第11話 初めてのラーメン屋さん


 ラーメン屋でそれぞれ文哉は塩ラーメン、南央は醤油ラーメン、司は味噌ラーメンを注文した。キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回す南央の手を文哉が握ると、南央の忙しない動きが落ち着いた。



「あの、主任。少し聞いても良いですか?」



 司が緊張した空気を纏って話を切り出すと、眉をピクリと動かした文哉はポケットからスマホを取り出した。そしてメッセージアプリを開くと軽く操作して東真からのメッセージに対する返信を作成した。



「ちょっと待って。南央ちゃん、東真くんからメッセージ来てたよ。楽しんでおいでって。迷子にならないように、俺か司から離れないって約束して欲しいって。南央ちゃん、午後も約束できる?」


「できる!」


「よし。じゃあ、東真くんに返事しておくね」



 文哉はワンタッチで東真にメッセージを送ると、さらにサクサクと手を動かしてメッセージを送る。その瞬間、司のスマホが着信を告げた。



「すみません、少し失礼しますね」


「おう」



 司がスマホを取り出すと、文哉は南央に視線を移した。司はそれを確認してから視線を落としてスマホのメッセージアプリを開く。送信者は目の前にいる文哉だった。



『南央ちゃんの前だからこっちで。東真くんと南央ちゃんは2人暮らし。両親はいない。俺も全ては知らないけど、2人で頑張ってる。俺はその手伝いをしたい。今は世話になっているだけだけどな』



 自嘲気味な文章を顔色1つ変えないまま目を通した司は、視線を上げると綺麗な笑みを湛えた。そして静かに立ち上がる。



「そういえばここ、お冷がセルフサービスでした。取ってきますね」


「あたしも行きたい!」


「はい、では行きましょうか」



 司は南央と手を繋いでサーバーの前に向かう。それが何かすら分からない南央を抱き上げて、どこから水が出るのか、どうやって注ぐのかを1から説明して聞かせた。文哉はその姿を見ながら口元を緩めた。



「はい、どうぞ」


「良いの? ありがと」



 南央が慎重に運んだお冷を手渡された文哉は頬まで緩んだ。南央の頭をわしゃわしゃと撫でると、椅子に這い上がった南央はイヒヒと笑った。



「そういえば主任ってご兄弟は?」


「いないよ。司はお兄さんがいるんだっけ」


「はい。ちょうど主任と同い年だからなのか、主任と休日に会うと兄と遊んでいる気分になって気が抜けるんですよね」


「文ちゃんとつかさくんは仲良しなの?」


「仲良しだねぇ」



 文哉はお冷を1口飲むと、のんびりと答えた。司も頷くと、南央は一瞬だけ眉を下げて泣きそうな顔をした。すぐにいつもの笑顔に戻った南央は、ズイッと身を乗り出して司の顔を覗き込んだ。



「よく遊ぶ?」


「月に1度くらいは一緒に出掛けますよ。そうでもしないと、主任は休日に家から出ませんから」


「失礼な。洗濯物を干すときにベランダには出るからな」


「それは外出とは言いませんって」



 胸を張る文哉に司は肩を竦めた。文哉が唇を尖らせたとき、ロボットが3人のテーブルに近づいてきた。



「お待たせしました」


「わぁっ! ロボットがしゃべった!」


「配膳ロボットですね。あ、僕が取りますから南央ちゃんは手を出してはいけませんよ? 火傷してしまいますから」


「はぁい」


「素直でよろしい」



 司が3人分のラーメンを受け取っている間、文哉は南央を褒めながらその手を握った。南央は目を輝かせながら運ばれてきたラーメンを見つめると、興奮をそのままに文哉の手を小さく揺する。文哉は頷きながら、配膳が終わるまでその手を離さなかった。



「南央ちゃん、火傷に気を付けてフーフーしながら食べるんだよ?」


「うん! いただきます!」


「いただきます」



 南央に続いて大人2人も挨拶をした。醤油ラーメンを一生懸命冷ましてから口に含むと、南央の目が大きく見開かれた。



「おいひぃ」


「良かったな」


「うん!」



 目を輝かせる南央に、文哉は微笑みながらも一瞬だけ表情を曇らせる。それに気が付いた司が視線で聞いたけれど、文哉は首を振って塩ラーメンを啜り始めた。



「マジで美味いな。南央ちゃん、こっちも1口食べて良いぞ」


「南央ちゃん、味噌味も1口食べますか?」


「良いの?」



 ぱぁっと笑顔になった南央に2人は取り分けたラーメンを差し出した。滅多にない機会に、初めての味。発光しているのではないかと見紛うほどの笑顔を見せる南央を見ながら文哉は塩ラーメンを啜る。



「あ、この後どうしますか?」


「南央から東真にプレゼントだけ買ったら帰ろうかな。東真も17時半には帰ってくるから、その前に帰っておきたいし」


「分かりました」



 短く会話を済ませてまたラーメンを啜る。それから会話らしい会話もなく食べ終わると、南央は満腹になったお腹を擦ってふにゃりと笑う。



「お腹いっぱぁい」


「俺もお腹いっぱい」



 南央の姿を横目に、文哉も同じようにお腹を擦った。そのそっくりな姿に微笑んだ司は手早く荷物を纏めて立ち上がる。



「長居してはご迷惑ですから、外のベンチで少し休んでから動きましょう」


「分かった。司、南央を頼む」


「いや、前回も奢ってもらっていますし、僕がお会計してきますよ?」


「今日付き合ってくれた礼だから良いんだよ」



 文哉は司の肩をポンと叩くと会計の方に向かっていった。


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