第15話 日陰と匂い
テストも終わり、その後の休日も終わり、今日は終業式の日。
「亜希ちゃん!明日から夏休みだね〜」
今日も今日とて、胡春と登校していると、愛結が話しかけてくる。そう思って振り返ると、両手を広げて突進してくる愛結の姿が…。
「あーゆー。苦しいから…」
全力でぎゅっとされて、愛結の豊満な胸が私の顔にあたり、息がし辛くなる。なんというかすごい柔らかい。っていうかこれ素でやってるのか…。
もしこんなことをされようものなら、好意があると解釈する人も多いのでは?と思ってしまう。
「愛結…。亜希が困ってる」
胡春がボソッとつぶやく。不機嫌そうだけど、気のせいだよね!
「むぅ。じゃあ胡春ちゃんにも」
愛結は私から腕を離して、今度は胡春の方に行く。
「ちょっと、あゆ…」
「うぉりゃー!!」
胡春は愛結の腕の中に消えていった。
仲睦まじそうで何よりだ。胡春はちょっと嫌そうだけど、愛結にとってボディタッチは日常茶飯事だし…。
「はいはい。それまでにして。そろそろ教室に行かないと遅刻しちゃうよ」
そう言って私は胡春の袖を掴んで引っ張る。
なんというか、胡春が取られちゃう気がしたというか、ちょっとだけモヤッとしたのだ。
嫉妬ではないと思うけど、何なのかはわからない。ただ胡春と愛結がくっついていって寂しかっただけかもしれない。
もしかして、私が愛結と一緒にいると、胡春が不機嫌なるのってこれと同じなのでは?なんて考えたりも。
「急にどうしたの?亜希ちゃん。普段はそんなんじゃないのに…」
私の異変に気がついたのか、愛結はそう聞いてくる。
私だってなんでそんなことを言ったのかわからない。むしろこっちが教えてほしいくらいだ。
胡春は私の幼馴染で、別に私のものじゃない。ただ他も友だちよりも仲が良くて、一緒にいる時間が長いだけ。
なのに…。
「ふふーん、嫉妬だね。亜希ちゃんも胡春ちゃんのことが大好きなんだね!!」
愛結はそうからかってくる。
「胡春のことは好きだよ!」
私は幼馴染として、胡春のことが好き、なんだと思う。でも最近はよくわからない。
「えっ、それ天然でやってるの。恐ろしい…」
愛結は変わったものを見る目で私を見た。胡春はちょっと恥ずかしそうにしてる。
もちろん私は変な意味で言ったわけではないし、あくまでも幼馴染として、だ。
それでもなんというか、変な空気だった。
*
学校につくと、夏休み前日とあってか、クラスメイトのテンションが高い。
遊びの予定を立てるもの、先の定期テストで赤点の補習があると嘆くもの。色々な声が混ざり合っていよいよ夏本番という感じだ。
「こーはーるー。暑いよー」
「そうね」
教室はなんというか暑かった。冷房がなぜかついていないし、教室の中の熱気が凄まじかった。
それなのに、胡春は澄ました顔で暑さを感じさせない。私なんかは溶けてしまいそうなのに。
私は腕をまくって、ボタンをひとつだけ開ける。
「ちょっと、ボタンを外すと…その…見えちゃうわよ」
「あっ」
私は急いでボタンをつける。変に誘惑しているの思われるのは嫌だし、私は純潔な乙女なのだ。
「胡春は暑くないの?」
「暑いけど…あっ、じゃあ外に行かない?日陰ならここより涼しいかも」
「そうだね!!ナイスアイデア!!」
始業まで時間があったので、私たちは教室をでる。愛結は部活のミーティングがあるとかでいなくなっちゃったけど。
校舎裏のベンチまで来ると、涼しく感じられる。まだ朝だし、そもそも教室の熱気がおかしかったのだ。
蝉のミンミンとなく音。刺してくるような太陽の光も日陰なら大丈夫だ。
「亜希も隣に、座って!」
胡春は、私をベンチに手招きするので、端っこに座る。
「ありがと…。涼しいね」
ひんやりとした風が頬を撫でる。それが汗に当たって、むしろ冷たいくらいだ。
「そうね。あの…もう少し近づいてよ」
「えっ」
「…なんというか、むしろ寒いのよ…」
少し間を開けて、胡春がそう言う。
「まあ…胡春がそう言うならいいけど」
確かに少しだけ肌寒い。それはワイシャツ一枚だからかもしれない。
私はずるずると少しずつ、胡春に近づく。胡春が望むならどんなことでも、やぶさかではない。
私たちはずっとそういう関係だし、そもそも相手が嫌がると思うことは決して望まないのだ。
風が胡春の紫色の髪をゆらゆらと揺らす。私はそこまで髪が長くないから、少しだけ羨ましく感じる。
こてっと腕に、体重がのしかかる。
「ちょっ、胡春…」
「ちょっとだけ」
寄りかかってきた胡春を初めは引き剥がそうとしたけど、いまはする気にならない。
ワイシャツをまくった胡春の腕は思ったより細いし、肌も白い。
なんというか、か弱そうな印象を受けたのだ。
もちろん私の方が背も小さい。だけど、なんというか庇護欲をくすぐられたというか、目の上のたんこぶだった胡春を身近に感じたのだ。
ふわっと香る、胡春の甘い匂い。
柔軟剤のものなのか、それとも胡春が発するフェロモンなのか。なんて考えてしまう。我ながら変態だな…。
「亜希っていい匂いがする…」
胡春は私の髪を一房だけ
「ちょっと、なにすんの…」
「別に…亜希の匂いが恋しくなっただけよ」
「何ていうか…恥ずかしいから…」
汗をかいているから、変な匂いだってするかもしれない。胡春はいい匂いだけど、私はそうじゃない。
柔軟剤にも気を使っているわけじゃないし、胡春みたいにいい匂いを常に発しているわけではない。
でも幼馴染の匂いが恋しくなる、というのは少しだけ分かる。
胡春の匂いは落ち着くし、一緒に遊んだあとに胡春の匂いがするとまだ隣にいてくれているような気がするのだ。
「ふふふ、照れてる亜希はいいわね」
「なんでそうなるの…」
胡春は恥ずかしがっている私と対照的になんとでもなさそうな表情だ。
背中を合わせたまま、二人っきり。風が吹くと髪が揺れて、葉が擦れる。
この状況はちょっとだけ特別に感じられる。
「ねぇ、そろそろ戻ったほうがいいんじゃない?」
もうここに来て、体感だが結構時間が経った。
「もうちょっとだけ…」
そう思ったけど、胡春はまだここに居たいようだ。教室は暑いし、ここは静かで涼しいからだろうか。
「まぁ、ちょっとだけなら…」
私もここにまだ居たいと思った。
涼しいし、胡春と2人でいると落ち着くのだ。たまにドキドキと心臓がうるさいくらいになるけど。
あぁ、ずっとここに居たいな…。
なんてことを考える。もちろん終業式が始める前には教室には戻るのだが。
「私、亜希の水着姿が見てみたいわ…」
「へ?」
「だってこの前私は着て見せたのに、亜希のは見れてないもの」
「いや…去年と同じだよ…」
去年の夏、私は胡春とプールに行った。レジャー施設も兼ねた大きなプールで、私も水着を買ったり張り切ったものだ。
「それでも、よ」
最近はなんだか、今まで以上に胡春が私に興味を持ってくれているようだ。
初めてキスをしてから、胡春の何かが外れてしまったかのように、少しずつ関係性が変わっていっている。
手をつなぐのにも、一緒にお風呂に入るのも意識してしまったり、何回もキスをしたり。でもそれはなかなかに心地良いもので。
幼馴染という関係が崩れて、別のなにかに変わっていく。そんな気がする。
幼馴染としての親愛なのか。家族愛に近いものなのか。はたまた恋愛感情なのか。
私はおかしい。胡春相手にドキドキして。そういうのは、恋愛的な意味で好きな人にするものなのに。
「ねぇ、胡春はさ…」
私は少しだけ、間を空けてしまう。
「どうしたの?」
「…あの…胡春は、…私と、その…キス、をするときに、ドキドキしたりするの?」
緊張してうまく言えない。そもそもキスのことを話題に出すのが、少しだけ憚られるのだ。
でも胡春はして当たり前だと思っているらしいし、私だけが変に意識しているのは嫌だ。
「もちろん、ドキドキするわ…。だって亜希だもの…」
「そ、そっか」
何故私だと、ドキドキするのかは胡春にしかわからない。
でも、私だけじゃないとわかったのはちょっとだけ嬉しかった。
「最近は、亜希といると、隣にいるだけでも、ドキドキしちゃうわ」
「へ…。それって…」
「変な意味で。かもね」
からかってるんだよね…。
ふふっと笑った胡春。でもその表情は少し恥ずかしそうで、桃色に顔を染めている。
え、いや。流石にマジじゃないでしょ…。
胡春に好意を向けられるのは、きっと嫌じゃない。幼馴染として、家族のような仲間として。
でも私は胡春がどういう思いなのか、正確にはわからない。
単に”好き”と言ってもいろいろなものがあるわけで。必ずその形が一緒になるとは限らないのだ。
「そろそろ、戻ろ。こはる!」
私はそう胡春に言った。火照った体は、だいぶ冷えた。
「うん。さすがに終業式をサボるのはね…」
この前の体育の時みたいに、胡春とキスをして、授業に遅れるみたいなことはごめんだ。
少し二人っきりの時間が恋しいのか、胡春は私の手をぎゅっと強く握って、そのまま一緒に教室に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます