第9話 はじめましてとお出かけ
文哉と南央は手を繋いで近所のショッピングモールのエントランスにいた。
目印になる柱の傍に立つ黒いパンツに白のパーカーを着たちょんまげのように前髪を上げた男。その男と手を繋ぐ黒い短パンに黄色いティーシャツ、カーキのジャンパーを着たツインテールの少女。傍から見れば親子にしか見えない。
「南央ちゃんは何をあげたいの?」
「えっとね、とーちゃんのハンカチが穴開いちゃいそうだからね、新しいの買ってあげたいの」
「きっと喜ぶね」
「えへへ」
2人の会話に周りで会話を耳にした人たちの顔に疑問符が浮かぶ。父親らしき人といるのに、少女は他の相手をとーちゃんと呼んでいる。とーちゃんとは友人か、父親か。父親らしき人と少女はどんな間柄なのか。
周りの人々が憶測を脳内で広げていることなど露知らず。文哉と南央はほのぼのとした空気を醸し出して会話を続ける。そこに近づく1人の男がいた。
「主任、お待たせしました」
「よっ、急に悪いな、休日なのに」
「いえ。そろそろ僕の方から誘おうと思っていたので大丈夫です。大丈夫ですけど、それ、ちょんまげですか?」
「そう。南央ちゃんがやってくれたんだ」
「南央ちゃん?」
眼鏡を掛けた男の目が南央に向けられる。南央が思わず文哉の影に隠れると、男は綺麗な微笑みを湛えてからしゃがみ込んで南央と視線を合わせた。
「こんにちは。えっと、お父さんの会社の部下の
「待て待て、この子は俺の子じゃないぞ」
「え、違うんですか?」
文哉が呆れたように否定すると、司は文哉を見上げた。キョトンとした顔の南央もつられて見上げると、文哉は小さく笑いながら南央の頭を撫でた。
「この子はお世話になってるお隣さんの妹さん。ここのところ、毎日南央ちゃんのお兄さんに夜ご飯を作ってもらってるんだよ。あ、今日は泊りだったから朝ご飯ももらったけど」
「そうなんですか。因みに、そのお兄さんっておいくつですか?」
「高校3年生だよ。南央ちゃんは小学1年生」
「高校生にご飯を恵んでもらってる大人って」
司の無機質な視線を受けた文哉はスッと視線を逸らすと南央の隣にしゃがんだ。南央は文哉と司を交互に見ると、文哉の頭を小さな手で撫でた。あっさり回復した文哉はすっと立ち上がった。
「今日は南央ちゃんと一緒に、その高校生の男の子にあげる誕生日プレゼントを探したくて。それで俺は服をあげたいんだけど、体格が司に近いからサイズを見て欲しいんだよ。後は司のセンスを当てにしてる」
司の服装は黒いパンツに白いティーシャツ、ゆったりとしたグレーのカーディガンを合わせたもの。シンプルさで言えば文哉も変わらないように見える。しかしセンスがある人間が選んだものとセンスがない人間が妥協したものという差がそこにはある。
プレゼントを選ぶ上でセンスも大切にしたいと考えれば、ましてや歳の離れた高校生が着る服を選ぶと思えば。大抵のセンスがないと悩む人間は、センスがある人間の助言が欲しくなるものである。
「本人のことを知らないのでなんとも言えませんけど、できる限りお手伝いしますよ」
「ありがとう。それじゃあ、行くか。南央ちゃん、手を離さないでね?」
「うん! つかさくん、こっちの手、繋ご!」
「えっと、はい」
文哉は南央と手を繋ぎ直す。司も南央の要求に戸惑いながらもその手を取った。まずはどこのお店に行くのか、と司が問おうとした瞬間、文哉は一直線に歩き始めた。視線の先は案内板。
「そもそも、どんな店があるのかもイマイチ把握してないんだよな」
文哉の呟きに司は思わずといった様子でため息を吐いた。
「だと思いました。このショッピングモール自体、俺が誘わなきゃ来ないですもんね」
「来る理由がないからな。服はスーパーの服コーナーで事足りる」
文哉はグイッと胸を張った。それを見て司が頭を抱える。南央は目をパチクリさせながら、2人の様子をキョロキョロと交互に見ていた。
「足りてないから私服ダサいんですよ。今日はまともな服を着ていたのでホッとしましたけど、それだって僕が選んだ服ですよね?」
「よく覚えていたな。司のセンスなら間違いないと思って着てきたんだ」
ニッと笑う文哉に司は諦めて笑みを浮かべた。そして案内板に目を向けると、紳士服売り場をいくつか指差した。
「好みにもよりますけど、僕がよく行くのはこの辺りです。そのお兄さん、えっと」
「とーちゃんだよ!」
「とーちゃん?」
司が言葉を止めると、南央が助け舟になっているのか怪しい舟を差し出した。司が首を傾げたことで舟は沈んでいく。
「東真くんだよ。あだ名がとーちゃんなんだ」
文哉が舟を引き上げると、司はなるほどと頷いた。頭が混乱するようなあだ名の意味を理解した司は、咳払いをして仕切り直す。
「東真さんはどのような服が好みなんですか?」
その質問に文哉と南央は顔を見合わせた。出会ったばかりの文哉はまだしも、ずっと一緒にいる南央であっても東真の服の好みを知ることは難しかった。
「好みは分からないな。いつも勉強とアルバイトと家事を頑張っていて、南央ちゃんとも全力で遊んでると思う」
「とーちゃんね、服は動きやすければなんでも良いって言ってたよ」
2人から得た情報に司は首を傾げた。それから逡巡するといくつか店舗の名前を指さした。
「いつも行くお店ではないので詳しくはないですけど、この辺りならカジュアルな服が多いと思います」
「よし、じゃあそこに行こう」
「おー!」
拳を突き上げた南央の手を引いて文哉は正反対の方向に歩き始めた。司はやれやれと微笑みながらもため息を吐いて、2人の名前を呼んだ。
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