愛情家族
こーの新
第1話 びっくりな出会い
小学校の隣、学童のドアをガラガラと開けると、その音に振り返った
「とーちゃん!」
「お待たせ。荷物持っておいで」
「うん!」
花が咲いたような笑みを浮かべてロッカーに走っていく姿を東真はふわりとした笑顔で見守る。そして南央がランドセルを背負って戻ってくると、学童の先生に挨拶をして帰路に着いた。
「南央、今日のお夕飯は何食べたい?」
「んーとね、チーズのオムライス!」
「チーズのオムライスね。分かった。お兄ちゃん頑張るね!」
「あたしお手伝いする!」
「ありがとう。じゃあ、最後の仕上げのお手伝いをお願いしようかな」
いつもと同じ19時の帰宅。東真と南央は手を繋いで、時折視線と会話を交わしながら歩く。安くて壁の薄いアパート。壁に大きく掲げられている【ニューストーリー】の文字。階段を上がって1番奥の部屋にようやく着いたと頬を緩めた瞬間、ガタンッと大きな音がして東真は肩を跳ねさせた。
「び、びっくりした……」
東真は情けない顔で小さく呟きながら、音がした203号室のドアを見つめた。誰かが出てくることもなく時間が流れる。住人が何か物を落したのかもしれないと東真はそのまま自分たちの部屋の方に行こうとした。
けれど南央は金縛りにでもあったかのようにその場を動かず、ジッと203号室のドアを見つめる。もやもやと何か不安が渦巻く胸を小さな手でギュッと握り締める。
南央は普通の小学生ではなかった。具体的なことは分からない。けれど誰かの目の前に危険が迫っていると胸の奥がもやもやと苦しくなる。危険を察知する能力を持って生まれた。世に言う、第6感が鋭かった。
「南央? どうした?」
南央はハッとして東真を見上げる。焦りながらも考え込むように俯く。東真にはこの不可思議を知られてはいけない。南央は隠しきれていないそれを、必死に隠して生きていた。
「とーちゃん! あたし、えっと、お隣さんとお友達になりたい!」
目を泳がせながらそう言うと東真の手を早く早くと引っ張って、203号室のドアをべしべしと叩き始めた。東真は慌てて南央を止めると、チャイムを鳴らした。
「は……い……」
弱々しくか細い返事が聞える。ゆっくりとドアが開くと、今にも倒れそうなほどにふらついたスーツ姿の男がドアを支えに顔を覗かせた。もっさりした髪と眼鏡、整えきれていない髭とげっそりとした頬。東真は思わず目を見開いた。
「あの、お隣の大日向です。お騒がせして大変失礼しました。それで、あの、大丈夫ですか」
東真は南央がドアを叩いて迷惑を掛けたことを謝罪しようと考えていただけだった。けれどあまりにも生気を失っている男に眉を下げた。
「お隣、さん……?」
男はゆっくりと瞬きをしながら虚ろな瞳で東真を見上げる。スッと目が閉じられて俯くとそのまま再び顔を上げることはなく、男は黙り込んでしまった。
ぐぅぅぅぅ
代わりに返事をしたのは男の腹の虫。男が顔を歪めて薄く目を開ける。東真はあっと声にならないまま口だけを動かすと、人懐っこい笑みを浮かべた。
「これから夜ご飯を作るんですけど、良ければ食べに来ませんか?」
「えっと……」
「とーちゃんのご飯、美味しいよ!」
男はまた虚ろな瞳で東真を見上げる。けれどそれを遮るように南央が男の手を取った。ゆっくりと南央の方を見るや否や、そのまま男、
「手を洗ったら、横になって待っていてください。すぐに作りますからね」
キッチンで順番に手を洗うと、東真は文哉を支えてリビングのローテーブルの奥に自分の青い布団を敷いてそこに寝かせた。南央は自分用のピンクの座布団を文哉の傍に運んでそこに座ると、文哉をジッと観察し始めた。
「南央、お兄さんのことよろしくね」
「うん!」
東真は南央と文哉の様子を気に掛けつつも、青いエプロンを着て小さなキッチンで玉ねぎと人参、ハムとみじん切りと細切りの2種類に切り分けていく。みじん切りにした方はフライパンで炒めて、細切りにした方は片手鍋で茹でる。そこにそれぞれご飯や調味料を加えると、フライパンの方にはケチャップライス、片手鍋の方には雑炊ができあがった。
ケチャップライスを2枚のお皿に移すと、フライパンを1度軽く洗う。そしてチーズを混ぜた溶き卵を薄く焼き始めた。片手鍋の方にもチーズを混ぜずに溶き卵を加える。ケチャップライスに薄く焼いた卵を載せればあっという間に夕食が3人分完成した。
「南央、オムライス持って行ってくれる?」
「うん! 分かった!」
南央は文哉の観察を止めてキッチンに走る。自分のオムライスを東真から受け取ると、慎重に机に運び始めた。東真はその後ろから片手鍋とお椀、鍋敷きを運ぶ。もう一度キッチンに戻ると3人分のスプーンと自分のオムライスを手にローテーブルに戻った。
「お兄さん、起きられますか? ご飯できましたよ」
東真が軽く肩を叩きながら文哉を起こす。薄っすらと目を開けた文哉は、ぼんやりした目で東真を捉えた。
文哉は小さく頷くと、東真に導かれるまま青い座布団に座った。そして東真が片手鍋からお椀に取り分けてから、さらにふーふーと冷ました雑炊が載ったスプーンを無意識のまま口に含んだ。
「うまい……」
文哉は出汁の優しい味が口の中に広がり、腹に久しぶりの食事を入れたことでようやく意識が覚醒した。キョロキョロと辺りを見回して、見知らぬ高校生と小学生に声にならない悲鳴を上げて飛び退いた。
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