第2話
どうやらここは間違いなく異世界らしい。
決して、夢や幻ではない。
そう確信させたのは、目の前に座ってこちらを心配そうに見ている男の子の姿だった。
薄い青色をした不思議で綺麗な瞳、少し尖った耳に端正な顔立ち。
こんな美少年は現実世界ではお目にかかる事はない。
ああ、これがショタの気持ちなの?
少年を愛でる気持ちとはこういうものなのね。
なんか目覚めちゃいそう。
目が覚めてすぐに目覚めるなんて。
「だ、大丈夫ですか?」
「目が虚ですな。これはいかん」
「急いでこの薬を飲ませるんだ」
な、何?
初対面の女子の顎を鷲掴みだとっ!?
くさ、やめて! 臭い!
うご、うごごごご。
あばばば。
「な、何すんだ! このやろう!」
「いかん錯乱している。暴れ出したら敵わん。取り押さえろ!」
「暴れさせたくないんだったら、そのクソ不味い液体飲ますのやめやがれ!」
なんなんだよ。
とんだ目にあったわ。
え? ……まず。
わたし何飲まされたの?
怖いんですけど。
「錯乱してないから、一旦落ち着いてもらえない?」
「む、どうやら効き目が出てきたようだな」
「……その臭いのを顔の前からどけてもらえると助かるんだけど」
男達は顔を見合わさると、異臭放つ劇物をようやく遠ざけた。
すると、入れ替わるように美少年がこちらを覗き込んできた。
「頭は痛みませんか? ごめんなさい。僕が貴女の蹴りを顔面で受けていれば」
……声まで可愛いの反則だろ。
「君の顔面に蹴りが入っていたら、後悔の念に押し潰される所だったよ。気にしないで」
「申し遅れました。僕の名前はミラと申します」
「
はにかむ美少年はとても儚げだった。
それにしても可愛い顔してる。
しっかり顔を見せてくれないかな。
「ねえ。そのフード取ってみてくれない?」
「いいですよ。あ、だめだ。口臭い」
ミラは眉を顰めると、鼻をつまみながら部屋の扉まで一足飛びした。
マントを翻し、音もなく着地するミラはどこか高貴ささえ漂わせていた。
くそが。蹴り入れとけば良かったわ。
「あんた達が無理やり飲ませた物体が臭いんだよ! わたしの口は臭くないんだよ!」
「分かってます、分かってます。気付け薬は臭いですよね」
「さりげなく扉開けて換気してんじゃねえ! おいジジイ何窓開けてんだ!」
猫に味醂干し取られるし、間違えて異世界に呼ばれるし、挙げ句の果てには得体の知れないもん口に流し込まれるなんて。
全く、とんだ災難続きだわ。
わたし、なんかした!?
「あ、あの」
「……なに?」
「良かったらお食事をご用意致しましたので」
む。食事、か。
わたしは今、お腹が減っている。
あのドラ猫さえいなければ、今頃お昼を食べている最中だっただろう。
イライラしてても仕方ない、か。
折角だからお言葉に甘えてみるのもいいかもしれないね。
「えっと……いいの?」
「もちろんですっ! もうすぐこちらに届くと思います」
でも異世界の料理が出てくるんだよね。
どんなの食べるんだろう。
わたし、骨付き肉食べたいな。
あと木で出来たビア樽に、なみなみとビールを注いでほしい。
もう発泡酒は嫌なのよ。
そのまま口の臭いと戦いながら待っていると、コンコンとドアを叩く音がした。
「来ましたね。どうぞ」
「お待たせ致しました」と、部屋に入ってきたのはコック棒を被った猫耳の少女だった。
憎きドラ猫と全然違う、真っ白な猫耳のとても可愛らしい女の子。
緑の差し色が入ったエプロンをつけて、トコトコとこちらに近づいてくる。
こんなに可愛い子が私の為に手料理を?
たまらんな、たまらんよ。
……それに、手料理なんていつぶりだろう。
食べる人を思って料理を作る気持ちというのは、きっと異世界といえど一緒だよね。
食べてくれた人が笑顔で「美味しい」と言ってくれると、こっちも思わず笑顔が溢れる。
ニコニコしながら食べるご飯はとても美味しいし、とても幸せな気分になるものだ。
とりあえず、劇物を無理やり飲まされた事は一旦忘れよう。
今はこの子の手料理をありがたく頂くと——。
「……動いてる」
「こちらモンゴリアンワームの砂肝です」
「え? なんて?」
「ですから、モンゴリアンワームの砂肝です」
「ああ、そう」
モンゴリアン……ワーム。
ゴビ砂漠周辺に生息されると言われる未確認生物のことかな。
別名・オルゴイホルホイのことだよね。
モンゴリアン・デス・ワームって食べれるの?
そもそも、ミミズに砂肝ってあるの?
あの、子猫ちゃん。
もしかして、そのエプロンの差し色って、コイツの返り血なの?
「畳裂き様。遠慮せずお召し上がりください」
「佐々木咲ね。畳は裂かないから」
「は、失礼致しました」
それにしてもコレを食べろと?
激臭の液体の次は、ミミズの砂肝……。
さすが異世界、斜めに想像を超えてくるな。
だがっ!
舐めるなよ! わたしをっ!!
わたしは人が(人じゃないけど)作った料理は(料理に見えないけど)絶対に残さないという絶対の信念があるんだ。
動いているのは活がいい証拠。
それに肉の生食なんて、こんな機会がなければ、まず経験することができない貴重な体験。
ここは、一思いに喰らってやろうではないか!!
「いただきます!」
そしてわたしは生まれて初めて、人前で豪快に嘔吐したのだった。
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