第35話 ご飯は愛
西雅は唐揚げを飲み込むと、小さく笑いながら視線で次に食べるものを物色した。
「オレ、ちゃんと食べられるようになってからは給食もたくさんおかわりしてるんすよ。そのおかげか身体も大きくなったんすけど、高校は給食じゃないっすからね。またちょっとずつ食べる量が減ってたら、母さんに怒られたっす」
「なんて?」
文哉が興味深そうに聞くと、西雅はお弁当箱から視線を上げて文哉を見据えた。
「私が稼いでいるのは、西雅が元気に育つためだから気にするな! って。ご飯を食べないで身体を壊したときの医療費の方が掛かる、とも言われましたけど」
東真はその言葉に大きく頷く。もはや四季の立場に立ってしまっている。東真は自分が食事を抜いてでも南央に食べさせることを選ぶ。南央が食べない選択肢を取れば四季と同じことを言ってでも食べさせる。
「四季さんは西雅くんを心から大切に思っていますからね」
「まあ、そうっすね」
司に改めて言われると、西雅の頬がほんのりと赤くなって下を向いてしまった。
「あー。次どれにしよっかな」
「さいがくん、このスケスケのまきまき美味しいよ」
「マジ? じゃあ南央ちゃんのおすすめにしよーっと」
再びお弁当を物色し始めた西雅に東真と文哉、司から温かい視線が注がれる。そして難しい話よりもご飯が好きな南央に誘われて、西雅は見慣れない野菜とエビの巻物に手を伸ばした。
「わっ、美味っ、なんすかこれ!」
1口食べてすぐにその食べ物の虜になった西雅は、パッと顔を上げるとキラキラした瞳で司を見つめた。司ははにかむように笑うと、自身もそれを箸で摘まんだ。
「生春巻きです。細切りにしてレタスで巻いた生野菜とエビを纏めてライスペーパーで巻いて、チリソースの代わりに今日はシーザードレッシングをかけてみました」
南央のための辛さ対策もバッチリだ。南央は説明を話半分に聞きながら2つ目に手を伸ばしている。その頬はゆるゆると緩んでいて、司はそれを見て頬を掻く。
それを見て苦笑いを浮かべた東真は、南央の肩をちょんちょんとつついた。南央は首を傾げるけれど、相変わらず口はもごもごと動いている。
「南央、ちょっとは説明聞いてあげて?」
「聞いてるよ? でも美味しいから手とお口が止まらないの」
「そっか、止まらないのか。じゃあ仕方ない!」
何故か作った本人でもない文哉がデレデレと南央を肯定すると、司の顔にも呆れの色が浮かんだ。東真は肩を竦めて文哉をムッと睨んだ。
「文哉さん、あまり甘やかしすぎないでくださいね?」
「うーん、それはごめん」
文哉が潔く諦めてしれっと笑うと、東真と司はため息を漏らした。それを見て西雅と南央がケラケラと笑う。なんとも平和な時間。
お弁当の半分近くを西雅が食べて昼食が終わった。文哉と西雅が片づけをして、南央もそれをせっせと手伝う。そして片付けが終わると、南央は司を指名して一緒に手を洗いに向かった。お茶を1口飲んだ東真は、よっと立ち上がった。
「すみません、ちょっとトイレに行ってきますね」
文哉は声にも顔にも出さずにどうしようかと考えを巡らせる。東真を1人にしても大丈夫か、だけど一緒に行ってしまえば今度は西雅が1人になってしまう。トイレはその場からも目が届く位置にある。何かあってもすぐに駆け付けられる。
「分かった。なるべく早く戻ってな。俺も行きたい」
「分かりました」
文哉はニッと笑って東真を送り出す。東真もクスリと笑いながら頷くと、駆け足にトイレに向かった。
東真がトイレに辿り着く頃、水道にいた南央は急に胸を抑えてしゃがみ込んだ。司は慌てながらも視線を合わせるように自分もしゃがみ込む。
「南央ちゃん、どうしましたか? どこか痛みますか?」
南央はふるふると首を振る。そしてゆっくり顔を上げると、何かを探すように辺りを見回した。
「とりあえず、向こうに戻りましょうか。抱っこしますね」
司は南央を姫抱きで抱き上げると、揺れないように気を付けながらも駆け足にレジャーシートの方に向かった。
その姿に気が付いた西雅が首を傾げると、文哉もそちらを見た。そして立ち上がると、レジャーシートに到着した南央の顔を覗き込んだ。
「南央ちゃん、どうした?」
心配そうに顔を覗き込むと、その手が胸元をギュッと握り締めていることに気が付いた。南央の顔に視線を戻すと、顔が青ざめている南央の頭をゆっくりと撫でた。
「南央ちゃん、もしかして、胸がもやもやしてる?」
南央はコクリと頷く。文哉は内心では焦りながらも最大限に優しい笑みを浮かべた。
「分かった。教えてくれてありがとうね」
自分もその力に助けられた。西雅のことも助けた力。そして聞いたばかりの南央の母親の話。文哉には南央のその力のことを疑うことはできなかった。
文哉はサッと周囲に視線を巡らせる。南央、西雅、司、そして文哉自身。4人がいるその場所に危険が迫っているような異常はない。
そうなれば、残る可能性はただ1つ。文哉はバッと東真が向かったトイレの方を見た。
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