第40話 島川原邸
井高に案内されるままに敷地を進む。至るところに木々が生え、鯉が住む池まである日本庭園。その池に囲まれた明治時代頃によく見られた形の日本家屋。そこが島川原家の屋敷だった。
池に架けられた橋を渡って、井高が静かにカラカラと引き戸を引く。塵1つないよう丹念に掃除された廊下を少し進むと、木でできた机を囲むように座布団が用意されていた。
応接室は和室でさながら旅館のような様相だ。床の間には掛け軸が掛けられ花が荘厳な花瓶に生けられている。襖には平安貴族の屋敷の様子が描かれ、この家の造りを寝殿造と関連付けようとしている魂胆が見える。
文哉と司は多少慣れた様子で座布団に腰を下ろす。対して東真と西雅は修学旅行の部屋のようだとキョロキョロと部屋を見回した。南央に至っては初めての光景に鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
「待たせたね」
島川原が遅れて応接間に入ってくると、文哉は3人を手招きした。東真と西雅を真ん中にして座布団に座らせると、その両サイドに文哉と司が座る。南央は文哉の膝の上に落ち着いた。
「早速だが、本題に入ろう。将来的には東真か西雅に私の後を継いでもらおうと思っている。だから2人の居場所については常に把握していた。予定では来年会いに行くつもりだったんだが、事情が変わった」
島川原はジッと東真と西雅を見据える。南央は大きな欠伸をして、ポスッと文哉に身体を預けた。
「今の2人に社長やこの屋敷を譲ることはできない。あと1年以内に将来性と社長たる人格と人徳を示せ」
島川原がそう言ったとき、スッと襖が開いて井高が入室した。そして6人分の湯呑みを並べると静かに退室した。
「それを示すことができた方に社長の座とこの屋敷を与える。当然引き継ぐのは何年か我が社で現場を学んでもらってからになるが、後継者となればこの屋敷に住まうことを先に認める。これまでの生活とはおさらばできるな」
島川原はニヤリと笑ってみせた。南央はすやすやと寝息を立てる。文哉はその背中をトントンと叩きながら東真と西雅の顔色を窺った。
東真と西雅はギュッと拳を強く握り締めて俯いていた。その姿はあまりにも同じ。2人が血を分けた兄弟であることを示しているようだった。
静かな部屋に南央の寝息だけが響く。島川原は南央を冷ややかな目で見ると、机に手をついて立ち上がった。
「今日の用事はこれだけだ。話したかったことは話せたし、屋敷も見せることができたからな。帰りは運転手と井高に送らせる」
自分が言いたいことが終わったから帰れ。その態度に文哉は眉を顰めた。司もチラリと腕時計を見ると小さく息を吐く。
「いくら父親といえど、その態度はいかがなんでしょうか?」
「ただの隣人のあなたが口を出すことではありませんよ」
冷ややかな言葉を残して島川原が襖に手をかけた。
「邪魔するわ」
ガシャンッという乱雑に玄関の引き戸を開ける音と共に聞こえた凛とした声。西雅はパッと顔を上げて声がした方に顔を向けた。
「間に合いましたね」
文哉がホッと息を吐いた司に視線を向けた瞬間、バンッと清々しいほど勢いの良い音がして島川原の前の襖が開いた。南央もビクッと肩を跳ねさせて飛び起きた。
「母さん!」
「四季」
「お久しぶりです、島川原さん。私の息子を返していただきに参りました」
四季はキッと島川原を睨みつけた。突然のことに島川原が怯んでいる間に、四季はひょこりと顔を覗かせて司に笑みを向けた。
「司さん、連絡をくれてありがとうございます」
「いえ、守りきれず申し訳ありません」
「大丈夫よ。むしろこの人にガツンと言ってやる機会がもらえて嬉しいわ」
四季はそう言うと改めて島川原を見据える。怯えを見せる島川原は1歩、また1歩と後退して元いた位置までジリジリと押し戻された。四季は笑みを浮かべてはいるが、目が笑っていない。圧の強さに東真もたじたじになっていた。
「先ほどまでのお話は司くんからの電話で全て聞いていました。相変わらず勝手な人ですね」
「勝手、だと?」
島川原の顔に憎悪が滲む。四季はそれに気が付きつつもわざとらしく大きなため息を吐いて両腕を広げた。
「ええ、勝手です。あなたの価値観以外を受け入れようとせず、自らがいつも正しいと思い込んで疑わない。そういうところを支えられる人間になりたいと思うほどに私はあなたを愛していました。けれどあなたは私と西雅を捨てた。百年の愛も冷めた今、私は西雅を守ります。たとえあなたを敵に回しても」
四季の気迫に島川原はグッと奥歯を噛み締めた。四季はそんな島川原を無視して西雅に手を差し伸べた。
「西雅。あなたはあなたが生きたいように生きなさい。この家を継ぎたいならそうすれば良い。他の道を生きたいならそうすれば良いの。もちろん東真くんも南央ちゃんも。こんな男の言うことをただ聞く必要はないわ」
四季は東真にも手を差し伸べて、2人を勢いよく立ち上がらせた。司も立ち上がると、文哉も南央を抱きかかえたまま立ち上がった。
「さ、帰りましょう」
四季はニコリと笑うと、島川原に恭しく頭を下げて応接間を出て行った。東真たちも連なるように出て行くと、島川原はその場で頭を抱えて蹲った。
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