第17話

「まあ、八つ当たりもこれくらいにしておきますか」

「そうしてもらえると助かるな」


 マスターは強面の髭面で、喧嘩っ早いのだろうけど(何回かここにお世話になっているみたいだし)リルと接しているところを見ると優しい人なんだろうな、とは感じた。


 口が達者なリルを相手にしても、嫌そうな顔一つ見せない。

 それどころか、むしろニコニコしてるくらい。

 これなら色々と相談も乗ってくれそうだし、何より頼り甲斐がありそうだ。


「なんにせよ、全ては釈放されてからの話になるんだけどな」


 マスターは大きくため息をついた。

 そうなんだよね、結局はそこなんだよ。

 

「ここから出れる方法……なんてないですよね?」

「俺は嫁が来てくれたら出れるな」

「じゃあ来てもらえれば」

「ギルド行ったんだろ。受付のがそうだよ。来る気なんて無かったろ」


 ああ、あのお姉さん!

 確か一週間くらいって言ってたよな。

 すぐに迎えに行かないって事は、頭を冷やしてろってことか。


 はは、この世界も奥さんが強いのはおんなじみたい。


「お髭の奥さんは随分とお若いんですね」

「一目惚れで猛アタックして結婚したまでは良かったな。蓋を開けたら怖い、怖い。……絶対言うなよ」

「わざわざ弱みを握らせるところがおめでたいですね」


 なんにせよ、マスターは一週間で解放か。

 となると、問題はわたし達になる。

 召喚士がどれくらいの地位があるのか分からないけど、あの時の自警団の人達の慌てっぷり。

 なんだか長期勾留になりそうな予感がするぞ。


 マスターがやらかした只の喧嘩とはわけ違うもん。

 自警団の人達から見れば、怪しい儀式でおっさん達を洗脳してるという光景だっただろう。

 国家お抱えの召喚士を。


 もしやこの件が国の偉い人の耳に入って、大変な事になったりして。

 考えたら怖くなってきた。


「おい。黒髪、白髪出ろ。釈放だ」

「え? わたし達?」

「お髭さんは死刑で確定のようですね。安らかに眠って下さい」

「んなわけあるか。おい、嬢ちゃん達! 商業ギルドで嫁に話つけてくれ」

「モタモタするな。早く出ろ」


「頼んだぞ!」と、背後からマスターの声が響く。

 看守はお構いなしに、わたしとリルを牢から引きずり出した。


(ねえ、リル。何でわたし達が出れるの?)

(お髭の話を信用するなら、身元引受人が来たという事ですよね)

(だよね。でも、マスターいい人そうで良かった)

(分かりませんよ? こんな所にぶち込まれて、既に精神が崩壊している可能性もあります。話していた全てが妄想、幻覚の類なのかも。そう考えると可哀想な人なのかもしれませんね。そしてギルマスという事実さえまでもが虚言であって。……だとしたら私の夜食は変な人に無意味に食べられてたのか。やはり——)


 ……小声でずっと喋ってる。

 全然恨み晴れてない。

 リルはその後、外に出るまでずっと小声で喋っていた。

 

「出ろ。もう来るなよ。余り変な事を繰り返すと、然るべき処置が降るぞ」

「ご迷惑おかけしました」

「けっ」

「こら。リル」

「しましたー」

 

 胸を撫で下ろしていると「大丈夫でしたか?」と、ミラの声がした。

 

「ミラ! 来てくれたんだね」


 良かった。

 身元引き受け人になってくれたんだ。


「お二人が捕縛されたと聞いて驚きました。どうやら自警団の勘違いだったみたいですね」

「あの人達は終始偉そうでした。勘違いならば、一言謝罪があっても良さそうですけどね」

「でも助かったよ。ありがとうね、ミラ」

「とんでも無いです。僕のしでかしたミスは取り返しのつかないミスです。その上、咲様に何かあっては、僕は……生きていけません」

 

 ……重いな。

 整った顔面だから余計に重いぞ。

 真っ直ぐな瞳をこっちに向けないでくれ。

 汚れたわたしの心にはピュアが過ぎるよ。


 耐えきれず目を逸らすと、今度はリルがこちらをじいっと見つめていた。


 こっちは何か言いたそう目をしている。

 ……なんだろう。

 リルが不思議なのは今に始まったことじゃないけど。

 

「ミラ。そんな……気にしないでよ」


 ミラには正直に伝えた方がいいのだろうか。

 わたしがもし『勇者』ならば、ミラは『勇者』を召喚した英雄みたいなもんなのだろう。


 でもバレたく無いな。

 勇者なんてやりたくない。

 だけどミラが可哀想。

 でも、折角やりたい事できたのにー!


 頭を抱え悶え苦しんでいると「人手足りないんですよね?」と、リルが袖を引っ張ってきた。

 そしてそのまま背伸びをすると、耳元で話し始める。


(ミラは見習いみならいですが、召喚士です。そして召喚士に最も必要なのは純粋ピュアな心。おっさん達なんかよりも遥かに才能があります)


 確かに……おっさん達は三人がかりで筋肉男を召喚したんだもんね。


 恐らくおっさん達の心は、世間の荒波に揉まれて擦れてしまっているのだろう。

 純粋さを物差しで測るなら、おっさん達は完全敗北だ。

 なるほどねぇ、必要な才能は純粋さか。

 ミラの顔に書いてあるもんな「僕は純粋です!」って。


(私に考えが。ミラを私たちの仲間パーティーに入れましょう)

(ミラを?)


「何の心配もする事なく旅を続けられ、尚且つミラの罪悪感も帳消し。そして貴重な働き手も確保! 皆んなが幸せになれる。最高です!」

「ちょっとリル! 声、声!」

「しまった!」


 二人でそっと顔を上げると、ミラは目をぱちくりとさせていた。

 

 この反応を素でやっているのか?

 だとしたらミラの将来は安泰だ。

 路頭に迷ったとて、世のお姉様方が彼を放っておかないに違いない。

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