第31話 嫌な予想


 文哉は司からのメッセージを読むと目を見開いて、目の前の写真に視線を移した。



『母に確認を取りました。島川原社長は恋人を絶えず作って、子どもができたと分かると別れていたそうです。それから、子どもの名前には東西南北のどれかを付けるように言っていたと島川原社長の父君が話していたそうです』



 司の母は島川原カンパニー前社長と交流があった。その関わりの中で息子の愚行を漏らすこともあった。



『聞いた限り子どもが3人はいたことが確かだそうです。東真くんと南央ちゃんがその中に入る可能性はあります。2人が母親に似ていれば、社長が気が付いても不思議ではありません』



 文哉はゴクリと唾を飲んだ。そして社長が東真たちに向けていた視線を思い出す。興味本位のようだったあの視線。もしもいらないと捨てた子どもに興味が出てきたり、手元に連れ戻したいと思っていたとしたら。


 身震いをした文哉は、込み上げてくるものを押し殺してその続きに目を通した。



『守秘義務があるところを命に関わるかもしれないと聞きだしたので、関係する人以外には漏らさないようにお願いします』


『分かった。ありがとう』



 文哉はメッセージを返すとスマホを東真に差し出した。東真はチラリと文哉の顔を窺ってからスマホを受け取ると、メッセージを読んだ。読み進めるにつれて口に手を当てて、声を抑える。顔色はどんどん青くなっていった。



「大丈夫か?」


「だい、じょうぶです」



 東真はそう言いながらも身体の震えが止まらない。文哉は東真を掻き抱くと、その震えを抑えるように力強く抱き締めた。そのまま背中を擦るけれど、東真の震えは収まらない。



「大丈夫だ。もし何かあっても、俺と司で東真くんと南央ちゃんを守ってやる」



 文哉の力強い声に、東真は一瞬身体を固くした。けれどすぐに首を何度も、何度も横に振った。その口はわなわなと震えている。言いたいことはあるのに、声にならない。



「一旦落ち着け。東真くんも過呼吸になっちまうから」



 文哉が背中を擦って呼吸を誘導する。それに合わせてどうにか呼吸と声を取り戻した東真は、文哉の袖をキュッと握った。



「さいが……」


「西雅くん?」



 文哉が聞き返すと、東真は文哉を見上げてコクコクと頷いた。その瞳には不安と恐怖、困惑の色が浮かんでいた。



「西雅、って、待て、あいつ」



 文哉はハッとしてスマホを確認した。西雅のメッセージのアカウント名は、塩川西。西の文字が入っている。



「まさか、西雅くんも?」



 あり得ない話ではない。西雅も東真と南央と同じように母子家庭で育っている。絶対ではないが、可能性はある。



「西雅くんに電話して……」



 慌てて西雅に電話しようとした文哉の手が止まる。文哉の目の前でまだ震えている東真と、すやすやと寝息を立てている南央。文哉は深呼吸をして焦りを飲み込んだ。



「司にメッセージを送っておく」



 文哉は手早くメッセージを作成する。東真の母親と島川原が一緒に写る写真が見つかったこと、西雅も島川原の子である可能性があること。



『西雅くんに確認を取ってくれ。東真くんが動揺していて、ここを離れるわけにいかない』



 文哉がメッセージを送ると、すぐに既読が着いた。



『承知しました。今から西雅くんの家に行ってきます』



 西雅も混乱しないとは限らない。どこまでも気を利かせてくれる司の優秀さに、文哉はホッと息を吐いた。



「どうしたんですか? まさか、西雅に何か……」


「大丈夫。本当に良い後輩、いや、相棒を持ったと思っただけだ」


「そう、ですか」



 身体全体を揺らす震えは収まった。けれど手の震えが止まらない。文哉はその手を包み込むように握り締めると、それに自分のおでこを当てた。



「もし、もしもだ。あの人が東真と南央の父親で、自分の子として育てたいと言ったら。東真はどうしたい?」



 東真はその質問にヒュッと息を飲んだ。文哉は顔を上げない。東真に縋るような目を見せられない。


 島川原は碌な人間ではなさそうだが、金はある。生活に困ることはないだろう。しかし島川原の子として島川原の家に引き取られれば、文哉と司と気軽に会うことは適わない。ましてや一緒に暮らすことなどできない。


 東真は文哉のその頭を、震える手で撫でた。東真の震えと優しさが文哉に伝わる。



「僕は、南央が幸せなら良いです。どんなに苦しい場所にでも行きます。そう、決めていたんです」



 東真の沈んだ声に、文哉は喉を抑えて唇を噛んだ。



「でも、今は文哉さんにも笑っていて欲しいんです。どんな状況になっても、南央と文哉さんが笑っていられる選択をしたいです」


「俺はっ」



 文哉は思わず顔を上げて東真の肘の辺りを強く掴んだ。東真の顔が歪む。文哉はそれに気が付いて手の力を緩めるとだらりと頭を垂れさせた。



「俺は、東真くんと南央ちゃんが幸せなら幸せだよ。だから、だからさ。東真くんも笑っていられる場所にいて欲しい」



 文哉の言葉に、東真は目を見開いた。



「それが俺の隣なら、頑張るから」



 文哉の小さすぎる囁きは、誰の耳にも届かずに文哉の口の中で幻のように消えていった。


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