第25話 イベントに浮かれる


 月末、東真と南央、西雅は文哉と司が務めている会社の前までやってきた。東真と南央は文哉と司がプレゼントした私服を身に纏っている。西雅はオフでも高校のジャージだ。



「で、デカいっすね」


「うん、こんな大きな会社で働いているんだね」



 西雅と東真が顔を引き攣らせて尻込みしている横で、南央はキョロキョロと辺りを見回した。そして会社の入り口の方を見てパッと笑顔を浮かべて大きく手を振った。



「つかさくん!」



 南央の声に気がついた司は、一緒に案内係をしていた同僚に声を掛けてから東真たちの前に駆け寄ってきた。スーツを着ている姿を初めて見た3人は、ほうっと声を漏らしながら司を上から下までマジマジと観察した。



「そんなに見られると恥ずかしいですね」


「あ、ごめんなさい」


「いえ。今日は来てくれてありがとうございます」


「こちらこそ誘ってくれてありがとうございます」



 司と東真が頭を下げ合う。その姿に南央と西雅は吹き出した。司と東真が南央と西雅の顔を交互に見ながら戸惑っていると、西雅は笑い過ぎて目に浮かんだ涙を拭った。



「友達なのにそこまでペコペコします?」


「いや、これは礼儀というか」


「そうそう。礼儀だよ」



 西雅の言葉になおも同じ顔で困惑している司と東真。その姿が西雅には余計にツボに入ってしまって、さらに笑い出す。これには南央もキョトンとしてしまう。



「東真くん、西雅くん、南央ちゃん。よく来たな」


「文ちゃん!」



 どこからか現れた文哉に南央が抱き着くと、文哉はひょいっと抱き上げた。それから笑い転げている西雅に首を傾げたけれど、特に気にすることなく南央の頭を撫でた。



「もう会場には入れるから、行くぞ」


「はい」


「は、はい……」



 先頭を歩く文哉に東真は着いて行く。息も絶え絶えになりつつ笑いながらその後ろを歩く西雅。その隣に並んだ司は肩を竦めた。



「西雅くん、笑い過ぎですよ」


「だって、2人がおんなじ顔するからっすよ」


「そんな顔してた?」


「はい、マジで一緒でした」


「そっか」



 西雅の言葉に司は少し浮ついた表情を浮かべた。西雅はその表情を見て笑いが治まった。噛み締めるような笑みを浮かべて静かに歩く。


 揃って会社に入ると、一礼して顔を上げた2人の受付嬢の表情がピシッと固まった。その視線は文哉と抱っこされた南央に注がれている。思わず南央が文哉に強く抱き着くと、文哉も守るように抱き締め直した。



「あの、新張主任! まさか、お子さん、ですか?」



 そのまま通り過ぎようとした5人に、1人がたどたどしく尋ねる。足を止めた文哉は南央と顔を見合わせた。それからあっと口を動かすと、ニッといたずらっぽく笑って頷いた。



「そう。この子俺の子なんですよ」


「ん? あたし文ちゃんの子?」



 南央が素直に首を傾げる。その姿に文哉は笑みを深めると、コクリと頷く。次第に顔が原型を留めないほどデロデロに蕩けて、残念なイケメンになっていく。



「そうそう、パパって呼んでみて」


「文哉さん、南央に変なこと教え込まないでください」



 驚きながらも素直に受け入れそうになっている南央に、東真がストップをかけた。そのまま南央を文哉から奪い取ると、頬を膨らませて文哉を見下ろした。



「あははっ、ごめんごめん」


「全くもう」



 反省の色が見られないまま軽快に笑う文哉に東真は肩を竦める。南央は東真を見上げると、心底不思議そうな顔をした。



「とーちゃん、あたし文ちゃんの子なの?」


「違うからね。騙されちゃダメだよ?」


「はぁい!」



 南央は返事をすると東真にしっかり抱き着いた。そのまま東真の胸に顔を摺り寄せると、ほわほわと笑みを浮かべた。



「ま、俺の子ではないけど、大事な子ですよ。じゃあ、失礼しますね」



 文哉は一礼してその場を立ち去る。司も頭を下げるから、釣られるように東真と西雅、南央もぺこりと頭を下げて2人を追い掛けた。



「ま、まさか」


「ええ、まさかじゃないかしら!」


「あの新張主任がメロメロなのね!」


「主任の家の壁になりたい」


「じゃあ、私は天井!」



 その場に残された受付嬢たちは文哉と東真に視線を送りながらきゃいきゃいとはしゃぐ。周りでやり取りを見ていた人たちの中でも一部文哉と東真に熱視線を送る姿が見られる。


 そんなあらぬ疑いを掛けられていることなど露知らず。5人は会場となる広間に到着した。文哉と司がドアを押し開ける。中の様子が見えた瞬間、東真と南央と西雅は目を見開きながら大きな笑みを浮かべた。



「ようこそ。おもちゃとお菓子の世界へ」



 文哉がこのイベントのテーマを口にすると、東真と西雅は足元を確かめるように1歩ずつゆっくりと会場に足を進めた。3人の目はキラキラと輝く。


 カラフルなエアー遊具、ミニカーのレース会場、そしておままごとを始めとしたクラウントイズが開発したおもちゃが体験できるコ―ナー。その中で何よりも視線を集めているのは中央に置かれた大きなガチャガチャ。



「遊んで良いの?」


「もちろんです」



 司の返事に、南央は東真の腕からピョンッと飛び降りた。今にも駆け出しそうなその手を取った西雅は、しゃがんで視線を合わせた。



「南央ちゃん、はぐれないように手を繋いで行こ」


「うん! とーちゃんも行こ!」


「うん、たくさん遊ぼうね」



 南央が伸ばした左手を東真が握る。軽い足取りでエアー遊具の方に向かう3人の背中を、文哉と司は安心したように見つめてから追い掛けた。


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