第23話
「いよいよ本番は明日! 今日は仕込みを頑張るぞ!」
「頑張ります!」
「ギルマス調べによると、この町には約百世帯住んでるんだって」
「まさか、それぞれの料理をそんなに作るのですか!?」
「まさか。町の人達は無料でご招待だけど、全員来る訳じゃないし、今回の目的はあくまでも試食。そんなに使ったら余らせちゃうよ」
「そうですか。わたしとしたことが早計でした」
「じゃあ始めよう」
「はい!」
リルは森で採取した食材を取り出し、順番に作業台に並べていく。
こうしてみるとすごい量だな。
下処理だけでかなり時間が取られるな、こりゃ。
「さてと、何から手をつけようかな」
「とうもろこしにしましょう! アレ好きです!」
「じゃあリルが担当ね」
「皮をとって、髭を取れば良いんですよね」
「そのあとは覚えてる?」
「もちろんです。塩を軽く振って中火で蒸します! 茹でると水っぽくなるからです!」
小学生みたいな返事だ。
リルって何歳なんだろう。
幼くも見えるし、見えない時もある。
ま、いっか。
逆に年齢聞かれそうだし。
黙っとくのが得策だな。
リルは鼻歌まじりに仕込みをしている。
楽しんでくれているのならば何よりだ。
わたしが教えたレシピをあっという間に覚えるし、やっぱり興味があるものは頭に入るのも早いんだな。
元々優秀なのもあるだろうが、本当に凄いと思う。
「私は串焼きの準備かな」
「ふふふ、腕が鳴りますね」
◇
さてと、これで串打ちはおしまいっと。
リルはどうかな?
「蒸すというのは時間がかかりるものですね」
「蒸し器も少ないしね。他の仕込み始めよっか」
「そうしましょう。次はどうしますか?」
リルの手際の良さもあって仕込みは順調に進んだ。
やっぱりリルと一緒に食材を集めて正解だった。
初めてと、そうでないのでは、どうしても差が出るからね。
そしてようやく。
陽が暮れると同時に、レセプションの仕込みが終わりを迎えることが出来た。
「はあ、流石に疲れたね」
「でも楽しかったです」
「リル、後は休んでいいよ」
「でも」
「あとはわたしがやるから」
「でも」
「いいの、いいの」
「でも」
「大丈夫だから」
「でも」
し、しつけえな。
どうしたの、この子。
「まだ私、夕飯食べてませんから」
「……あれだけ味見しまくってまだ食えるの尊敬する」
「たはっ。光栄でっす」
「いや、ほんとマジで」
結局リルは、とうもろこしを好きなだけ食べても良いという条件で厨房を後にすることに納得した。
むしろその流れに誘導されたまである。
やはりこの子はしたたかだ。
「それでは失礼しますが、咲様もちゃんとお休みになってくださいね」
「分かってるよ」
「では」
「リル、ありがとね。リルがいなかったら絶対に無理だった」
「ふふす。その言葉だけでお腹がいっぱいになっちゃいそうです」
もろこしを抱えたリルはお辞儀をして部屋から出て行った。
どんだけ好きなんだよ。もろこし。
今回のレセプションはリル無しでは絶対に成し遂げられなかった。
明日はリルの喜ぶ顔も見れたら嬉しいな。
でもね、一つだけ言わせて。
いっぱいになるのはね。
胸なんだよ。
◇
「さてと、どうしたものかなあ」
わたしが考えた屋台の料理。
それは、有り体に言えば『お祭りの屋台』だ。
もちろん出来ないものも沢山ある。
本当はたこ焼きだって、かき氷だって、綿菓子だって、りんご飴だって全部皆に食べてもらいたかったけど、流石にそれは無理。
屋台にテーマを絞って考えたって、どうしても限界があった。
その中で出来る限りはやったつもりだけど……。
「どこかインパクトに欠けるんだよなあ」
そう。
目玉となる料理が無いのだ。
実はこれに頭を悩まされているのだ。
準備したものでも、それなりの反応は貰えるだろうけど……。
食の礎なんて言われたからには何かもう一つ。
この町と言ったら、コレ。
ありきたりでも良いから何か名物を。
この町が発祥の料理と言われるものが欲しい。
それだったら、別に屋台が関係してなくてもいいかもしれない。
できれば皆が食べ慣れてるもので。
けれど全く新しいもの。
食べやすくて、老若男女に喜ばれるそんな食べ物。
パンと串焼き、か。
この際挟むか。
てか挟むしかなくね?
サンドイッチでも良いし、ハンバーガーもあり。
他にはホットドッグみたいにしてたり。
後はブルスケッタとか?
あ、いいじゃん。
そうだよ、ブルスケッタにしよう。
一口サイズで色々な味を楽しめる。
それに彩りもいい。
人気が出たら大きめに作って販売しても大丈夫だし。
なんかオシャレ感あるし!
あくまで、わたし的にだけど。
だけど、うってつけじゃない!?
何よりわたしのお腹が既にブルスケッタのお腹になってしまっている。
これはもう決定だ!
これで行こう!
……問題は時間だよなあ。
睡眠削ればいけるかな?
いけるよね?
間に合うよね?
これ以上、リルに手伝ってもらうわけにはいかない。
そして明日は本番。
奥様やミラも、それにギルマスだって、限られた時間でやれる事をやってくれた。
後はわたしが踏ん張るだけだ。
「何悩んでんだ?」
「オリーブオイルがあるのは確認済み。バターも作れる」
「おーい」
「トマトらしきものもあったし……」
「おい、咲」
「うーん。チーズがないのが悔やまれるな」
「おい!」
「な、なな、何!? ギルマス!?」
「店名!」
店名?
……やば。忘れてた。
「忘れてたって顔だな」
「な、何をおっしゃいますか。ちゃんと考えてますよ」
やっべ、マジで忘れてた。
苦手なんだよなあ、こういうのに名付けって。
「どんな店名にしたんだ?」
「お楽しみは最後にしましょ。最初はメニューから」
「引っ張るじゃねえか。いいぜ、じゃあメニューからだ」
「えっと先ずは——」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
何かない?
だめだ、全っ然思いつかない。
佐々木食堂。……違うな。
キッチン佐々木。違う。
ビストロ咲。ちゃう。
別にわたしの名前じゃなくても良いよね。
この世界で料理を作るのは、リルの協力が無ければ絶対に無理だったんだから——。
「これでメニューはおしまいっと。さあ、後は店名だ」
えっと猫食堂、じゃなくて。
ケット・シーキッチン。
なんか違う、シーチキンみたいだ。
リルの特徴は!?
えっと強くて、口が悪くて、神獣で幻獣で。
食いしん坊で、蛇が嫌い。
後は……。
頼りになって、自称わたしのペットで。
拗らせたら世界を破滅させそうで。
だけど笑顔が可愛くて。
白い髪が信じられないくらい綺麗でサラサラで。
白い髪。
白猫……。
そうだ白猫!
「白猫亭にします! はい決まり! 良い名前!」
「今決めただろ?」
「いいえ?」
「まあいいか、良い名前だな。じゃ、また明日。楽しみにしてるぜ」
あぶねえぜ。
ギリギリだった。
だけど、これは良い名前に決まってるんだよ。
白のケット・シーは忌み子で爪弾き者?
まさか。
とんでもない。
リルはわたしにとってさ。
幸運の白猫で、最高の友達なんだから。
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