第10話 お買い物
司の案内でショッピングモール内を歩き回った。文哉と南央がそれぞれ考えたコーディネートは、真顔の司に全て却下された。その司も納得のいくコーディネートが思いつかずに店を渡り歩いていた。
「こんな感じならどうですか?」
四件目のお店。お手頃価格で動きやすく、シンプルなデザインが売り。高校生が着るにはちょうど良いものだ。
司はポケットの多い黒のカーゴパンツに黒いティーシャツで裾に白い生地が縫い付けられたもの、さらにしっかりした生地の白いジップパーカーを合わせた。
「おぉ、なんかそれっぽい」
「格好良い!」
「ありがとうございます」
朝より少しやつれた顔になっていた司は、南央の輝く目に浄化されて元気を取り戻した。
「これなら冬前まで着られますし、パーカーは今時期ちょうどブレザーに合わせても良いと思います」
「なるほど、そんな使い方があるのか」
「凄いねぇ」
「南央ちゃん、理解してる?」
「んふふっ」
「分かってないな?」
文哉の言葉に南央は笑って誤魔化した。文哉が南央をつついて擽ると、南央はキャッキャと身を捩って笑った。自分の足元に逃げ込んできた南央を抱き上げた司は、呆れた笑みを文哉に向けた。
「主任って案外子どもっぽいですよね」
「南央ちゃんが笑ってくれるなら良いんだよ」
文哉の生き生きした悪戯な笑みに、司は目を見開いた。お互いに眼鏡越しの視線がぶつかって、静かな時間が流れる。南央は2人の顔を交互に見ると、司の首に頬を擦り付けて頬を緩ませた。
「変わりましたね」
「そうか? いや、そうだな。うん。たった1週間だけど、気分も生活スタイルも随分変わったと俺も思う」
へなっと笑った文哉をジッと見つめた司は、ふぅっと長く息を吐いた。
「主任が人間らしくなったなら良いことだと思います。僕からも東真さんに感謝したいくらいですよ」
「それなら、来週のお誕生日会、つかさくんも来る?」
「お誕生日会?」
「そんなのやるの?」
司が目を見開いて南央を見ると、文哉もズイッを身を乗り出して南央の顔を覗き込んだ。南央はにへらと笑うと、ゆらゆらと首を揺らす。
「今決めたの。とーちゃんのお誕生日会したい!」
天真爛漫に笑う南央に、文哉と司は顔を見合わせる。司が小首を傾げてみせると、文哉はニッと笑い返した。
「よし、やるか!」
「わーい!」
南央が万歳して喜ぶと、文哉はその頭をぐりぐりと撫で回した。そして司に視線を送ると、ニヤリと笑いかけた。
「司も手伝ってくれるか?」
「もちろんです。お邪魔しますね」
司の返事に文哉が満足気に頷くと、南央も目を輝かせた。そして何かを言おうと口を開いた瞬間、ぐぅっと腹の虫が鳴いた。
「そろそろお昼かな?」
「そうですね」
「よし、これだけ買ってくるから2人で何を食べたいか相談しておいてくれ」
「分かりました。外の案内板のところにいますね」
文哉はそう言い残して会計に向かった。司は南央を抱き上げたまま店の外に出て、案内板の前に向かった。
電子の案内板をスライドさせながら、南央に料理の写真を見せていく。南央は1枚目、ハンバーグの写真を指差してニコニコと笑った。
「ハンバーグ、文ちゃんの好きなやつ!」
「そうなんですか。これにしますか?」
「んーん。昨日ハンバーグ食べた」
「そうですか」
司はガクッと肩を落とした。食べたいものではなくてただ文哉の好物を教えたかっただけの南央は、それをキョトンとした目で見ていた。
気を取り直して司が案内板をスライドさせていると、ラーメンを見た南央の目が輝いた。
「ラーメン好きですか?」
「うん! とーちゃんがよく作ってくれるから!」
家で作るラーメンと店で食べるラーメンはかなり違いがある。画面に映る家系ラーメンの写真を前に、司は店舗一覧に視線を移した。
「それなら、僕のおすすめのお店があるので、そこにしませんか?」
「つかさくんのおすすめ? そこが良い!」
「分かりました」
司はホッと息を吐くと、まだ会計をしている文哉の背中を確認して案内板の前から移動した。
「ラーメン、ラーメン、ラーラーメン」
自作のラーメンの歌を歌い始めた南央。司が合いの手を入れようかと悩み始めたとき、南央はピタリと歌うことを止めた。
「どうしましたか?」
司が南央の顔を覗き込むと、南央は視線を落とした。ずっとルンルンしていたのに、急に表情が強張ってしまっていた。
「あたしね、ラーメンのお店行くの初めてだからね、楽しみだけど、ちょっと怖い」
「ラーメンのお店、初めてなの?」
「うん。あんまりお外のご飯食べないから」
眉を下げてしまった南央を前に、司は首を傾げた。しばらくジッと考えて、口を開こうとしたそのとき、文哉が会計を終えて合流した。手を挙げて近づいてきた文哉は流れる空気に眉をピクリと動かしたが、何もなかったかのようにいつもの笑顔を見せた。
「どこに行くか決まった?」
「はい。ラーメン屋さんに行くことになりました」
「ラーメン? 了解。じゃあ行こうか。お腹も空いてるし、お店で話そう」
フッと笑った文哉に司が頷くと、南央は文哉に向かって手を伸ばした。文哉は笑ったまま司から南央を受け取った。
「よし。ラーメンに出発!」
「出発!」
文哉が先陣を切ってラーメン屋を目指して歩き始める。文哉が右に曲がると、司はプッと吹き出した。歪んでいた顔が緩んで、肩の力も抜けた。
「主任、ラーメン屋は左です」
「えぇっ!」
素っ頓狂な声を上げて慌てて方向転換した文哉に、南央はケラケラと楽し気に笑った。
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