第14話
「よよよよよ。……こほん」
「落ち着いた?」
「はい? 私は最初から落ち着いていますが」
「そ、なら良かった。……ちょっと待ってリル! おっさん達が!」
「なんと……まあ。香りだけで気絶してますね。でも仕方がありません。この焼豚は天下取れますよ」
ダメだったか。
白目向いてるし……。
商売始める前に『スキル』と『祝福』をコントロール出来るようにならないと話にならない。
懸念していた準備よりも、むしろこっちに苦戦するかもしれないなあ。
「魔力を取り除きましょう。ミラは焼豚に釘付けになっているだけなので、まあ平気でしょう」
「平気なのかな……」
「咲様のお料理は、ある意味で本当に危険ですね。軍事利用されてもおかしくないです」
それは大袈裟だと思うけど。
焼豚を砲弾代わりにするならともかくとして。
だけど、考えようによっては濃い醤油味の焼き豚が顔面に直撃するんだよな。
目潰しくらいにはなりそうだ。
「おっさん達は国の召喚士であり、いわば政府の犬。政府の褌おっさん犬です」
「響きが嫌」
「幸い気絶してますし、全てが夢だったと勘違いして頂きましょう。適当に誤魔化せば、上に報告されることは無いでしょう。そしてこれはチャンスです」
リルは焼豚に釘付けのミラを指差した。
「私の雇用主はミラ。後で交渉しようと思っていましたが、その必要は無くなりそうです。魔力を取り除いた焼豚を取引材料にして、雇用解約を申し出ます」
「だから別に急がなくてもいいんだって」
なんでリルはこんなに焦ってんだ?
商業ギルドの許可だってまだ降りていないのに。
「分かってます。準備があるのですよね。だけど咲様の近くにいれば美味しいご飯を逃す事なく過ごせます。これはわたしの人生において、最も重きを置かなければならない最優先事項なのです」
ご主人様の捜索と料理人の高みはどこいったよ。
食欲もここまでくると見上げたもんだ。
「さあ、始めますよ。魔力を取り除けば副作用を消え、安心安全で魔力不使用の無添加無農薬の焼豚にする事が出来るのです! 私の——
(決まった!)
……ダサい決めポーズはさておき。
それが出来るなら、わたしも気兼ねなく料理を振るまえるし、商売の心配だって無くなる。
リルの負担が大きくなければ、お願いしたいところではあるけど。
「交渉はリルに任せるとして、ミラには純粋に焼豚の感想を聞きたいから味見お願いしたいし、その……なんだっけ」
「私の——
なんなのそのポーズ。
流行らせないからな。
「では早速」
「切り替え早いのはいいね」
「せいっ!」
リルは不思議鞄からお札を取り出すと、焼豚に向かって勢いよくぶん投げた。
すると五芒星が焼豚の上空に出現し、煌びやかな結界を張り巡らせる。
「えーい! 悪霊! 退☆散っ!」
「……除霊?」
リルはいつのまにか鉢巻を巻いていた。
こめかみ部分には蝋燭が挟んである。
そして呪文を唱え、これまたいつのまにか取り出した
「ねえ、除霊なの?」
「しっ!(全く、これだから素人は)お静かに願います!」
焼豚を見つめ固まる美少年。
立ち尽くしたまま気絶するおっさん達。
怪しい儀式を始めた猫耳の美少女。
神々しい光に包まれる焼豚。
なにこれ。
夢?
「……ふう、成功です。なんとか魔力を取り除く事に成功しました」
「あ、ありがとう」
「いえいえ、果てなく続く食への探究の前には些細な事なのです。ミラに声を掛けてみては?」
「そうだね。おーい、ミラー」
ダメだ。
目覚めない。
揺らしても平気かな。
しかしミラの肩を揺らそうとした瞬間、リルがわたしの腕を掴んだ。
その真剣な表情はミラの状態の悪さを感じさせた。
「これは……。恐らくミラは脳内を魔力に侵食されている状態です。下手にゆり動かすと魔力の循環が早まり、そうなったら死ん……目覚めなくなってしまいます」
今なんか言いかけたよね。
さっきからなんなの? このテンションは。
リルの頭も侵食されてんじゃないの?
「ここで必要なのは一瞬で彼を覚醒させる事」
「うん、分かった。どうすれば——」
リルは未だな真剣な表情を崩さない。
鬼気迫るとはこの事を言うのだろう。
そして食い気味に、こう切り出した。
「ビンタです」と。
「出来るか!」
「ならば私が」
瞬間——。
残像を残す程の速度で、リルはわたしの前から姿を消した。
そして往年の大リーガーのワインドピッチの様な構えをとると、勢いよくミラの頬めがけて平手を放った。
「リルさん!?」
ミラに平手が直撃すると、椅子をひっくり返しながら大きな音を立てて吹き飛んだ。
あ、あんた。それ本当に対処法合ってる!?
……あれ? リル?
「……うっ、ごめんなさい。思ったより焼豚の魔力が強くて、酔いが」
リルは膝から崩れ落ち、床にうずくまってしまった。
明らかに顔色も悪くなっている。
「え。あんた酔っ払ってたの?」
「うう。気持ち悪いです」
ミラは吹き飛ばされ、リルは片膝をつきダウン。
おっさん達は椅子に座りながら硬直している。
残されたわたしに……どうしろと?
すると背後から「何事だ!」と怒鳴り声が飛んできた。
「えっ!? なに?」
勢いよく開かれた扉から屈強な男達が台所に流れ込んでくる。
教会から聞こえてきた物騒な物音を不審に思い、自警団が駆けつけてきたのだ。
ミラが吹き飛んだ音と、ビンタの炸裂音が響いたのだろう。
「これは……何事だっ!?」
「召喚士様が虚な目で気絶をしているだと」
「賊め! 怪しい儀式などしおって!」
「賊? ……わ、わたし!?」
「捕えろ!」
「え、ええ!?」
自警団の皆様は慣れた手つきでわたしを後ろ手にした。
抵抗する間も、言い訳の余地も無い。
そりゃあそうだろう。
この場での不審者は、火を見るよりも明らかだった。
あれよあれよと、わたしとリルは捕縛されてしまった。
わたしの記念すべき異世界生活の初日はこうして幕を閉じた。
最も優先すべきだった事。
それは商売の準備でも、料理を作る事でもなく、自らの力を操る術を身につけることだった。
退屈な日常に飽き飽きしているとは言った。
確かに言ったけどもさ。
こういう刺激は求めてないからね?
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