる事が出来たので、ここで終了で構わないよ」

「なんと。私、何もしてませんよ」


 そうだな。

 わたしを非検体にしただけだな。

 ゲテモノ食わせただけだな。

 

「実はリルを雇った本当の理由は」

「私の正体……ですよね」

「本物のケット・シーならば、何としてでも聖都に迎え入れようと、ファルコン様達は考えていたんだよ」

「本物ならば、と言いますと?」

「僕は信じてる。本物のケット・シーだって。だけど……」

「ファルコン達は信じなかったと。だけど、それは好都合ですね」


 何でリルはすんなりファルコン呼びできんだ。

 わたしがおかしいのだろうか。

 感覚狂ってるのは価値観の違いからなの?


「ファルコン様達は、リルのことを珍しい獣人と判断したみたいで……。何度か考え直すよう進言したはしたんだけど」

「ニャるほど。じゃあその体で行く事にするニャ」


 唐突な猫キャラはどっから出てきたニャ?

 つっこむだけ無駄か。


「リルは本物のケット・シーだよね?」

「ふふ。それは貴方の心の瞳で見れば、自ずと分かる事……ニャン」

「ニャンニャンうるさいわ。ねえ、まだ商業ギルドって営業中かな」


 明日に仕切り直すのも考えたけど、下手にマスターと知り合ってしまったので、少しでも早く出してあげたい気持ちが湧いてくる。


 だけどマスター曰く、奥さんが怒ってることを忘れないようにしないと。

 これは言うなれば夫婦間の問題ってやつだ。

 あくまでも、わたし達は第三者。

 おせっかいととらわれたら、余計に拗れちゃいそうだしな。


「ギルドの管理者の住居はギルドそのものという決まりがあります。尋ねてみる分には構わないのでは?」

「善は急げ。急がば回れと言います。咲様行きましょう」

「それ意味同じじゃないからね。……うーん」


 そこまで気にする必要もないか。

 あの環境に知り合いがいるってだけで、いい気分はしなしね。

 マスターの自業自得なんだろうけど。


「……うん、リルのいう通りだね。行ってみよう」


 すっかり暗くなった町は昼間とは大違いだった。

 人気もなく、とても静かな空間だった。

 決して治安が悪いわけでは無いのだろうが、特に娯楽も無さそうなので、暗くなったら帰るのが常識なのかもしれない。


 リルは「足元を照らしましょうか」と、両目からライトのように光を放ち始めた。

 ハイビーム並みの光量だったので驚くほど明るくなったが、あまりにも不気味だったので、すぐさま眼を塞いだ。


「さ、咲様っ!?」

「……ごめん、なんとなく」


 いきなりごめんね、リル。

 でも本当に眩しかったし、わたし怖かったんだ。

 だから、もう二度とやらないで。


 しばらく歩くと商業ギルドが視界に入ってきた。

 灯りは落ちているので、営業自体は終わっているようだった。

 しかし隣の冒険者ギルドを見上げると、最上階が煌々としており、笑い声が微かに漏れ聞こえてきていた。


 外出しない代わりに、こうして内輪で宴会を楽しんでいるのだろう。

 普段の活気から考えるのに、参加している人数も多そうだ。


「お隣さん、盛り上がってるね」

「いつもあんな感じですよ。だけど商業ギルドは小さいので、代わりに併設された住居があります。さ、こちらです」


 商業ギルド裏手に周ると、その先に灯りのついた民家がひっそりと佇んでいた。

 それにしても隣とは大違いだ。

 冒険者ギルドと、商業ギルドの需要の差をこんなところで見せつけられるとは。


 思い立ったように、リルに伝えたわたしの夢。

 マスターは活気的だと言ってくれたけど……。

 こうした現実を見せつけられると、不安がないと言ったら嘘になるな。


「咲様、あそこ。昼間の方では?」

「ん? 確かに」


 目を凝らすと、玄関先の手すりに寄りかかりながら煙草をふかす女性の姿が見えた。

 それは受付にいたお姉さん、ギルドマスターの奥さんだった。


 煙草を嗜む姿が様になっている。

 これはもう奥様と呼ばせて頂きたい。


「夜分にすみません」と、ミラがおずおずと声を掛けた。

 すると「あら、こんばんは」と、奥さんは少しだけ甘い声を発した。


 思ったとおりだ。

 ミラは間違いなく年上キラー。

 後で『スキルカード』を見せてもらわなければ。


「あれ? 昼間のお嬢さん達まで」

「こんばんは。すいません遅くに」

「平気ですよ。どうしましたか?」


 挨拶も早々に、リルが割り込んできた。

「ここは私が」と。

 ……頼むからマスターの悪口言うなよ。

 たまにふざけるからな、リル。


 あらかた話を終えると、奥様はマスターと同様の反応を示した。


 お美しい奥様からは、未知への挑戦をしようとする心構えが良いと、勿体無いお言葉を頂戴致しました。

 

 やべ。

 色気にやられて口調がバグってきた。

 続けて「それが本当ならば世界の食文化に革命が起きる」仰ってくださった。


 少し買い被りすぎかな。

 とも思ったが、褒められる事はやっぱり嬉しいし、やっぱり何だか照れ臭い。

 早く奥様にも料理をご堪能してもらいたいものだ。


 しかしある一点において、やはりというべきか、奥様は怪訝な表情を見せた。

 もちろんマスターの事だ。

 そして「ほっときましょう」と晴れやかな微笑みを見せる。


「それよりも、詳細を詰めましょう」

「い、いいんですか? お世辞にも環境がいいとは言えない場所でしたよ」

「拘留は長くて一週間。どうせならお灸を据えつつも、完璧な提案をあの人に見せつけてやるのも面白いですよ」

「流石は奥様ですね。見事な慧眼です。髭がどこまで伸びるか見ものですニャ」


 あの人は過去どれだけの過ちを犯してきたのだろうか。

 まあ、それは一週間後の楽しみにしておくとしよう。

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