第13話

「さてと、これで一通り準備は終わったかな」

「おや、どうやらミラ達も来たみたいですね。タイミングばっちりです」

「失礼します。……おお、いい匂いがしますね」


 ミラはバスケット一杯のパンを持ち、おっさん達は何やら大きな両手鍋を抱えて、台所へとやってきた。


 パンを持ってきたのは想定通りだった。

 屋台でも売ってたくらいだしね。

 これなら最悪歯が欠けるくらいで済むだろう。

 

 問題はあの鍋だよ。

 一体何が入ってるのだろう。

 変に緊張してきたぞ。


「早速ですが食事と致しましょう」

「ミラ、お手伝いせずに申し訳ありませんでした」

「大丈夫だよ。むしろ、咲様を見知らぬ土地で一人にさせてしまう訳にもいかないから」

「気絶してる間に、仲良くなられているようでしたので。あえてお願いしなかったんですよ」


 リルの話を聞いた後だとなんか勘ぐっちゃうな。

 それが理由ならいいんだけど。


「ミラ。実は後で少しお話があるのです」

「うん、分かった」

「内緒話?」

「そんなところです」


 ……なんか企んでるのか?

 ま、いっか。


「ささ、咲様もお座りになって下さい」

「うん。そうだね」


 いよいよだね。

 あの砂肝は「食の知的好奇心、故の愚行でした。ふふ」とのことなので鍋には入っていないだろう。

 ていうか、出てくるな。頼むから。


「こちらで用意したのはスープでございます」


 あ。

 屋台と同じだ。

 具沢山スープだ。

 

 身構える必要はなかったね。

 内心ドキドキもんだったけど。


 だけど、これでほぼ確定かな。

 固いパン。

 下処理無し、下味無しの肉料理。

 とりあえず食べれるものを突っ込んだスープ。

 これがこの世界での食生活の中心なのかも。


 食材に対する認識を上手く変えれれば、わたしの料理が受け入れてもらえる余地は十分にありそうだけど……。

 問題はどう受け入れてもらえるか、その機会をどう作るかだなあ。

 

「どうぞお召し上がりください」

「あ、ちょっと待って。リル、用意してもらっていい?」

「はい。メラミー、出ておいて」


 リルは使役している火の玉を呼び出した。


 メラミーって名前なんだ。

 何回見ても便利だなあ。

 わたしも使役したいけど、出来るのかな。


「リル様。その肉の塊を炙れば宜しいので?」

「中火でね。全体をサッとでいいよ」

「かしこまりました」


 リルが金網に乗せた焼豚をメラミーの上にかざす。

 すると、たちまち芳ばしい匂いが立ち込めた。


 生肉の時は臭かったけど大丈夫そうだね。

 滴る焼豚の脂の甘い匂いと醤油の香り。

 うん! 美味しそう!


「なんだ? この魅惑的でいて、鼻腔を刺激する暴力的な香りはっ!」

「いやっ! この甘い香りは楽園へと誘う天使の吐息っ!」

「……んっ! んーふっ!」


 これ、おっさん達ダメそうだな。


「咲様……」

「……うん。やばいかもね」


 吐息が肉の匂いって。

 焼肉でも食ったのかその天使は。

 なんだよ「んーふっ!」って。

 鼻息癖あり過ぎだろ。


 これは危なくなったら破滅をもたらす召喚獣に止めてもらうしかなさそうだ。

 またあの光景を見るのは……。

 ちょっと嫌。


「咲様、そろそろ良さそうですよ」

「うん。オッケーかな。じゃあ切り分けようね」

「メラミー、ありがとう。もういいよ」

「……それでは失礼します」


 あれ?

 メラミー、元気ない?

 どうしたんだろう。


「多分、滴った脂です。メラミーが暴走寸前でした」


 脂でも影響出ちゃうのか。

 これ下手に料理作れないかもしれない。


「アレで一応、火の妖精ですからね。教会が消し炭になるところでした。危ない、危ない」


 前言撤回。

 わたしには使役は向いてなさそうだ。

 火が欲しい時はリルにお任せしよう。

 放火魔になってしまうかもしれない。


「気を取り直して。厚めに切った焼豚に白髪葱を乗せてと」

「おお、美味しそうです」

「はい! 晩酌のお供『おつまみ焼豚』の完成だよ」

「はわわわわ」


 おい、特異点キャラはどこ行った。

 こうしてみると普通の子なんだけどな。

 普通ではないか。


 あ、あれ? なんだ? 

 皆喋らなくなっちゃった。

 さっきまであんなに盛り上がってたのに。

 まさか葱が嫌い!?


「咲様! 食べていいですか!? 食べますよ!?」

「こらリル。ピョンピョンしない。ちゃんと座って食べないとダメだよ」

「分かってます。では、頂きます!」

「わたしも食べよっと。いただきまーす」


 んー! 

 美味しいー!


 味付け自体は慣れ親しんだ味だけど、お肉そのものが全くの別物だよ!

 葱の食感もアクセントになって最高!


 しっかし、これがビクビクしてた臭い肉だったなんて、とてもじゃないけど思えない。

 リルってば、いいお肉を使わせてくれたのかな。

 これならステーキにしても良かったかも。


「リルどう? 猫舌でも平気でしょ?」

「……私は今までどれほどの人生を損していたのでしょうか」


 ……また泣いた。

 涙腺どうなってんだ。


「只々、悔しい。その一言に尽きます。わたくし、今晩は残った焼豚を枕にして眠りにつきたいと思います。それでも宜しくて?」

「宜しくねえよ。なんだその口調は」

「っな!? では失われた時をどうやって取り戻せと!? よよよよよ」


 これ……ダメなやつだな。

 

 リルでさえこんな感じだもん。

 おっさん達には食べさすのやめとこうかな。

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