第24話

 なぜなのだろうか。

 なぜ完徹後の太陽光は、こうも高い殺傷能力を誇るのだろう。

 あ、鳩の声がする。

 鳩が朝鳴くのはこっちも同じなんだね。


 やばい。

 結局寝れなかった。

 寝なくちゃと考えれば考えるほど眠れない。

 今日の事を考えれば考えるほどプレッシャーを感じる。


 失敗したらどうしよう。

 くっ、胃が。


 今更知った。

 わたし緊張しいだったんだ。


「失礼しますよ。あ、おはようございます。身なりまで完璧に整えているなんて気合が入ってますね」

「おはよう。リルも似合ってるじゃん」

「咲様には敵いませんよ」


 リルも支度を完璧に済ませていた。

 だけど、いつもの、普段通りのリル。

 私はノミの心臓だ。

 リルの強心臓が羨ましい。

 

「先程お髭さんから連絡がありまして」

「ギルマスから? なんだって?」

「屋台の皆さんが調理のお手伝いをしてくれるとの事らしいです」

「ほんとうに!? それはありがたいよ!」


 それは本当に助かるし、すっごく心強いよ。


 提供予定の料理は全部仕込み済み。

 難しい手順を踏まなくても作れるものばかり。

 説明すれば簡単に完成まで持っていけるものばかり。


 当たり前だが、料理は時間に追われると雑になり易い。

 人数が少ないと盛り付けにも関わってくるし、何よりミスがあった時のリカバリーが遅くなる。


 そうなると最悪だ。

 楽しみに料理を待ってくれている気持ちが一転、不安や不信感にへと裏返る。


 空腹時の心理状態は、いとも容易く波打って揺らぐ。

 そしてそれがクレームへと繋がってしまうのだ。


 料理担当はわたしとリル。

 あとはギルマスの知り合いを三人ほど手配してもらう予定だった。

 正直ギリギリのラインだったけどこれで余裕が出る。


「当初はお手並み拝見って感じだったらしいですよ。だけど」

「だけど?」

「盛り上がっている町の皆を見ていたら、居ても立っても居られなくなったそうです」


 町の皆が料理を楽しみにしてるんだもんね。

 料理人なら腕を奮いたくなるのは当然だよね。


「リルはもう出れるよね?」

「もちろんです。もう鞄に全部しまい……これは何ですか?」

「ふふ、これも入れてもらっていい?」

「なるほど。見てのお楽しみって事ですか。いいでしょう、受けて立ちますよ!」

「なんで受けて立つの?」

 

 いよいよレセプションが始まる。

 リルと話してたら、不安も緊張も吹っ飛んじゃった。

 逆にワクワクしてるくらい!


 よーし、やるぞー!


 ◇


 …………。


(これは……予想以上でしたね)

(……うん)


 せいぜい、多くても二百人位集まればいい方だと思ってた。

 だけどこれ人集まり過ぎじゃない!?


「おい、挨拶」と、ギルマスが肘で突いてくる。

 蝶ネクタイに燕尾服のギルマスは、どっからどう見ても怪しい三流マジシャンだった。

 これがギルマス一張羅だとするのなら、きっと奥様がふざけたに違いない。


(お髭さんの口髭がクルクルしてるのが気になります)

(……うん)


「おい、挨拶!」


 そうは言われましても、これは予想外過ぎですよ。

 町の人全員集まってるんじゃないの?

 冗談抜きに仕込みが足りないかもしれない。


 レセプション開始三十分前には、広場は既に人で溢れかえっていた事は分かっていた。

 それだけでも良く集まったと感心していたのに。

 今となっては見渡す限りの人、人、人。


 頭が大量に並び過ぎて、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。

 これ本当に人の頭だよね?

 半分くらいかぼちゃなんじゃないの!?

 

「皆少し待ってくれ。緊張してるみたいなんだ」

「咲様? 大丈夫ですか?」


 やば。手が震えてきちゃった。

 心臓が口から出ちゃいそう。

 声が……出ない。


 わたしは情けなくも完全に萎縮し、声が出なくなってしまった。

 こんな大勢の人達に注目されるのは初めてだった。

 もう駄目だと頭が真っ白になった次の瞬間だった。


「野郎共、準備はできてるか!」と、怒鳴り声にも似た大声が広場に轟いた。

 一気に群衆がざわつき始める。


「嬢ちゃん!?」

「リル!?」


 慌てるわたしなんかお構いなしに、リルは片足を舞台のヘリに乗せ、髪をかき上げた。

 美しくなびく髪からは、キラキラのエフェクトが出現する。

 そして間髪入れずに——。


「今日ここに居合わせた幸運は孫の代まで自慢できますよ。今日食す料理はいずれこの世に革命を起こします!」


 などと、大見得を切ってみせた。

 

 静まり返る広場からパチパチと拍手が聞こえてきた。

 奥様とミラだ。

 二人は笑顔で手を叩いている。


「何を隠そう、こちらにおられる方が本日のメインシェフ! さあ今から聞く名を頭に叩き込むのです!」


 リルさん?

 あの……なんでハードル上げちゃうの?


(さあ、会場は温めましたよ。後はお任せします)

 

 やめろ、ウインクすんな。

 それにしてもメンタルどうなってんだ?


 ああ、もう。

 一人でウジウジしてるのが馬鹿みたいじゃん!

 どうにでもなれ!

 腹くくれって喋っちゃえ!


「佐々木咲です! 革命を起こす料理をご用意しました! 絶対、皆に美味しいって言わせてみせます!」

「はい! 拍手!」

「それでは調理開始をします! みなさま最後までお楽しみ下さい!」


 わたしが勢い良く頭を下げると、静寂はまばらな拍手に変わり、そしてそれは徐々に波紋を広げ大きくなっていった。


「いい挨拶でしたね。革命宣言までなさるとはお見それしました。これを足がかりに全国制覇していきましょう」

「大袈裟だよ。リルに乗せられちゃった」

「立ちはだかる敵は私が物理的に排除します。咲様は羽虫を気にせず覇道をお進み下さい」


 お前は武士か。

 一体何に影響受けたんだ。


「いい挨拶だったぜ? 嬢ちゃんにケツ叩かれちまったな」

「お髭さん。下品なのは髭だけにしてもらえます?」

 

 ギルマスの言う通りだ。

 またリルに助けられた。

 情けないったらありゃしない。


 でも、ここからは私の番だ! 

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