第39話 未来を切り開く


 東真が表情をそのままに島川原の方を見ると、島川原は笑みを仕舞い込んだ。その瞳には戸惑いと恐怖が浮かんでいる。



「養育費を毎月振り込んでいただいていることには感謝しています。ですがそれを笠に着て西雅くんを脅し、蔑むような真似をなさるのであれば。そうですね、あなたがしたことを世間に公表させていただきましょう」



 穏やかな表情からは到底想像がつかない冷徹な声。南央はぽかんと口を開けたまま、自分の耳と目を疑った。


 島川原のこめかみはピクピクと痙攣する。ここまで丁寧に接してきた東真に対しても、西雅に向けたものと同じ蔑んだ視線を送る。南央はヒッと声を上げたけれど、胸はもやもやすることはなくて首を傾げた。


 島川原はひくつく頬を引き攣らせて、無理やり笑みを作った。人を小ばかにする笑みではあるが、自尊心を傷つけられた怒りも込められた背筋が凍るような笑みでもあった。



「東真と西雅にはその名を轟かせるような有名私立へも入学できるだけの額を送っている。その上で生活費まで援助しているんだぞ? それなのにお前らはそこら辺の名も知れない公立校に通っているような能無しだ」



 島川原が吐き捨てるように言うと、その場の空気が凍り付いた。



「何が、入学できるだけの額ですか」



 吹雪が吹きすさんでいるかのようなその場所で、地を這うような声が島川原を絡めとる。島川原が恐怖に顔を歪める。その視線の先で東真は笑みを張り付けた顔の裏に般若をちらつかせた。



「知っていますか? 学校って、入学金以外にも制服や運動着、その他諸々にお金が非常に掛かるんです。それに、毎年お金を納入する必要があるんですよ? 有名校の入学金に足るだけの分を納入されても、その他のもののためのお金がなければ意味がないんですよ」


「し、知るかっ、そんなもの!」



 島川原は顔を真っ赤にして叫ぶ。その声と気迫にビクッと肩を跳ねさせた南央と西雅の手が震える。東真と司はそれぞれと繋いだ手に力を入れた。文哉はちらりとその様子を見ると足を組み替えて島川原に笑顔をみせた。



「ですが、これで知りましたよね?」


「な、何が言いたい」


「いえいえ。聡明なる島川原社長は目的のためなら自らの子どもを谷底に突き落とし、その上で養育費の支払いを躊躇わないようなお方と分かりました。そのような方であれば、学びを得た上で今後はどのように行動をなさるのか、もうお考えがおありでしょう? 流石でございます」



 文哉の言葉に島川原の頬はピクピクとひくついた。そのまま引き攣った笑顔を浮かべた島川原は、文哉と鏡写しになるように足を組んだ。


 この分が悪い状況を打開するための無意識の行動。仲間意識を感じさせるためのミラーリング。それを見た司は内心笑みを深めた。当然顔には出ていないが。



「当然ですね。今後はさらに増額して送金させていただきますよ」


「当然、南央の分もですよね?」



 両腕を広げて演説のように言葉を紡いだ島川原だったが、東真の言葉にピシッと身体を硬直させた。ギギギと油の切れたブリキのように腕を下ろした島川原が東真に視線を向けた。



「南央に、かい? どうして?」


「南央もあなたの娘なのでしょう? 南央の分は入学金すら納入されていませんでしたから。お忘れだったのかと思いまして」



 東真からの問い掛けに島川原は首を傾げた。島川原のその行動に東真も首を傾げる。島川原を疑うこともしない曇りなき眼。島川原はグッと息を飲んだ。



「も、もちろんだ。すまないな、入学年度を間違えていたようだ。来年からは納入させてもらおう」


「ありがとうございます」



 東真がにこやかに笑うと、島川原は肩を落として小さくため息を吐いた。それを文哉は見逃さない。ゆったりと組んだ足に肘をついた。そのまま頬杖をつくとニヤリと笑う。つくづく敵に回したくはない男だ。



「そうですよね。聡明で優秀な島川原社長が、今時女に学業は必要ないなどとは言いませんよね」


「あ、ああ。もちろんですよ」



 島川原は少しずつ小さくなっていく。隣でその様子を見ていた井高は憐れんだような目で自らが忠誠を誓った相手を見つめた。けれどリムジンが停車するとチラリと窓の外を確認して立ち上がった。



「社長、到着いたしました」


「あ、ああ。井高、彼らを応接間へ」


「かしこまりました」



 島川原は井高にその場を託して颯爽とリムジンを降りる。井高は恭しく頭を下げると、ひらりと東真たちに身体を向けた。



「改めまして、私は一様の従僕の井高と申します。これより皆様を一様のお屋敷の応接間にご案内いたします」


「従僕。営業部でのお姿は仮の姿ということですか?」


「いえ、どちらも私の表の姿でございます。執事になるまでは一様へお仕えすると共に島川原カンパニーへも貢献することがこの屋敷のルールとなっておりますので」


「なるほど」



 井高は文哉の納得を得たと認識すると先にリムジンを降りた。続けて司、西雅、南央、東真、文哉が下車する。


 その目の前に広がっていたのは島川原が生活している広々とした日本家屋がどこかには位置している敷地。木々が生い茂るその敷地の広さは、実に東真たちが暮らすアパートの10倍の面積を有していた。


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