第13話 南央のおかげ
固まっている文哉と西雅を避けて、東真はしゃがんで南央と目線の位置を合わせた。
「南央、西雅くん、帰ったらダメなの?」
「今は、だめなの」
西雅の足から手を離した南央は、瞬きを繰り返して零れそうな雫を押し留めながらも東真を真っ直ぐ見つめる。その目をジッと見つめ返した東真は、ふわりと笑顔になって頷いた。
「分かった。僕からもお願いするからね」
東真が南央の頭をそっと撫でると、南央はホッと肩の力を抜いた。東真はそれを確認して一つ頷くと、立ち上がって自分より少し高い位置にある西雅の目を見つめた。
「西雅くん、南央が良いよって言うまでの間だけ、うちにいてくれないかな?」
「それはもちろん良いっすけど」
西雅は何が何だかといった様子で頷くと、背負ったリュックを置いてリビングに戻った。全員でぞろぞろとリビングに戻ると、何とも言えない空気が漂う。南央に注がれる困惑と疑念が籠った視線。南央はそれに耐えかねて俯いてしまった。
「南央、おいで」
両手を広げて待つ東真。南央はその胸に飛び込んで頭をぐりぐりと押し付けた。壊れ物を扱うように頭を撫でられると、南央の緊張していた頬が緩む。
「えっと、それで、オレはどうして今は行っちゃいけないんすか?」
状況を受け流しきれなくなった西雅が問いかけると、南央の手に力が籠って東真のシャツに皺が寄った。東真はその手に自分の手を重ねると、包み込むように握り締めた。
「信じてもらえるか分からないんだけど、南央は特殊能力というか第六勘というか、そういうものがあって。今は危ないとか、こうしなくちゃ危険だなっていうのをもやもや感じられるんだ」
「凄いっすね」
「そのもやもやに従ったから飢え死にしそうだった文哉さんを見つけられたんだよ。僕はもう南央に後悔させたくないから、南央の勘は信じるようにしてる」
東真の言葉に、南央が小さく唇を噛む。文哉はそれが見えていたけれど、深く聞くことはしなかった。代わりに南央の顔を覗き込んでニッと笑った。
「ということは、今俺が生きてるのも南央のおかげなんだな。ありがとな」
空気を塗り替えるような明るい声に、南央は東真の胸に埋めていた顔を上げた。笑顔を向ける文哉と目が合うと、力なくではあるが笑顔を浮かべた。
「そういえばさ、東真くんと西雅くんって何委員会なの?」
「急っすね」
「暇つぶし」
「学芸委員会です。オルガンの見回りのシフトが重なってて話をするようになったんです。ね?」
西雅が肩を竦めると、文哉はニヤリと笑いながらピースサインを返した。東真は南央を膝に抱えたまま会話に参加する。
「はい。その後オレがスーパーで買い物してるところで会って、お互いの家の事情を知って、なんか似てるってことで仲良くなったんすよ」
「家の事情、は西雅くんには聞かない方が良い感じ?」
「いえ。母子家庭ってだけなんで。オレの母親は看護師してて、夜勤の日とかは一人で飯食わなきゃいけないんすけど、オレ料理できなくて。そこを東真さんに助けてもらってる感じっすね」
「なるほどね」
文哉はふんふん、と納得すると深く息を吐いた。
「二人とも凄く頑張ってるのに、高校生にお世話になりっぱなしの社会人ってどうなんだろ」
トホホ、と明後日の方を向く文哉に、誰も何も言えず。曖昧に笑いながら東真と西雅は視線を交わし合った。
「あ、もやもや消えた」
微妙な空気を割くように、南央がパッと表情を明るくした。東真はホッと息を吐くと西雅に視線を送った。
「もう大丈夫みたい」
「それじゃあ、オレは帰りますね」
「うん。だけど念の為周りに気を付けて帰ってね?」
「はい。ありがとうございます」
西雅は改めて立ち上がると、三人に見送られながらリュックを背負って部屋を出ていった。
ぐぅぅぅぅ
「あれ、何か鳴ったね?」
「鳴っちゃった」
静かになった玄関に響いた南央のお腹の音に温かい空気が流れる。
「ご飯にしようか。えっと、文哉さん、ご飯の盛り付けお願いします。南央はお箸お願い」
「ん。了解」
「はーい!」
東真のお願いに、文哉と南央は顔を見合わせて笑う。先にキッチンに向かう南央を見送って、文哉ははにかんでいる東真の背中を軽くポンッと叩いてから南央を追いかけた。
全員で配膳をして、昨日より早く食卓にお皿が並んだ。揃って手を合わせて挨拶をして。食べ始めた頃に東真のスマホが着信を告げた。
「ちょっとすみません」
「はいよ」
東真が断りを入れてからスマホを開くと、西雅からメッセージと写真が届いていた。
『ちょっと前に車が歩道に突っ込んだらしいっす。歩行者の怪我人はいなかったみたいっすけど、タイミングによっては巻き込まれてた可能性もあったっす。南央ちゃんのおかげで命拾いしたんで、ありがとうって伝えといてください』
添付されていた写真には、確かにこの近所の道路で車が歩道に乗り上げている様子が収められていた。車のフロントは大破している。追突していたら怪我で済んだか分からないだろう。
「西雅くんからでした。直前に車が歩道に乗り上げたみたいで。南央に、引き留めてくれてありがとうってメッセージくれたよ」
南央は西雅からの伝言を聞くと、ホッと肩の力を抜いた。そして生姜焼きを一枚大きな口を開けて食べると、花のように笑った。
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