第26話 おままごとが始まらない


 文哉と司が見守る中、3人はエアー遊具を楽しんだ。ひとしきり遊んでおままごとのコーナーに行くと、南央が主導しておままごとが始まる。



「あたしがケーキ屋さんで、さいがくんもお店の人ね。とーちゃんと文ちゃんとつかさくんはお客さん!」


「よっしゃ、よろしくお願いするっすよ、店長!」



 ノリノリで南央と同じエプロンを首から下げた西雅は、ケーキ屋さんを模した小さな小屋に膝立ちで入る。南央も隣に立つと、2人でケーキを並べた。


 お客さん役の3人が膝立ちで歩きながらお店を覗く。男4人を侍らせる少女に周囲の視線が集まるけれど、5人はそれを気にする様子はない。


 膝立ちでのおままごとにすっかり慣れている東真と文哉、西雅は動きにためらいがない。対して司は初めてのおままごとに微笑みを引き攣らせていた。それに気が付いた西雅は、自分の頬に人差し指を添えてクイクイと持ち上げてみせた。



「司さん、人の良さそうなお客さん役をお願いするっす」


「人の良さそうな……」



 司は自分でも頬を人差し指で持ち上げる。西雅がグッと親指を立てて返すと、司は手を離して笑顔をキープした。



「可愛らしい店長さんだね」


「文哉さん、普通に言ったらそれはセクハラですよ」



 西雅による司への演技指導をよそに、通常運転の文哉。東真が呆れながらツッコむと、南央はケラケラと笑う。



「でも可愛すぎない?」


「当たり前じゃないですか」


「それもそうか」



 周りを気にせず堂々と普通の声量で交わされる会話。演技指導を終えた司と西雅は2人に呆れた視線を送る。その視線に気が付いた文哉と東真は2人に真顔を向けた。



「まさか、うちの子が可愛くないと?」


「いや、文哉さんの子ではないです」



 その顔を向けられた司と西雅は顔を見合わせると、こちらも真剣な顔で頷いた。



「南央ちゃんが可愛いなんて当たり前っす」


「南央ちゃんは癒しの力を持ってると思います」


「うむ、よろしい」



 文哉が頷く隣で、東真もコクコクと頷く。そんな4人を見守る南央はケラケラと笑い続けている。この不思議な会話を聞いた周囲が何かの宗教かと錯覚しても、ある意味否定はできないだろう。



「もう、やるよ! いらっしゃいませ!」



 笑ってはいたものの、流石にしびれを切らした南央の一声でようやくおままごとが開始された。買い物をしながら西雅の叩き売りが始まったり、文哉が南央を口説いて東真に止められたり。はちゃめちゃなコメディが展開され続けた。



「社長!」



 おままごとに集中していた文哉と司の意識は、その単語で現実に引き戻される。2人が声がした方に顔を向けると、そこには高級なスーツを着た島川原カンパニー社長、島川原しまがわらはじめが立っていた。



「東真くん、南央ちゃん、西雅くん。ちょっとごめん。挨拶してくるな」


「僕も行きます。ごめんね」



 文哉と司は社長の方に向かう途中、営業部の担当者と合流した。それから社長の傍に行くと、名刺を差し出して挨拶を済ませた。



「この度は御足労いただきありがとうございます」


「いえいえ、私は当日には会議で出席できないので今日参加させていただこうと思いまして。お邪魔して申し訳ありません。私は勝手に見て回りますので、お構いなく」



 島川原はそう言って微笑むと、秘書と島川原カンパニー側の担当者を引き連れて会場内を歩き始めた。



「初めてお会いしましたけど、島川原社長って若いですね。海善寺さん、何か知ってます?」



 営業部の担当者が聞くと、司は一瞬言葉に詰まった。けれどすぐに微笑みを張り付けて返した。



「今年40歳だと聞いていますよ。去年前社長が亡くなって、息子の現社長に代替わりしたんです」


「あはは、流石ですね。企業のトップの情報についての耳が早いって噂は本当なんですね」



 嫌な笑みを浮かべた営業部の担当者が茶化すように言うと、司は曖昧に笑った。



「なあ、俺は戻るけど司はどうする?」



 不躾に間に割って入った文哉に、営業部の担当者は面食らった顔になった。司は詰まっていた息を吐くと、肩の力を抜いて微笑んだ。



「もちろん戻りますよ」


「だよな。じゃあ、営業部くん、また」


「大石です。失礼します」



 営業部の担当者は一瞬眉を顰めたけれど、すぐに笑顔を張り付けて立ち去った。



「まったく」


「あの、ありがとうございます」


「べつに。うちの家訓はやられたらやり返せ、だからな」



 いたずらっぽく笑った文哉は、司の肩をポンポンと叩いた。



「司は優しいけど、それが自分を苦しめてたら意味がないからな。いくら親から聞いて知っていても、守秘義務とかなんとか言って誤魔化しても良いんだぞ」



 文哉はそう言い残して東真たちの元に向かった。司はその背中に深く頭を下げた。


 司の母親は著名なマナー講師。そのため生徒には社長やその子息も大勢いる。そこで知り合った人と仲良くしていても、司はどこかの企業の社長の息子ではない。それを勘違いして意地の悪いことを言う輩は社内にも多かった。


 顔を上げた司は東真たちの方に向かおうとして、足を止めた。かつて良くしてくれた人の息子である現社長。視界に入ったその男が誰かをチラチラと見ている。その視線の先を追いかけて、司は眉間に皺を寄せた。



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3月28日に木曜日なのに投稿してしまったので、3月31日は休載します!

また4月1日にお会いしましょう!


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