第14話 可愛いは正義
一週間、南央と文哉は血の滲むような努力を繰り返した。東真が折り紙遊びに参加しようとすれば作るものを急遽変更し、学校からのお便りに誕生日に東真に渡す予定の手紙を挟んだまま東真に渡してしまったときは文哉が気を逸らしつつ即座に回収した。
東真は時折首を傾げながらも、南央にも何か考えがあるのだろうと見逃していた。
「明日だね」
「ああ。南央ちゃんは明日東真くんとお買い物に行くでしょ? 俺は司と会う約束があるってことになってるから、その間に司と西雅くんと一緒に準備しておくね」
「うん! お願い!」
東真の入浴中、先にお風呂を済ませた南央と文哉はこそこそと明日の計画について話し合う。文哉は大日向家でのお泊りがあの日から続いていた。
文哉はこっそり連絡先を交換していた西雅を含め、司と3人で話を進めていた内容を南央にも共有する。南央は1つ1つに対してコクコクと頷いた。
「部屋でやることは俺たちがやるから、南央ちゃんは東真に悟られないように、普通に、ふつーに振る舞ってね? 1番難しいけどできるかな?」
「できるよ!」
首を傾げて問いかけた文哉に、南央は両手を握り締めてふんすと気合を入れた。それを見た文哉は後ろにフラッと倒れた。
「文ちゃん!」
南央が慌てて文哉の顔を覗き込むと、文哉は安らかに目を閉じていた。南央が肩を揺すっていると、お風呂から上がった東真が髪をタオルでバサバサと乾かしながら南央の隣に腰かけた。
「南央、文哉さん寝ちゃった?」
「分かんない。急にパタッて倒れちゃったの」
「あぁ、南央が可愛かったんだね。気持ちは分かる」
「とーちゃん?」
「ほら、文哉さん。南央が心配してるから起きてください」
きょとんとしている南央をよそに、東真は文哉の肩を揺する。結構荒々しい。出会って2週間とは思えないくらい雑な扱いに文哉は堪らず吹き出して飛び起きた。
「悪い悪い。もう南央ちゃんの可愛さに慣れたかと思ったけど、豪速球が直撃しちゃったら耐えられなかった」
「文哉さん、南央の可愛さは日々更新されますから。慣れたと油断すると死にますよ」
「相判った」
仰々しく正座した文哉に今度は東真が吹き出す。南央はキョトンとした顔で2人を交互に見ていたけれど、んふふと笑みを零した。
「とーちゃんも文ちゃんも楽しそう」
「南央のおかげだよ」
「うん。南央ちゃんがいてくれるから、俺も東真くんも幸せなんだ」
2人の言葉に南央はパッと花のような笑顔を浮かべる。
「じゃあ、じゃあ。ご褒美に今日はあたしが真ん中で寝て良い?」
目を輝かせる南央に、東真と文哉は顔を見合わせた。そして同時に後ろ向きに倒れ込んだ。
「可愛い」
「正義」
2人の間に挟まれた南央は顔がくしゃくしゃになるくらいの笑顔を浮かべて、2人の肩に顔を擦り付ける。口元を抑えて悶えた東真と文哉は顔を見合わせると、ふっと笑い合った。
そして東真は南央の頭を撫で始めると、文哉は南央の手を握り締めた。しばらくゆらゆらしながらクフクフと笑っていた南央は、温かさの中で微睡んで眠りについた。
「寝ちゃったな」
「はい、寝ちゃいましたね」
文哉が身体を起こすと、遅れて東真も起き上がった。静かに南央の寝顔を眺めていると、2人の頬は自然に緩んだ。
「よし、東真くんは頭を乾かしておいで。俺は布団敷いておくから」
「はい。ありがとうございます」
ひとまず南央を連結させた3人分の座布団に横たえると、東真はキッチン側に置かれた棚からドライヤーを引っ張り出した。南央を起こさないように控えめな音で乾かし始める。
文哉も東真と同じように、音も風も立てないように静かに布団を2枚並べた。東真と南央の布団はサイズが同じ。だから文哉が真ん中の隙間ができる位置で寝ていた。朝には東真の布団に潜り込んでいることが多いが。
「南央を真ん中にするなら、布団の下に座布団敷いておく?」
「そうですね。というか、文哉さん。いつもみたいに俺の布団に潜り込もうとしたら南央潰しちゃうんで、気を付けてくださいね」
東真が冗談めかして軽く言うと、文哉はムッと口を結んで考え込んだ。
「いや、どう考えても寝ている間は気を付けようがないんだけど」
「あははっ、頑張ってください」
東真は真剣な顔で答えた文哉に笑いを堪えきれずに笑うと、文哉は頬を膨らませた。けれど東真が文哉から目を離して鏡に向き合って毛先の跳ねの対策を始めると、南央を見つめるときと同じ目で東真を見つめた。
「文哉さん?」
髪を整え終えた東真が文哉を振り返ると、ボーッとしていた文哉に首を傾げた。文哉はすぐにいつもの少し砕けた雰囲気が垣間見える笑みを浮かべると首を横に振って、敷き終わった布団に南央を移動させた。
それから座布団を回収して布団の間に敷き詰めると、その上に南央を寝かせて東真を手招いた。
「東真、寝るぞ」
「はい」
東真はいつもの位置に潜り込む。そして南央の方に身体を向けると、すっかりお泊りに慣れた文哉も南央の方を向いていた。もう1度南央の寝顔を堪能した2人。ふと視線を上げると、必然的に目が合うことになった。
東真はすぐに視線を逸らすと、布団にもぞもぞと潜り込んだ。文哉は目を見開いてその様子を見ていたけれど、すぐに表情を緩めた。甘く蕩けるような優しさが滲んだ表情を東真が見ることはなかった。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
もごもごしている東真の声に小さく笑みを零した文哉は、部屋の明かりを静かに暗くした。
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