第10話 胡春の思い

 ※紫胡春視点です


 私、紫胡春は幼馴染の蒼井亜希に恋心を抱いている。

 そのことに気がついたのは、ずっと前、小学生くらいの頃だ。


 *


「こーはーるー!あそぼー!!」

「うん」


 何かと話しかけてくる亜希のことは、いろいろと意識していた。亜希も私も小学生だったから、身長差はほとんどなかったけど、亜希はわたしにとって一步上にいる存在だった。

 勉強も運動も私のほうができるのになんでだろうと考えても答えはすぐに見つからなかった。


 亜希と遊ぶのはただただ楽しかった。亜希も楽しそうにニコニコしていて、常に明るかったのだ。


 ある日をきっかけに、とかではない。そんな亜希に徐々に惹かれていったのだと思う。

 初めは友達としての好意だと思った。でも自分の中では亜希はそれ以上に特別で友達として表すのは不適当な気がした。


 亜希の笑顔を見ると幸せで胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。些細な仕草が可愛らしくて、喉がつっかえて言葉が出なかった。


 その気持ちの正体にはすぐに気がついた。


「恋だ…」


 私は思わずつぶやいていた。一緒に遊んでいた時だったと思う。私たちは家が近かったこともあってしばしば遊んでいたのだ。お互いの家とか、近くの公園とかで。


 私が言ったことを微かに亜希は聞いていた。


「ん?どうした胡春?」

「なんでもないよ」


 軽く笑って誤魔化すと、亜希は不思議そうに私を見た。


 可愛いな…。


 自分の想いに気がついても、私はどうしていいか分からなかった。亜希は私の好意をどう思うかなんてわからないし、今まで通りに話せなくなってしまうのは嫌だった。


「こーはーるー!!私の話聞いてる?」


 亜希はぷくーっと頬を膨らませている。その仕草を可愛らしいなと思った。


「ごめん。ちょっと考え事してて」

「もーしょうがないな。胡春は」


 亜希は優しいから、私がどんなことをしても怒らない。でも怒らないからこそ不安になるのだ。そんな亜希に見放されてしまったら、私は生きていける気がしない。


「ねぇ、亜希」

「どうしたの?」

「なんでもない」


 ただ名前を呼んでみたくなったなんて言えない。でもこれで自分の気持ちに確信が持てた。

 名前を呼んだだけでドキドキした。その事実は十分な収穫だった。


「最近胡春、体調悪い?」

「いや…」

「だって、さっきだって考え事してるって言ってたし、今だって意味がないのに名前を呼んできたり」


 こういう時だけ勘がいいのが亜希だ。普段なら気づかれることなんて無かったのにと思う。


「うんん。ほんとに大丈夫よ」


 私は誤魔化した。亜希に嘘をつくのは良心が傷んだ。でも本当のことを伝えるのは絶対に嫌だった。

 恋愛事とかに興味はなさそうな亜希の、綺麗な心を穢してしまうような、そんな気がした。


「それならいいんだけど」


 亜希は納得してなさそうに頷いた。その様子に内心安堵するも、罪悪感のほうが上回った。


 *



 想いを伝えないまま時は過ぎて、高校生になった。私と亜希との身長差はさらに開いた。

 そして幼馴染という固定された関係性から抜け出したいと考えるようになった。

 でもどう関係性を一步進めようとしても、亜希は全く私のことを意識してくれない。


 亜希の私への認識を変えたくて、勉強を頑張った。

 亜希にすごいと言ってもらいたくて、夜遅くに一人でスポーツの練習をした。

 ちょっとだけ下心を持って亜希に触れた。

 亜希に想いを伝えてくて出た言葉を喉元で止めた。


 ただ私という人間が持つスキルが増えていくだけで一向に関係は変わらない。一步踏み出す勇気があれば、と思うこともあった。


「ねぇ。亜希は彼氏とか作らないの?」


 私が告白をされているのをこっそりと影で見ていた亜希の目が輝いていたのに嫉妬した。もしかしたら好きな人でもできたのかと不安になった。だから率直に聞いてみた。


「彼氏ね…私はそういうのはいいかな」

「そう?欲しいって思ってるんじゃないの?」

「なんでよ」

「だって私が告白されているとき、羨ましそうに見てたから」

「別に。まあキスとかはしてみたいけど…」


 その言葉を聞いて、チャンスなのでは?と思ってしまった。亜希がキスに憧れているのなら、その流れにかこつけてしてしまおう!


 なんで彼氏はほしくないのに、キスをしてみたいのかはわからないけど、胸の鼓動が高鳴った。


「私を好きにしていいよ」


 私は亜希からキスをして欲しかった。想いが一方通行なのは嫌だから。

 私にとってだって、亜希だって初めてのキス。無論ドキドキだってした。

 亜希のベッドに横たわる。なんというかちょっとエッチな雰囲気にしたかった。決してこのまま最後まで致してしまおうなんて、考えてはない。


 亜希は緊張しているのかなかなかキスをしてくれない。


「ホントにするの?」

「うん。なんならそれ以上まで、好きにしていいよ」

「いやいや。それ以上は恋人同士がすることでしょ!」


 恋人同士がすること、か。


 私としては幼馴染という関係のままでもやぶさかではない。


「じゃあしていい?」

「お好きにどうぞ」


 私は緊張を悟られないように、余裕そうな振りをした。

 亜希が私の頬をそっと押さえる。


「あっ…」


 ただ頬を触られただけなのに、思わず声が出てしまう。


「変な声出さないでよ」


 亜希はおふざけだと思ったようなので、ごめんごめんと平謝りをする。緊張してだんだん頬が熱くなる。それを亜希に気づかれてなければいいなと願った。


「じゃあいくね」


 亜希は何度もする素振りを見せてなかなかキスをしてくれない。でも今回は正真正銘のいくね、だった。


 ゆっくりと亜希が近づく。そして心臓の鼓動はピークに達する。逃げたいけど、亜希がしっかりと頬を押さえているし、私がベッドに横たわってしまったせいで、私は一切の抵抗ができなかった。


 えっ、いきなり唇にするの…。


 初めて触れたお互いの唇。しっとりとしていて甘い。好きな人とのキスはこんなにも心地よくて、心が踊る。してしまえばさっきまでの緊張は嘘みたいに消えて、満足感だけが残った。


 そして私はその味をずっと忘れないと誓った。


 *


 そして私は今日、亜希にテストで負けてしまった。亜希に負けないために勉強していたわけではなく、ただ頭がいいなと思ってもらいたいという好感度稼ぎのつもりだったが、負けると悔しい。


 私の成績が下がった原因は、直前の体調不良と、亜希とのキスだ。

 初めてのキス以来、勉強しようと机に向かっても亜希のことしか頭に浮かばないのだ。

 だんだんと亜希への想いが強くなって、自分でも制御が効かなくなっている。


 それはまずい…。


 私は一途だなと思う。亜希以外の誰かならどうにでもできたのに、幼馴染だからこそ超えてはいけない一線があって、そのせいで私は一人で苦しんでいる。


 私は亜希を惚れさせたい。幼馴染としてではなく、恋愛対象として。


 最近は愛結という新しい仲間も増えて、亜希と二人っきりになる時間が減った。このまま疎遠になるのかもと考えると一人で焦ってしまう。


「本当に、亜希のことが好きなんだな…」


 私は一人で布団に横たわって、つぶやいていた。

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