AFTER DAYS① 甘やかしと恩返し
胡春とお付き合いを始めて、数ヶ月。季節は夏から冬へと移り変わった。
林間学校の思い出は色褪せることを知らず、昨日のことのように思い出すことができる。
「ねぇ。胡春!」
私は隣を歩いている胡春を呼ぶ。
幾度となく呼んできたこの名前にも私のたくさんの思いが詰まっていて、声にするだけで胸が高鳴る。
「どうしたの?」
私と胡春の関係はあんまり変わっていない。
放課後はどちらかの家で宿題をしたりお話をする。
キスをするのはたまにだけ。前よりもずっと大切でドキドキするからだ。
恋人という実感は湧かないけど、胡春が私を大切にしてくれていると思えるのがなによりも幸せだと思う。
「今日はさ…。勉強とかしないで胡春とくっついていたい」
自分でも何を言っているのか、わからない。でも胡春を好きになってからずっと、触れていたいし片時も離れたくないと思ってしまうのだ。
「いいけど…。亜希も甘えん坊さんだね」
胡春は私の頭を髪が乱れないように、ゆっくりと撫でてくれる。少しだけくすぐったくてそわそわするけど、この感覚はいやじゃない。
「そうなのかも…。だからさ、今日はうちに泊まっていってよ!」
私は胡春に対して正直過ぎるかもしれない。付き合い始めてからは、甘やかしてほしいし甘やかしたい。
それにただ一緒にいたいだけなのだ。
「うん。私もそうしたい」
「よかった」
私が胡春に本音をすぐに伝えてしまうのは、そうすると喜んでくれるからかもしれない。いまだって私が誘ったら表情が明るくなったし、いつもそうなのだ。
「亜希。好きだよ」
胡春は照れ屋さんだ。滅多なことでは恥ずかしがらないのに、こういうときだけ可愛いくらいに顔を赤くする。
そういうところが、ずるい。
「どうして急に…」
「突然伝えたくなるときもある…から」
「そっか…。私も好きだよ。胡春」
こういう愛情表現はできるだけしたい。不安とか嫉妬も吹き飛ぶし、心が温まる。
だとしても胡春に好きだと伝えるのは全く違う。
私の幼馴染で恋人で一番大切な人。
家族とも、はたまた大好物のパスタとも違う。側にいると安心できるのに、ちょっとだけ落ち着かないときもある。
「胡春はさ。私のどこが好きなの?」
愚問なのはわかっている。けど気になったものは仕方がない。
好意にそもそも理由が存在するのだろうか。具体的に、なんて言われたら、私だったら答えに詰まってしまう。
「うーん。全部、だけど…」
「なんかごめん。聞いた私のほうが恥ずかしい…」
「私だって恥ずかしさを堪えて言ったのに…」
「それは…嬉しかったけど…」
「亜希がそうなら良かった」
ふっと笑った胡春を私はただ眺めていた。
*
私の家はいつも通りだ。胡春と付き合い始めても、私の心がどうなってもそのまま。
内装も家具の配置も変わらなければ、ちょっとした小物が変化するだけ。
でもどこか自分の家にいる気はしない。
そわそわして、落ち着かない。胡春は何度だってうちに来たことはあるし、ずっと前は気にならなかったのに。
それは、私と胡春が手を繋いで、肩を寄せ合っているからだろうか。
「亜希…その…くっついているだけって、本当にそのままの意味だったの…」
私の服と胡春の服。どちらも擦れ合って、バチバチと静電気が踊る。少しでも動くとこうなるのだ。
「うん。そうだけど…。どうかした?」
「うんん。なんでもない」
「変なこと考えてた?」
頬を赤くした胡春の様子をみて察する。
「いやぁ…。ちっ、違うよ」
「そっか…。胡春がそうなら…」
胡春がそのつもりなら私だって嬉しい。
胡春とキスをするのは相変わらず好きだし、そもそも付き合っているのだから問題はない。
私のほうが積極的にいってしまうから胡春はたじろぐことが多いけど、その時が1番可愛いのだ。
私は手を握ったまま、ゆっくりと胡春に近づく。そっと顔を近づけると甘い香りがする。その香りはチョコ、というよりケーキのようだ。ふわっとしてて包容力のある胡春ならではだと思う。
私は手に少しだけ力を入れる。
「ちょっとあき?」
「いいからっ」
胡春の口を塞ぐように、唇をあわせる。
前は私のほうが動揺していたけど、いまは胡春のリアクションが可愛いなと思ったりする。
ぷるんとした唇はいつも通りの感触。でも慣れない。
恋人になっても、ドキドキすることは変わらないし、むしろ強まっている。
唇をほんの少しだけ離す。指一本が間に入るか入らないかの距離で、私の五感は全て胡春が占領している。それがいい。
「ねぇ胡春!」
顔は近づけたまま、私はささやく。
「どうしたの?」
「わたしね。胡春とこうやって話してる時間がすき!」
私と胡春の二人だけの時間。それはずっと昔からあったけど、最近は今まで以上にっかけがえのないものだ。
せっかく付き合っているのだから、思ったことはすぐに共有したいし、しっかりと伝えておくべきだと思う。
「なに…いきなり…」
胡春はすぐに照れる。
前までは表情を変えることはほとんど無かったけど、林間学校に行ったくらいから表情豊かになった。
「私たち恋人だよ!だからさ、片時も離れたくないし、こういう時間も大切にしたいんだ」
「それは…亜希だけじゃなくて私もそうだけど…」
「うんうん。胡春は私のことだーいすきだもんね!」
「それはもちろん…そうだけど」
胡春は顔をわかりやすく赤く染めて言った。私のわかりやすい挑発も、胡春の手にかかれば嬉しい一言に変わるのだ。
私はこれだからもう!と心のなかで叫んで、胡春の背中に手を回した。
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