第32話 西雅の父


 司は西雅の家に走った。西雅の家に到着してインターホンを鳴らすと、中から高い声の女の声が響いた。インターホンの通話機能を全く利用せずにいきなりドアが開く。



「はい。塩川です。えっと、どちら様ですか?」



 キョトンと首を傾げる顔はかなり幼い。胸まで伸びた長髪をハーフアップに纏めた女は西雅の兄妹と言われても疑われないほどだ。しかし西雅には姉も妹もいない。司はスッと息を吸った。



「クラウントイズ総務部の海善寺司と申します。西雅くんにお話があって伺わせていただきました」


「ん? 西雅に? そんな大きな企業の方がどうしてまた?」


「それは」


「あれ、司さん?」



 女の背後から現れた西雅はキョトンとした目で司を見つめた。それからハッとすると、アワアワしながらサンダルを引っかけた。



「もしかして俺、何か忘れ物したっすか?」



 司の方につんのめりそうになりながら聞く西雅の肩を、司は掴んで止めた。



「落ち着いてください。先ほど連絡した通り、お話を聞きに来ただけです」


「連絡?」



 西雅は首を傾げてスマホを取り出した。けれどそこにメッセージは届いていない。司にその画面を見せると、司は目を見開いて自分のスマホを確認した。



「ごめんなさい、未送信の状態になっていました」


「あははっ、司さんでもそんなミスがあるんすね」



 サッと頭を下げた司に、西雅がケラケラと笑う。そんな2人を不思議そうに見ていた女はニコリと笑って部屋の中を指差した。



「ひとまず中で話しましょ。ね?」


「だね。司さん、こっちっす」



 西雅はパシッと司の手を掴むと、グイグイと部屋の中に引き込んだ。司は何か反論する前に家の中に連れ込まれる。そして玄関のドアが閉まった。


 西雅の家は東真たちの家より部屋が1つ多い。開け放たれた襖から見える奥の部屋には西雅の荷物と机が置かれている。司は西雅が用意した白い座布団に座ると、女が用意したお茶を受け取った。



「さてと。自己紹介がまだだったわね。私は塩川四季。西雅の母です。それで、司さんは西雅とどういった関係ですか?」



 四季が聞くと、答えようとした司の横で西雅が胸を張った。



「司さんは俺の友達だよ。東真さんの友達の部下兼友達ってことで出会ったんだけどさ。すげぇ良い人なんだよ」


「東真くんの友達の友達ね。なら良い人ね。あ、何か話があるなら私向こうに行ってようか?」



 四季が隣の部屋を指差すと、司は首を横に振った。



「四季さんにもお話を伺いたいと思っています。西雅くんの、父親についてです」



 司の言葉に四季の表情が固まる。険しくなった顔に、司はスッと背筋を伸ばした。元々伸び切っている背筋は大して伸びなかったが。



「本日西雅くんには弊社と島川原カンパニーが共同開催するイベントのプレイベントに参加していただきました」


「しま、がわら……」



 四季はその名に目を見開く。その目が西雅に向けられるが、西雅は何の話か分からないといった様子で首を傾げた。



「島川原一に会ったのですか?」


「島川原一?」


「私たちに話しかけていらっしゃった社長です」


「ああ、あの人」



 西雅が頷けば、四季の表情は一層固くなる。司はその姿にゴクリと唾を飲んだ。四季は視線を落とすと部屋の隅にあった箪笥から箱を取り出した。その中をガサゴソと漁ると、1枚の写真を出して司に差し出した。



「これが、西雅の父親です。島川原一」


「あの人が、俺の父親……」



 西雅は口をギュッと引き結んで写真をジッと見つめた。西雅は父親の名も顔も知らなかった。けれど自分が四季の腹に宿ったことで父親が四季を捨てたことは知っていた。


 司は司で写真をジッと見つめる。島川原の隣で笑う四季は今の姿と何も変わらない。西雅が生まれる前の写真なはず。それもまた怖い話だ。そして若い島川原と西雅はよく似ている。司ははぁと小さくため息を吐いた。



「あの人は今でも養育費は支払ってくれています。でもそれは、彼の責任感からではありません。顔も知らない子を、自分の跡継ぎにするためです」



 四季の瞳がギラリと光る。司がギュッと拳を握ると、その手に西雅の手のひらが重なった。西雅がニッと笑うと、司の頬がゆるりと緩んだ。



「今日の感じだと、あのおっさんが見てたのは東真さんと南央ちゃんっすよね? 俺のことは気が付いてない……って、あれ? あのおっさんが東真さんたちを見てたのはなんでっすかね?」



 西雅が司の目を見上げると、司はふっと小さく息を吐いた。



「東真くんと南央ちゃんも島川原一の子である可能性が高いと思われます。恐らく島川原さんは母親似の2人には気が付いたのでしょう。ですが西雅くんは島川原さんに似ています。だから気が付かれなかった可能性はあります」


「そうね。西雅は、本当によくあの人に似ているから」



 そう言う四季の表情には何も感情がない。良いとも悪いとも思っていないわけではなく、考えないようにしている顔だ。



「司さん、今後、あの人と西雅をなるべく近づけないよう、お願いできませんか?」



 そう言う四季は母として凛とした表情を見せる。司はコクリと頷くと、四季に向かって三つ指をついた。



「西雅くんのことは私にお任せください」


「いや、司さん。それはなんか、違くないっすか?」



 首を傾げる司の前で、四季と西雅は顔を真っ赤にした。その様子はよく似ている。



「司さん、頼りにしていますね?」


「はい」



 四季が耳が赤いまま司に声を掛けると、司は再度頭を下げた。その姿にさらに四季と西雅の顔が赤く、熱くなった。


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