第38話 リムジンに揺られて


 強引に移動させられた東真たち5人は広々としたリムジンの中で走行中の振動に揺られていた。東真と西雅のギュッと握られた拳には、それぞれ文哉と司の手が重ねられている。物珍しさに落ち着きなく辺りを見回している南央の両手は、東真と西雅が捕まえていた。



「そんなに緊張しないでください。何か飲み物を用意しますか?」



 横並びに並んだ5人の前でにこやかに笑う島川原。その隣では井高がグラスに炭酸のドリンクを注いでいた。島川原はそれを受け取ると、余裕な笑みで南央の前に差し出した。



「南央、炭酸は好きかな?」


「嫌いです」



 余裕な笑みがピクリと引き攣った。けれどすぐににこやかな笑みを取り戻す。井高が冷蔵庫を開けて見せると、島川原はその中から小さな瓶を取り出して栓を開けた。



「それじゃあ、りんごジュースはどうだい?」


「オレンジが良いです」


「わ、分かった」



 南央が不満げに答えると、島川原の表情筋がピクピクと引き攣る。苦虫を噛み潰したような顔に、東真は慌てて頭を下げた。



「妹が申し訳ありません。まだ社交などは学ばせておりませんので」


「いや、いいさ。そうだ、東真は何を飲みたい?」



 東真が笑うと島川原は余裕そうな表情に戻った。文哉はその姿をジッと見つめていた。



「僕はりんごジュースをいただいてもよろしいですか?」


「ああ、良いよ。それと、そんなに畏まらなくて良い。私たちは親子なのだからね」



 優雅な笑み。西雅とよく似た顔に、司は奥歯を噛み締めた。けれど西雅がさらに拳に力を込めると、その甲を人差し指で柔らかく撫でた。



「西雅は何を飲みたい?」


「オレはいらないっす。オレはあなたの子でもないっすから」


「何をそんな。西雅も私の息子だろう? 私と四季の、ね」


「あんたが四季って呼ぶな」


「はっはっはっ! これは嫌われてしまっているね」



 西雅の鋭い声を、島川原は豪快に笑い飛ばした。そして急に笑いを納めると、スッと目を細めた。



「私が稼いだ金で暮らしておきながらよく言う。四季は東真よりも口座から金を引き落としているんだぞ? まあ、養育費として渡している分だから自由に使ってもらって構わないんだが」



 脅迫のような言葉。突き刺すような視線に西雅はヒュッと息を飲む。震え始めたその手を包み込む司の手にも力が籠る。



「おやおや、怖がらせてしまったかな?」



 冷ややかで乾いた、蔑んだ笑い。嫌悪を露にした文哉が心底不快だと伝えるように空いた手で中央のローテーブルを小刻みに人差し指で叩く。音が出ないギリギリの強さに、西雅と反対の手でスマホを握っている司が口角を小さく持ち上げた。



「あなたはお金を渡すだけで自分の罪をなかったことにできると本当に思っていらっしゃるんですか?」



 口調こそ丁寧だが、文哉は足を組んでいる。その態度に眉をピクリと動かした島川原は腕を組んで二の腕を指でトントンと叩く。



「新張さん、私には仕事があるんですよ。それぞれの家で育ててもらって後で迎えに行くのが1番効率的でしょう? 数年付き合って子どもができなければ別れる、子どもができればその時点で次に行く。最も多く子孫を残す最良の手ですよ」


「相手や子どもの感情は一切気に掛けないのですか?」


「気に掛ける、ですか? そんな必要はありませんよ。現に私は父の顔を雑誌で見るだけで、高校を卒業するまで会ったことがありませんでしたから。それでも父の子どもの中で最も優秀だったからこそ、この場にいるんです」



 島川原はポンッとリムジンの皮張りの椅子を叩く。島川原も母子家庭で育った。十分な金を父親から受け、母親はそれを上手くやりくりしながら島川原を有名進学校に入学させた。



「私の母は常々言っていましたよ。あなたは島川原カンパニーの子、努力すれば莫大な富と名声を得ることができるのですよ、とね。私はそのために努力したんですよ。努力してこの地位を得ました」



 島川原の目が満足気に細められる。狂気じみたそのオーラ。文哉は顔色1つ変えずにそれを見ていた。



「私は勝ったのです。父の他の子どもたちに。私が知る子育てとはそういうもの。何が間違っているというのですか?」



 シンとした空気が車内に充満する。誰も口を開かない。西雅は手の震えをそのままに顔を伏せている。司はその手を握り締めながら唇を噛み締めた。


 手を繋いだ先から感じる震え。南央が不安げに東真を見上げると、東真は穏やかな笑みを浮かべて返す。南央がホッと息を吐くと、それを見ていた文哉の表情も柔らかく緩んだ。けれどすぐに引き締め直して島川原を見据え直した。



「あなたは島川原カンパニーの子だと知っていたかもしれませんが、3人はそれを知らされずに生きてきたんです。同じ成長を求めるのは酷ではありませんか?」


「はっ、それでも私は金を渡している。その意味を汲み取ろうともせずにのうのうと生きているのであれば、東真も西雅も能無しだろう? 金を成長のために使わないなど、嘆かわしいにもほどがある」



 島川原は大きく足を組み直した。文哉が言い換えそうと口を開こうとした瞬間、東真がその手を絡め取った。突然のことに文哉が東真の方に戸惑った表情を向けると、東真は頼りがいのある穏やかな笑みを浮かべていた。


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