第21話
ギルマスは、まるで救世主のような働きぶりを見せているそうだ。
曲がりなりにも商業ギルドの長といったところかな。
ま、威厳を取り戻そうと必死になっているのかもしれないけど。
でもこれを聞いた時に胸を撫で下ろしたのが本音だ。
奥様に提案しておいて、どうしようもなかったら目も当てられない。
更に「料理をするならば清潔感のある格好をしないとダメだ」と、自分の小汚さを棚に上げ、エプロンや給仕係用にメイド服のデザインまで始めたらしい。
そして屋台で働く人達にも懇切丁寧に今回のレセプションの趣旨を説明したとも。
これは盲点だった。
もしろ一番初めに気を使うべきだった。
屋台を営む方達は、曲がりなりにも料理を生業にしてきた料理人。
そんな人達が、どこの馬の骨か分からん小娘に、メニューを差し替えられてしまう可能性が出てくるのだ。
ギルマスは、そこを懸念した。
後で揉め事や軋轢を生まないように、色々と気を回してくれたのだ。
「レセプションの料理をまずは味わって欲しい。気に入らなければ今までと変わらないままでいい」と。
ギルマスの人柄や、付き合いもあったからだろう。
皆さんは、味をみてから判断するという方向で概ね了承してくれたらしい。
奥様も当初は渋々だったが、徐々に態度が軟化していき、今ではなんだかんだ上手くやっているらしい。
ミラも毎日コツコツと頑張ってくれているらしい。
頼りになる人達と巡り会えたのは、私にとって一番の幸運なのかもしれない。
『らしい』『らしい』と続いてしまったのは、リルを通じてギルマスが進捗を報告してくれているからだ。
ギルマスとのやりとりに、あからさまに嫌そうな顔していたが、それしか方法がないのでなんとか説得をした。
なぜリルにそんな事をお願いしたのか。
直接会って話せばいいのではと思われるかもしれない。
なんせ、それが一番手っ取り早いし。
しかし、何を隠そうわたし達は今、森の奥深くでサバイバル生活をしているの最中なのだ。
今は町と森の行き来の時間さえも惜しいのが現状。
結果この方法になった次第である。
それにしてもリルは本当になんでも出来る。
召喚獣とは皆このように優秀なものなのだろうか。
今の所、特に問題なく準備は順調に進んでいる。
これなら余裕でレセプションに間に合う。
ただし、料理に限っての話だ。
問題は魔力操作。
これが相変わらず上手くいかない。
が、少しずつ前進している感覚はあった。
協力してくれている皆に報いる為にも、もう少し気合いを入れないといけないようだ。
◇
「咲様、頭を下げて。あそこにいるのは『ゴリアンヌ』です。アンニョイなボブカットが春の訪れを演出していますね」
なんだあのゴリラは。
名前からして格式が高そうなゴリラだ。
ゴリアンヌとは名ばかりの、どっからどうみてもゴリラだけど。
「学識名は『ゴリアンヌ・マリアンヌ』です」
「いい名前だね」
「彼女の佇む所には必ずと言っていいほどに『
リルが指差す方向にコクケチョウなる動物は見当たらなかった。
多分、黒い鳥……なのかな。
うーん、でも。
「白い鳥しかいないよ」
「玉子を産み落とす時に、目立たない場所で全身を黒く変化させ安全を確保するのが特長なのです」
「なるほど。だから黒化か」
「玉子を産み落とすのはゴリアンヌの近くの確率が高いです。そして産んだ後は体力を使い果たし、動けなくなります」
保護色を使いつつ、自分の味方の近くで玉子を産むのか。
確かにゴリラには怖くて近寄れないかも。
「ゴリアンヌは鳥と戯れる事に異常な程の執着を燃やします。そして己の可憐な姿を想像して酔います。少し機嫌が悪そうなので今日は二日酔いでしょう」
「そうなんだ(意味わからんけど)」
「恐らく今朝方からあの体勢に違いありません。二日酔いが酷いので動けないのです」
リルは草むらから立ち上がると、ゴリアンヌに正面切って歩み寄って行った。
ゴリアンヌは静かにリルを見つめる。
その瞳には、確かな野生の力強さと、慈愛が感じ取れる。
というか二日酔いで目つきが悪くなっているだけなのかもしれない。
そして遂にリルがゴリアンヌの目の前まで近づいた。
「ちょっと、頭潰されちゃうよ! ゴリラの握力は青竹を握り潰すんだから!」
「大丈夫ですよ。咲様もこちらへ。こんにちは、ゴリアンヌさん。コレどうぞ」
「ウホンヌ」
リルは鞄から見覚えのある人参を取り出すと、それをゴリアンヌに手渡した。
「ささ。遠慮せずにこちらをどうぞ」
あれは編みタイツ履いた人参だ。
どうなんのアレ。
もしかして食べるの? マジで?
リルは振り向くと「マンドラゴラは二日酔いに効果覿面なのです」と得意げに話した。
マンドラゴラって、めっちゃ叫ぶやつだよね。
ウコンみたいな効能してんな。
するとゴリアンヌはマンドラゴラを受け取ると「ウホホンヌ」と呟き、その場を立ち去っていった。
マンドラゴラも何か言ってたけど、それは……、まあほっとこう。
「コレが黒化鳥の捕獲方法です」
「え? ゴリアンヌにマンドラゴラあげただけじゃん」
「二日酔いのゴリアンヌを見極め、マンドラゴラを渡すと、このように去っていきます。後は黒化鳥を捕まえるのです」
「マンドラゴラあげないとどうなるの?」
「暴れ狂います。戦闘能力の無い町民は色々ともぎ取られますよ」
こわ。でも、コレが安全な捕まえ方か。
リルがその気になれば、こんなに回りくどいやり方しなくても良さそうなのに。
リルとゴリラの戦いも少し見てみたいものだ。
しかし、なんで捕獲方法を知ってるんだろう。
リルは幻獣なのに、本当に色々と知識が多い。
すると、何かを察したようにリルが話し始めた。
「教えてくれたんですよ、迷子のご主人様が。料理好きな人でしたからね」
「リルが料理人目指した理由って、もしかして」
「同じ道を歩めば、その内又会えると思いまして」
そんな可愛い理由が。
いつか会わせてあげたいな。
レセプションを成功させれば、迷子のご主人様の耳にも噂が届くかもしれない。
これは必ず成功されなくては。
「さて、黒化鳥がゴリアンヌのそばに集まるのは、己の脆弱さに起因します。なので後は簡単です、すぐ捕まえられますよ」
「でも動けなくなるとはいえ、飛んでっちゃうんじゃない?」
「元々飛べないですし、弱ってるので走ると転びます」
「よく絶滅しないな」
「その分恐ろしく成長が早く、繁殖能力もピカイチです。弱肉強食の最下層に位置し、魔物が好んで食べる。それが黒化鳥なのです」
マンドラゴラさえあれば、取り放題じゃん。
村で繁殖が出来れば、玉子だって取れる。
いわゆる一次産業、畜産農家も発展出来る。
これはギルマスも奥さんも喜ぶかもしれない。
黒化鳥はわたしでもすぐに捕まえる事が出来た。
暴れる様子もなく、捕獲難易度が低いのは嘘ではないようだ。
繁殖能力も高いのでわ乱獲による生態系を崩す心配も無い。
これなら普段扱う食材としてぴったりだろう。
問題は——。
視線を落とすと「鳥、捌けますか?」と、リルは黒化鳥を抱き抱えながら静かに尋ねてきた。
問題はまさにそれだった。
いくら料理が好きといえど、私には『屠殺』の経験は無かった。
だけどこの世界で料理に携わるならば避けては通れない問題。
スーパーで売っている加工済みの食肉なんて無いのだから。
「命に感謝しなくてはいけませんね」
「うん……そうだね」
「迷子のご主人様もよく口にしてました」
迷子のご主人様はどういう人なんだろう。
何となくだけど、わたしと感覚が近いような感じがする。
「ま、慣れもありますよ。それまではわたしがやりましょう」
「え? リル出来るの?」
「ええ。まあ」
どうやらこれは愚問だったらしい。
キョトンとした表情をしながら「だって私、基本は肉食ですよ。幼い頃、お腹が空いたら狩りをするのは当たり前の事だったのです」と見事な手つきで、あっという間に黒化鳥を捌いてしまった。
「心の準備が出来たらいつでもおっしゃって下さい」
「はい」
「それまでは私が受け持ちますね」
リルの美少女らしからぬ野生的な面は、異世界での暮らしが、想像以上に過酷な事に由縁しているのかもしれない。
早く慣れないといけない。
わたしの選んだ道は、そういう道なんだから。
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