第4話

 お米は炊き立てが一番。

 これは間違い無いんだけど……でも、考えてみればリルにとっては酷な話だ。

 ケット・シーって、やっぱり猫と変わらないんだね。


 だとしたら炊き立てホカホカのお米を、あの可愛いお口に突っ込むのは拷問に等しいはず。


 あの可愛いお口が火傷したら。

 あの可愛いお口に無理やりお米を。

 ……やべぇ。

 犯罪起こしそう。

 

「——様」


 異世界に来てからなんだかおかしい。

 おっといけねえ、よだれが。


「——咲様」


 異世界くんだりまで来てお縄になったら笑えない。

 少し自重しなくては。


「佐々木咲様!」

「は、はい! ごめんなさい!」

「ごめんなさい?」

「……いや。なんでも」

「佐々木咲様。不躾なお願いとは百も承知でございます」

「ん? どうしたの」

「そちらの米を私達にも分けては頂けないでしょうか」

「もちろん。構わない……んだけど、ちょっと待ってね」


 折角ならおかずもあった方がいいよね。

 お米を食べ慣れた人達ならば、普通のお米と異世界米の味の違いを楽しめる。

 味はもちろん、風味とか匂いとかも。


 だけどこの人達はお米自体が初めて。

 うん……絶対おかずもあったほうがいい。


「もちろん。むしろ食べてもらいたいんだけど……その代わりに食材を少しだけ分けてくれないかな?」

「食材をですか?」

「そ、食材。お米はおかずと食べるのが一番だからね」

「あの……咲様。ちょっといいですか?」

「ん? どうしたの?」


「そういう事でしたら」と、リルはカバンを探り始めた。

 そして鞄から次々と食材を取り出した。

 あっという間に食材が台所に所狭しと並んでいく。


 明らかにカバンの大きさと、量が釣り合っていない。

 異世界特有の不思議道具、それとも『スキル』?

 随分と便利なものがあるものだ。


「はえー。どうなってるの、それ」


 落ち着いたら、ゆっくり説明してもらおう。

 鞄に限らず、色々なことを。

 この世界は理解が出来ないことが多すぎるよ。


 分かっているのは美少年がいる事。

 猫耳の美少女料理人がいる事。

 モンゴリアンワームの砂肝の味。

 たったこれだけ(正確に言えば激臭な気付け薬と、おっさん達もか)なんだから。


 偏った情報ということは、ひとまず置いておこう。


「今現在、ご用意できるのはこれくらいです」

「これだけあれば十分だよ」


 十分なのだが……見たことないのが大半を占めている。

 一体、これで何を作れというのか。


「説明しますね。これは——」


 わたしが呆気に取られていると、リルは取り出した食材を丁寧懇切に説明してくれた。

 

 河童の尻子玉。

 喘ぎ声を発する足の生えた人参。

 まだ少し動いている巨大な内臓。

 青い玉子に、宙を漂う魚。

 こちらを見つめてやまない何かの目玉。

 

 まだまだ沢山あったが、説明を受けた所でよく分からないものばかりだった。


 食欲出るのか、これ?

 随分と癖のあるラインナップだ。


 しかし……臓物は動いてるのがデフォなの?

 ニンジンは網タイツ履いてるし。

 あとその声やめろ、誰か猿ぐつわもってこい。

 一番マシなのは……玉子なのかな。


「えーと、玉子を使わせてもらおうかな」

「私は!? 私を食べてよ!」

「だ、黙れ! 人参が色っぽい声出すんじゃねえ!」


 派手なタイツを身に纏いおって。

 それに、なんで目玉は視線をそらさないの?


 や、やめっ、やめろ! 

 魚が襟足に絡まってくる!

 わたしの頭髪は巣じゃねぇぞ!


「食材に愛されるのは料理人の才能。流石です」


 愛されてこれなら、嫌われたらどうなるんだ。

 

「ねえ、調味料はあるかな?」

「もちろん。こちらにありますよ」


 リルが指差す棚には、様々な調味料が所狭しと置いてあった。


「塩に、胡椒。お酒もある。あ、これってもしかして」

「お醤油です」

「なんで調味料はちゃんとあるの!?」

「醤油は絞るんですよ」


 醤油を絞る。

 聞いた事ない文言出てきたな。

 何から醤油を絞るのだろうか。

 怖いから聞かないでおくとしよう。


「じゃあ今から『目玉焼き』を作るよ!」

「どうぞ目玉です」

「……ごめん。その目玉じゃない」

「では何を?」

「これだよ。この玉子を使うんだ」


「玉子ですか」と、リルは玉子を見つめている。

 この感じだと玉子料理が無い感じ?

 まじで? 

 そんな事ある?


「殻を割って熱したフライパンに落とすだけだよ」

「玉子を割るなんて恐ろしいですね」

「そんなことないでしょ」

「温めれば雛が生まれるのに……その前に割って食べるなんて残酷です」

「……」

「しかも、更にそれを焼くなんて……」


 目玉焼きと聞いて、迷わず動いている目玉を渡して来たのに……。


「雛が孵る玉子と、そうじゃない玉子があるからさ」

「そうですが……勉強になります」


 気にしてたらキリがない。

 もう作っちゃおう。

 味付けは……やっぱり醤油かな。

 異世界こっちでも馴染みがある味っぽいし、これなら大丈夫でしょ。


「よし焼けた。半熟玉子の目玉焼き! これをご飯に乗せて、醤油をひと回しっと」

「おおー! これはうまそうですな」


 給料日前に幾度となく救ってくれた目玉焼きご飯。

 異世界で披露する事になるとは思いもしなかった。


 最近玉子も値上がりしたし、中々手を出しづらくなってしまった。

 物価高に消費税。

 くそっ、何でもかんでも税金、増税、値上がり!

 なんなの!?

 独り身のわたしからどれだけ搾り取ればいいのよ!


「……召し上がれ」

(咲様、急に元気なくなっちゃった)


「リルも食べて、食べ——」

「あ、ごめんなさい。わたし猫舌なんで」


 リルは髪を揺らしながら踵を返した。

 美しくなびく髪からキラキラとしたエフェクトが出現している。

 きっとこれも異世界効果なのだろう。

 そしてそのまま足早に台所の隅に走り込むと、ぺたりとその場に座り込んでしまった。


 「ギリッ。ギリギリ」

 (リル……ハンカチ噛んでる)

 

 その姿を見て「この世界にチュー○があればいいのに」と願わずにいられないのは、きっとわたしだけではない筈だ。

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