第28話 初めてのファミレス


 イベントが終了する前に島川原は会場を後にした。イベントが終了すれば文哉と司も東真たちと一緒に会社を出る。子連れの社員も多くいることから、イベントの片付けは次の出勤日に行うと決めていた。


 近くのファミレスで5人で食事を取る。南央と西雅は日ごろ立ち入らない場所にそわそわして落ち着かない。東真はバイトをしているから場所には慣れているけれど、客という立場に慣れずにキョロキョロしている。



「なんか、司を初めてここに連れてきたときのことを思い出すわ」


「思い出さないでください」


「んな無茶な」



 司が肩を落とすと、文哉はケラケラと愉快そうに笑った。その様子を見ていた西雅はジッと司を見つめた。



「司さんでも緊張したんですか?」


「それはもちろん。僕も初めてでしたから」



 興味津々な西雅に、司は肩を竦めて頷いた。そして昔を思い出すように角の席に視線を送った。



「ほら、先に注文するぞ」



 そのまま思い出話に入りそうだった司を遮って、文哉がメニュー表を広げた。対面に座っていた東真ももう一冊のメニュー表を広げて南央と西雅の前に差し出した。



「僕は先に入力しちゃいますね」



 東真はエビグラタンを選んだ。文哉と司もサクッと注文を済ませる中、南央と西雅はじっくり吟味するようにメニュー表を捲っている。



「唐揚げ定食か、ヒレカツ定食か……」


「パンケーキか、オムライスか……」



 真剣に吟味する2人に、3人からほんわかと温かい視線が集まる。



「西雅くん、僕はヒレカツ定食を頼んでいるので少しあげますよ」


「良いんすか?」


「もちろんです」


「ありがとうございます!」



 西雅はパッと目を輝かせると、太陽のような笑顔を見せた。それから覚束ない手つきでタブレット注文を済ませると、ホッと一息吐いた。



「うーん、うーん」



 南央は隣で西雅が決めてしまったことに焦りながらもジッと考える。視線がパンケーキとオムライスの間で揺れ続ける。その姿を見つめる4人の目はとろりと蕩けているが、南央は膝の上でギュッと手を握りしめた。


 その手に東真の手が重なる。南央が東真を見上げると、東真はニコリと柔らかく微笑んだ。



「どっちを選んでも大丈夫だよ。もう1個も食べたかったら、お家で作ってあげるから」


「じゃあ、パンケーキのお絵かき、お家でもできる?」


「できるよ。たくさん焼いて、たくさんお絵かきしよう」



 東真の言葉に南央は目をキラキラと輝かせた。南央はパッとオムライスを指さして、東真を見上げる。



「あたし、これが良い!」


「うん。あ、入力もやってみる?」


「うん! やる!」



 南央は東真に教えてもらいながらタブレットを操作した。注文を完了すると、タブレットを手にくふくふと満足げに笑った。



「あ、ドリンクバー注文するから貸して」



 タブレットは南央の手から文哉の手に渡る。東真はその言葉にハッとして手で制すと、財布を開いて小さな紙きれを取り出した。



「これ、バイト先でもらったものなんですけど、良ければ使ってください」



 東真が差し出したのはドリンクバーのクーポンだった。文哉は一瞬目を見開いたけれど、すぐにニッと笑ってそれを受け取った。



「ありがと」



 文哉はそこに書かれた番号をタブレットに入力していく。ドリンクバーを5人分注文し終えると、いくつかサイドメニューも追加する。他に頼みたいものがないことを確認すると、注文を確定した。



「よし。注文完了。交代でドリンク取りに行くぞ。飲み放題だ!」


「わーい!」



 文哉の言葉に東真と西雅は目を見開いた。南央は両手を上げて喜んだけれど、東真の様子を見て不安げに手を下げた。



「えっと、そんなにお金ないですよ?」


「ん? 大丈夫だよ、俺の奢りだし。それにもう頼んじゃったからさ。こうなったら飲まないと損するぞ?」



 文哉がニヤリと笑って見せると、東真は呆れたように笑って頷いた。その様子を窺うと、西雅はグッと拳を握った。



「食べ放題と飲み放題は元を取れ。母さんの教えっすからね。南央ちゃん、行こ!」



 西雅が声を掛けると、東真の顔を窺ってから明るい笑顔を浮かべた南央がピョンッと立ち上がった。



「司、先に2人と行ってきてくれない?」


「はい。西雅くん、南央ちゃん、行こうか」



 司は南央の背中を押して、口頭で西雅を案内しながらドリンクバーに向かう。それを見送った文哉は、真剣な顔で東真に向き直った。



「ごめんな。ちょっと東真と2人で話したくて」


「はい?」



 キョトンとして首を傾げた東真は、ひとまず居住まいを正して文哉を見据えた。



「さっきの社長のことなんだけど」



 文哉が話を切り出すと、東真の表情が固まった。文哉はキュッと口を横に引き結ぶと、手を組んでその上に顎を乗せた。



「もしかして、どこかで会ったことがあったりする?」


「いや、その、どこかで見たことがある気がしただけなんです。でも、それが思い出せなくて気になっては、います」



 東真も会場でぼんやりしていた自覚があった。しかし本当に島川原をどこで見たことがあったのかの記憶がなかった。



「そっか。良かった、って言って良いのかは分からないけど、ひとまず良かった。東真があの人に昔何かされたことがあったのかもしれないと思って、不安だっただけなんだよ。まあ、企業の社長の御曹司なんてそう会う機会もないだろうけどな」



 文哉は眉を下げて笑った。東真はその言葉に笑って返そうとして目を見開いた。笑いきれていないその表情に、文哉は眉を顰めた。



「どうした?」


「思い出した、かもしれません。帰ったら確認してみます」



 東真がそう言ったとき、南央がオレンジジュースを手にパタパタと走ってきた。ハッとそちらに気を向けた東真は南央からコップを取り上げて走らないよう注意する。


 文哉はその横顔を見ながら、何とも言えない不安を覚えた。


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