第29話 母の思い出
ファミレスでの食事を終えて、司と西雅と別れた3人は帰宅した。お土産のお菓子とおもちゃを部屋の隅に置いて手洗いを済ませると、東真は押入れの上の棚に入れていた2つの段ボール箱を取り出した。
「それは?」
「母さんとお母さんの遺品です。どこかの写真に写っていた気がしたんですよね」
文哉はスーツから部屋着に着替えながら、東真がそれぞれの段ボール箱からアルバムを取り出すのを見ていた。合計4冊。東真の母は1冊、南央の母は3冊残していた。
「ママのアルバム?」
「そうだよ」
まず東真の母のアルバムを開こうとしていた東真は、南央の期待の籠った目を見てそれを端に置いた。南央の母が残したアルバムは、南央が生まれたところから始まっていた。
「これ、南央ちゃん?」
「はい。可愛いですよね」
南央だけの写真や南央と南央の母のツーショットが並ぶ。どこで撮ったか、何があったか。思い出を思い起こさせるには十分なアルバムだった。
「とーちゃんは写ってないの?」
「僕は最初から一緒に住んでいたわけじゃないからね。南央が2歳のときに一緒に住むようになったんだよ」
「あ、この辺りからか」
2冊目のアルバムを開くと中学生の東真が写っている写真が貼られていた。その3人で暮らしたアパートの前で3人で撮った写真を皮切りに、東真も思い出に参加するようになった。
「たくさん写真を撮って残していたんだな」
「お母さんにとってアルバムは、自分が子どもたちを愛せているのか確認するための手段だったんです」
東真の寂し気な表情に、文哉は前に聞いた東真の話を思い出した。データで写真を残せる時代にわざわざ現像をし続け、写真と共にメモを張る。そこにはぎこちなくても愛そうとしていた南央の母の努力が滲んでいた。
写真に写る姿にも、南央の母と東真の笑顔にはぎこちなさがある。けれどそれも3冊目に入る頃には大分薄れていた。
「お互いにぎこちなさが消えて行っているのが分かるね」
「中学校の卒業式の日、初めてお母さんって呼べたんです」
「本当だ。メモがある」
東真の卒業式。南央の姿はなく、南央の母と東真の2人だけが納められた写真。その隣に南央の母の字で、東真のお母さんになれた記念日、とメモが張り付けられていた。
「お母さんも嬉しかったんだね」
「そうだと、思います」
東真は頬を掻いて笑う。そして3冊目の中盤で写真が終わる。最後の写真は病室で撮影されたもの。泣き腫らした目をした南央がベッドに横になる南央の母に抱きしめられて、その隣で東真が泣き笑いを浮かべている写真だった。
「可愛い娘と、優しい息子。愛してる」
文哉が貼られていたメモを読むと、南央はポロポロと涙を零した。いつもならその身体を抱き締める東真は目を見開いたまま固まってしまって動かない。
「ママ……」
「南央ちゃん、おいで」
文哉が広げた腕に、南央はポスッと収まった。文哉は静かに涙を流し続ける南央の背中を擦りながら東真を見守る。東真の瞳も次第に潤んで、その内にほろりと涙が零れ落ちた。
「東真くんもおいで」
呼ばれても動けない東真。文哉はアルバムを避けて、東真の腕を引いて強引に抱き寄せた。静かに涙を零す2人の背中を擦りながら、窓の外に視線を向けた。まだ空は青い。
「2人のお母さんは、本当に2人が大切だったんだね」
文哉が言葉を零すと、南央がさらに大声を上げて泣き始めた。
「あ、あたしっ、あたしがっ、ママ、をっ」
東真はグッと涙を堪えて、譫言のように言葉を繰り返す南央に手を伸ばした。南央は文哉に抱き締められたまま東真にも抱き締められた。それでも落ち着くことがなく、次第に呼吸ができなくなった。
「南央ちゃん? 東真くん、ちょっとごめんね。南央ちゃん、俺の顔見れる?」
文哉は東真から腕を離して、南央の顔を正面から覗き込んだ。東真は瞳を不安げに揺らしながらも南央の背中に手を当ててゆっくりと擦る。
「南央ちゃん、俺と一緒にふーってして。いくよ?」
文哉が目の前でお手本を見せながら、東真がそれに合わせて背中を撫で下ろす。南央は震えながらその動きに合わせて呼吸を繰り返す。何度か繰り返してようやく呼吸が落ち着くと、疲れたのかそのまま眠りについてしまった。
「南央?」
「大丈夫、寝てるだけ。布団敷いて寝かせてやろ」
「はい」
文哉は南央を東真に預けてサッと布団を敷いた。そこに南央を寝かせると、震えている東真の手を握って温めた。
「大丈夫だ。東真、落ち着いていてくれてありがとな」
「いえ、文哉さんがいなかったら」
東真は言葉を切ると、目を閉じて首をふるふると横に振った。短く切り揃えられた髪がサラリと揺れる。文哉はその髪を梳くように撫でてやった。
「南央のせいじゃ、ないんです」
「ん?」
「お母さんが亡くなったのは、病気のせいで。お母さんは忙しくて検診とかちゃんと受けられてなくて」
東真はたどたどしく言葉を探す。文哉はそれをジッと黙って聞いていたけれど、東真の肩が怪しく揺れたのを見て東真の肩に手を置いた。
「ストップ。一旦落ち着いてから話そうな? お茶淹れてくる」
東真が頷いたのを確認してから文哉はキッチンに向かった。人知れずため息を零した文哉は、ポケットで震えたスマホに気が付かなかった。
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