第17話 海水浴と好きなもの

 真っ青な海。熱々の砂浜。そして真っ白なビキニを纏った胡春…の肩の下についているキスマーク。


「じゃ、泳ぎましょ!」


 胡春は私の手を引く。

 それはいいんだけれども、キスマークを隠すような素振りはないのが気がかりだ。

 私が吸った、胡春の鎖骨下。そこは内出血で少し赤く染まっている。

 しかも、胡春の白い肌がそれを強調させている。


「うん…」


 私はどうしていいのかわからず、曖昧な返事をする。


「どうしたの?」

「いや…あの…大丈夫なの?」

「あぁ、これね」


 私の視線で胡春は察したようだ。


「別に気にすることじゃないって言ってるのに…」

「でも…」


 私の心に罪悪感だけが残る。ちょっとした意趣返しのつもりだったのに。


「キスマークって、相手を自分のものだって示すマーキングみたいなものだから…別にあってもいいわ」


 なおさらだめじゃん!


「亜希がそうしたいんだな…って思っただけ」

「いや…あの…」


 そうやって言われるとそうな気がする。あのとき、唇を離さなかったのは胡春を独り占めしたかったから。


「亜希がそう思ってくれて嬉しいってだけ」


 そうやって解釈されるとは思っていなかった。


 まるで愛の告白だし、だけど私がしてしまったのはそれと同等のことかもしれなかった。


 胡春のことは好き。

 だけどそれが恋愛感情かはわからない。昔は友情だからとすぐに否定できたけど、いまはそうじゃない。

 胡春への好きという感情がちょっとずつ私の中で変わっていって、頭を埋め尽くす。


 まだ、わからない。どんな感情なのか。


「そんなに思い詰めるほどのことじゃないのに…。さっ、泳ぎましょ!」

「うん」


 気にするのは馬鹿らしいなと思った。胡春がいいと言ってるのだから。


 私は砂浜をビーチサンダルを履いて歩く。

 さっきまでは耳に入らなかった、大きな波の音。頬を擦る潮風の香り。肌を刺してくる陽光。


「胡春。日焼け止め塗らなきゃね」

「そうね」


 私は砂浜の端っこにレジャーシートを広げ、荷物を置く。そしてカバンから日焼け止めを取り出す。


「亜希…。私に塗ってくれてもいいのだけど…」

「いや…自分で塗って」


 私はそっけなく答える。胡春がそうやって挑発してくるから、さっきみたいにキスマークをつけてしまったりしてしまうのだ。

 それに今、胡春の肌に触れるのはどこか憚られる。しかも、ただ触るのではなく、塗るという行為は…。

 恥ずかしいとかそういうのじゃなくて、ただ罪悪感と向かい合わなきゃいけない気がしたのだ。


「…仕方ないわね」


 胡春は不服そうにつぶやく。そんなことをされると申し訳なくなる。そもそも私だって触りたくないわけではないのだ。

 胡春の触り方は優しいから心地いい。触るのも、胡春が私だけのものみたいで好き。


 日焼け止めを手に出して、顔に腕にお腹、露出しているところ全てに塗る。私も胡春も普段は外で遊ばないから、どちらかと言うと色白な方だから、日焼けをすると目立つし肌も荒れちゃう。

 できるだけ綺麗な肌でいたいし、そもそも女子高生と日焼け止めは切っては切れない関係性だと思う。


 なんて考えていると…。


「あっ、亜希ちゃん!」


 よく聴き馴染みのある柔らかい声。声がした方を振り向くと、ふわっとした金髪の愛結だ。

 黄色のビキニに、豊満な胸がこれでもかと主張する。スポーツが得意な愛結だからか、少しだけ腹筋が垣間見える。胡春とは別の良さがあるというか…。


「えっ、なんでいるの?」

「あー。2人でデート中だったのー!!邪魔してごめんね」

「いやいや。そんなんじゃないからっ!」

「うんうん。相思相愛だからね。亜希ちゃんと胡春ちゃんは」

「だから…そういうのじゃないって」

「…そっか…」


 愛結を海に誘わず2人で来てしまった手前、気まずい。そうやって茶化してくるのがありがたいくらいだ。


「えっ。胡春ちゃん」


 愛結はぎょっと驚きを隠せない様子だ。


「ん?どうしたの?」

「いや…あの…その…なんでキスマークが…」


 あっ。


 どうやら、愛結もピュアなようで…。それを聞く表情は緊張気味だった。胡春は何事もないような、感じだけど。


「あー。これね。亜希がつけた」

「へ?」


 えっ。


 うぅ。と私はうずくまる。愛結の視線がいつもより冷たいような気がしたのだ。それに私がキスマークをつけたのは事実だから何も言えない。


「2人ってそういう関係だったんだ…知らなかった」

「ちっ、違うから!」


 私は必死に否定する。キスマークをつけたのは私。だけど決してそういう関係ではなく、ただの幼馴染。

 今回は気分が乗ってやりすぎちゃったけど、いつもはそんなことしない。


「でも、亜希から、キスしてくれたわ」


 それって私が胡春のことを好きすぎてしちゃったみたいじゃん!


 胡春はふふんと自慢するように言う。私は恥ずかしいんだけど。

 どうやら胡春は私とキスをしたことを愛結に言ってもノーダメージのようで…。


 違うんだよ、愛結!


 私は心の中で叫ぶ。いや、何も違くはないけど、胡春の言い回しが絶対に誤解を招いている。


「だから…あの…違うんだ。愛結!」

「じゃあ、聞かせてもらおうか。亜希ちゃん」


 愛結は乗り気だ。


「胡春がそうするように仕向けたというか…」

「うむ。要するに2人は相思相愛ということで、付き合っちゃおう!」


 なんでそうなるの!!


「いいわね」

「いや、なんでよ…」


 胡春はそれに便乗してからかってくる。

 幼馴染に感じる好きがよくわからないわたしにとっては、付き合うなんて別の世界のお話。そんなことは到底現実になり得るなんて考えられない。


「そ・れ・よ・り!なんで2人で海に来てるの!!私を誘ってくれても良かったのに!!」


 愛結はぷくっと頬を膨らませて怒る。

 さっきの話を愛結は冗談半分に受け流してくれたようでありがたい。私たち3人の関係が変なことでギクシャクするのは嫌なのだ。


「ごめんって。今度は一緒に遊ぼうね!」


 私はそう言って愛結の頭を撫でる。そうすると愛結の表情は徐々に柔らかくなっていった。


 *


 家族と来ていた愛結は、「じゃ、2人の邪魔はしないから」などと言って去ってしまった。

 個人的には胡春を意識してしまうので緩衝材として、愛結にはいて欲しかったけどそうは行かない。

 初めに誘わなかった手前、何も言えないのだ。


「じゃあ、私たちも入ろっか」

「そうね」


 日焼け止めを塗り終わり、海へ向かう。ビーチサンダルを脱ぐと、太陽に温められた砂が直に足に当たって、熱い。


 でもそんな足で、海に浸かると熱が奪われて、すごく冷たい。


「きもちーよ!!」


 一足先に海に入った私がそう言うと、胡春もちょこんとつま先をつける。


 ひゃっと高くて可愛らしい声を上げる胡春。本人は恥ずかしかったのか、顔を赤くしてるけど。

 太陽は燦々と照っていて、肌を刺す。日焼け止めを塗ったから、そこまで気にならないが暑いものは暑い。


「もっと沖のほうに行ってみようよ!胡春!」


 私はそう言って胡春の手を引いた。


 *


「ふぅ。こんなに泳いだら疲れるね…」


 さっきの気持ちを誤魔化すために全力で遊んだ。泳いだり、浮き輪に乗ってプカプカと浮かんだり。


「うん。そうね」


 海から上がった私と胡春。


「お腹すいたなー。お昼どうする?」


 時間はもうすぐお昼。泳いだこともあって、お腹はペコペコだ。


「実は、私がお弁当作ってきたんだ!」

「えっ、じゃあ食べようよ!」


 ふふんと誇らしげに言う胡春。可愛い。

 私は胡春の手料理が好きだ。なんというか温かみがあって。それに食べ慣れているから家庭の味みたいなものかもしれない。


 私たちは荷物を置いていたレジャーシートに戻る。ビーチパラソルとかがないから日焼けが心配だけど上は羽織るし、日焼け止めも塗ったから大丈夫だろう。


 胡春は座って、カバンからお弁当箱を取り出す。パカッと開けると、黄色に輝く卵焼きにおにぎり、そしてハンバーグなどなどたくさんのものが詰まっていて宝箱のようだ。


「うわぁ。おいしそう!」


 私は胡春の隣に座ってそういった。


「じゃあ、食べさせてあげる。はい、あーん」

「え?」


 胡春は卵焼きを箸で挟んで私の口元まで持ってくる。


「だって箸、一つしかないし。だから」

「わざとでしょ!」

「さーね」


 お弁当を作ってもらった立場なのでそこまで文句は言えず。私は卵焼きをぱくっと食べる。ほのかに甘みが広がって、そんでもって甘すぎない絶妙なラインで美味しい。


「美味しい。ちょっと甘くて私が好きなカンジだ」

「そう?亜希の好みは把握してるから」


 まぁ、十年近く一緒に居たら好みだって把握してくるのかもしれない。今度は私が胡春好みの卵焼きを作ってやりますよ。


 あれ…。


「胡春がどれくらいの甘さの卵焼きが好きなの?」

「うーん。私もこれくらいかな。亜希が好きなものが好き」


 よく考えてみると私は胡春が好きなものを知らない。胡春は私と一緒にいると嬉しそうに笑ってくれているけど、なにを考えているのだろう。


 そんな言葉が頭によぎった。


 私は胡春に気を使わせてばかりだったから、知ろうとしなかったのかもしれない。


「私、胡春が好きなもの、よく知らない」

「もう、そんな悲しそうな顔で言わなくても…」

「だって私は胡春に甘えてばっかりで、気を使わせてばかりだし」

「そんなことないわ…。それに亜希のお世話なら喜んでするのに…」

「そんなことされたら、胡春なしじゃ生きていけなくなっちゃう」


 冗談まじりにそう答える。でも事実胡春は私を甘やかしてくれるから、お世話なんてされたら堕落した生活すること間違いなしだ。

 それに胡春をひとりじめだしね。


「それはそれでありがたいけどね。亜希が一番優先だから」


 本当に、どこまで本気で言ってるんだか…。


 胡春なしじゃ生きられない生活も魅力的だけどね。


 私は口を開けて、催促する。そうすると胡春がハンバーグを口の中に入れてくれる。


「うんうん。おいしいよ!胡春大好きー!!」


 私は下心とかなしに胡春に抱きついていた。



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