第3話

 ううっ、どえらい目にあったわ。

 思い出しただけでも気持ち悪いよ。


 味も去る事ながら、あの口の中で弾けるような食感とザラザラした舌触り。


 実際弾けてたんだけどさ。

 ビクビクーって。

 うわわわ、鳥肌が。


 異世界ってあんなの食べるの?

 今直ぐに実家に帰らせて頂きたいんだけど。


「あの……なんか、すいませんでした」

「あ、子猫ちゃん」


 子猫ちゃん……今にも泣きそうだ。

 そんな顔されると、こっちが申し訳なくなってきちゃうよ。

 

「全然! こちらこそ、なんかごめんね」

「お好みをちゃんと聞いておくべきでしたね」

「ああ……うん。そうだね」


 お好みの問題じゃないけどね。

 それにしても悪いことしちゃったな。

 一生懸命作った料理を、あんな風に豪快に吐き出されたら、誰だって悲しいよね。


 でもね、わたしも悲しかった。

 みんなの前で噴水みたいになっちゃって。

 しかし不味かったとはいえ、わたしはなんて事してしまったんだ。

 

 口内で砂肝がビチビチと暴れようが、一思いに飲み込んでしまえばこんな事にはならなかったのに。

 あ、だめだ。

 思い出したらまた吐きそう。

 

「咲様は普段、どんなものをお召し上がりになられるのですか?」


 その普段はここで通じるのだろうか。

 モンゴリアンワームの砂肝から推測するに、この世界って食文化って全然違いそうだけど……。

  

 お米とかあるのかな。

 小麦とか卵は?

 魚とか食べるのかな。

 そもそも魚いるのかな。

 あの砂肝を食べてるくらいだから、食肉文化はありそうだ。


「例えばお米、とか」

「……え?」

「お米無い?」

「いえいえ、あります。ありますけど……」


 あるけど、食べないって感じかな。

 これは、かなり食文化に違いがありそうだ。


「ああいった固い物を好まれるのですね」

「お米が……固い?」


 ああ、なるほど。

 食文化以前の問題なのか。

 きっと食の知識が普及してないんだ。


「わたしの世界だとお米に一工夫するんだよ」

「一工夫……ですか。少し興味があります」

「あ、ほんと? 良かったら教えようか」

「いいんですか? ぜひお願いしたいです」


 無表情だけど、尻尾が立ってる。

 きっとこの子は純粋に料理が好きなんだろう。

 

「改めまして、わたしは佐々木咲だよ。子猫ちゃんのお名前は?」

「リルです。一応、猫ではなくケット・シーです」


 へえっ! 

 そっか。

 ケット・シーなんだ。


 ふうん。

 そっか、そっか。

 だから喋るんだね。

 ところで……ケット・シーって、なんだ?


 あー、やばいな。

 そこら辺は疎くて違いが分からない。

 リルに限らずミラも耳がとんがってたし、色々な種族とかが住んでるんだろうな。


 なんやかんやあったけど、こういうところは少しだけワクワクするかも。


「こっちの台所、楽しみだな」

「良ければ今からご案内しますよ」

「いいの? やった」

「分かりました。お米もご用意しますね。庭に沢山生えてますし」


「こっちです」と、リルはわたしの手を引き始めた。


 え? 

 何、かわいすぎんか。

 肉球ぷにぷにすぎんか。

 けしからんな。

 

「ここです」


 リルに案内された場所には、見渡す限りの稲が群生していた。

 辺り一面小麦色に輝く景色は感動すら覚える。


「ほええ、田んぼじゃなくて陸稲ってやつなのかな」


 リルはキョトンとし、首を傾げた。

『田んぼ』を理解していない様子だった。

 お米を食べる習慣が無ければ『田んぼ』を知らないのも仕方がないか。


「どれどれ」


 虫に食われた様子は……無さそうだね。

 異世界では虫ですら米は食べないってか。


 私が知ってる稲と全く同じに見える。

 こう見えて味が全然違ったりして。

 こっち来てから変な物しか口に入れてないからどうしても警戒しちゃうけど。


「うーん……」


 味が全くの別物なのかな。

 不味かったらどうしよう。

 

 ま、でもモンゴリアンワームの砂肝とか臭い気付け薬に比べたらどうって事ないか。

 あれと比べたら大体なんでもいけそうだけど。


 まずは脱穀して、籾摺りだっけ。

 あ、その前に稲刈りして乾燥だ。

 教えるといったものの、今日は無理かもなあ。

 そもそも、やったことないしな、脱穀なんて。


「ん? これって……」


 稲穂は見た目も、大きさも、色も同じ。

 だけど決定的に違ったのは稲穂の生態だった。

 

「リル、やっぱり異世界は一味違うよ」

「どうしましたか?」

「本当はね、何段階か工程を踏まないといけないんだけど」

「工程ですか」

「だけどこれなら」


 何がどうなっているのか皆目見当もつかないが、異世界の稲には、いわゆる精米した状態のお米がなっていた。


「すぐに食べれると思う!」

「はあ……そうですか」

「はは、変なの」


 元の世界でこんなのあったら大騒ぎだな、と考えると、思わず笑いが溢れてしまった。

 本当に不思議な場所に来てしまったものだ。


「リル、手伝ってもらってもいいかな」

「はい。もちろんです」

 

 わたし達はお米を少しだけ収穫し、早速台所に向かった。

 異世界の台所はどんなものかと少し緊張したが、そこはよくある一般的な台所で少し安心した。


「よし。順番完了」

「洗って水に浸けて終わり、ですか?」

「さらに火にかけるんだよ」

「なんと。火ですか」


 でも最近、電子ジャーでしかお米を炊いたことはないんだよな。

 遥か昔、小学生の時やったよな。

 なんだっけあれ。

 えーと……そうだっ!


 初めてちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな!


 ……思い出した所で、ますます意味が分からん。

 ま、なんとかなるべ。


「あれ? この竈って使ってない?」

「いえ、使ってますよ」


 言う割には薪が見当たらない。

 まさか炭?

 んなバカな。

 たまたま切らしてるのかな。


「火球を出します。火加減どうしますか?」

「あ、もしかして!」


 リルが竈に手を当てると、一瞬にして火が燃え盛る。

 

「わお、すごい。これ、魔法ってやつ?」

「これは『召喚』です。使役した火の玉を呼んだんです」


 違いはよく分からないが、すごいことには変わりない。

 わたしも教えて欲しいくらいだ。


「ご主人様。火加減はどうしますか」

「ん、ちょっと待ってね」


 すげえ、火の玉が喋ってる。

 意思があるんだね。


「咲様? 如何致しますか?」

「最初は中火でお願い出来る? それで吹きこぼれてきたら弱火にして欲しいんだ」

「分かりました。今の聞いてた? それでお願いね」


 しばらくすると、中々帰って来ないわたしを心配したのだろうか。

 怪しい集団とミラが台所にやって来た。


 だが、炊飯の様子が気になってきたのだろう。

 次第に皆の興味は竈へと移って行った。


「これは何をしてるのですか?」

「ん? これはね——」


 一通り説明を終えた後、ちょうどのタイミングで異世界米が炊き上がった。

 米だと言うと不思議そうな顔をされたが、これは食べてもらうのが一番手っ取り早い。


「よし、いい感じだね」


 蓋を開けると、少し鍋肌の辺りが焦げていた。

 しかし、概ね成功と言っていい出来栄え。

 うん、久々にしては上出来だ。


「すごい。お米がこんなにふっくらとするなんて」


 リルはまん丸の瞳を更に丸くして驚いていた。

 

「どれどれ。……うん。美味しい!」


 ていうか美味しすぎるくらいだ。

 これを食べていなかったなんて勿体無い!

 明太子の乗せたい!


「熱そうですね」

「……? そりゃあ炊き立てだもん。冷めないうちにどうぞ」


 しかし、リルは小皿によそったお米を眺めるだけで、口にしようとしなかった。

 もしかして見た目とか匂いがダメなのかもしれない。


 分かる。

 気持ち、分かるよ。

 わたしもダメだったもん。

 モンゴリアンワーム。

 食文化の違いの壁は高いか。残念だけど。


「無理しないでいいからね」

「いえ。あの、その」

「どうしたの?」

「熱いの、苦手なんです」


 なるほど。

 異世界のケット・シーは猫舌のようだった。

 ますます猫との違いが分からないな。

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