最27話 キャンプファイヤーと告白

 今日、胡春に想いを伝える。


 そう決意をしてからは、時間が早く過ぎていった。光陰矢の如しという言葉が身にしみて分かった気がする。

 昨日は愛結が部屋に戻ってきたあとすぐに眠って今日に備えた。

 期待と不安どちらもが混ざって、ドキドキする。

 でも、逃げるという選択肢は無かった。

 今日この日以上にいいタイミングはないだろうし、せっかく昨日キャンプファイヤーで踊ることを誘ったのだ。


「亜希ちゃん!ガンバ!」

「うん…」


 徐々に夜が近づいて、広場に積まれた木材に火が灯る時間が来ることを自覚する。そして愛結の応援に曖昧に返事する。

 うぅ。緊張してきた…。

 一日中ずっとこんな感じだ。

 自信なんてない…。

 幼馴染として胡春の隣に並べても、恋人としてはどうだろう。胡春は私なんかとは格が違う存在なのだ。

 劣等感からか午前中の飯盒炊爨もまともに集中できなくて、自由時間のいまも完全に楽しめていない。


 夜の宴はすぐに始まる。


 キャンプファイヤーの起源は火の神への崇拝だとか。私のアバンチュールだって一種の火だ。

 きっと大丈夫!

 私は頬をパンと叩く。

 ぞくぞくと人が集まってくる広場の端で私は立っている。夕焼けはもう見えない。僅かに残った光だけが照らしていて夜の始まりを告げる。


「亜希…その…そろそろだね」


 さっきまで私の隣にいた愛結はどこかへ行って、入れ替わるように胡春が話しかけてくる。

 胡春はTシャツの上にカーディガンを羽織っていて、いつも通りの印象だ。


「うん」


 ゴクリと息を飲む。ドクドクと、苦しいくらいに跳ねる心臓は私の力ではどうしようもない。緊張して立っているのもやっとだ。

 こういう時、どう話せばいいのだろうか。私にはわからない。


「亜希は、なんで私をダンスに誘ってくれたの?」

「うーん。胡春が…うんん。まだ言えない」


 キャンプファイヤーのラスト、胡春に告白する。そう決意したのだから今は言えない。


「そう…」

「そういうのは祭りの最後のお楽しみだよ!」


 胡春をダンスに誘った理由なんて一つしかない。それは勘付かれているかもしれないけど、どうせ数時間後には伝えているのだから、もう関係ない。


「あっ、始まるね」


 広場の中心に高く積まれた薪に火が焚べられる。まるで夜の始まりを告げるかのように、火の勢いは強くなっていく。


「綺麗だね。胡春!」

「そうね…」


 暗くなった広場を炎が照らす。胡春の瞳はそれを反射して、朱色に輝く。


「ねぇ、亜希…。あっちの方に行かない?」

「うん…いいけど。どうして?」

「その…亜希と二人っきりがいい…というか…その…」


 さっきまでの劣等感は消えて、心が晴れる。そういう事を言うのは反則だと思う。


「私もそうしたい…かも…」


 胡春は案外照れ屋さんなのかもしれない。

 炎に照らされていて、顔が赤いかどうかはわからないけど、きっと照れている。だって私もそうなのだから。

 でも私と胡春は似ている、わけではない。ただ付き合いが長いだけの幼馴染だ。

 それ以上の関係なんて望んでも来なかったし、十分に満足していた。


 私と胡春は広場を抜け、森の中に入る。


「こっちは暗いね…」


 キャンプファイヤーの光は僅かにしか入ってこない。たくさん人がいる広場とは違ってこっちのほうが静かだ。


 ちょうど良さそうな所を見つけて立ち止まる。


「じゃあ…その…私と踊ってくれませんか?」


 私は手を差し出して、そう言う。胡春は少しだけはにかんだ、気がした


「喜んで!」


 胡春は私の手をそっと包む。温かくて、心地いい。初めて胡春とキスをした時と同じような、感覚。

 唇が触れ合っているとかいないとか、そんなことは関係ないのかもしれない。ただ胡春が私だけのことを見ていてくれるという事実がたまらなく嬉しい。


 誰かと踊った経験なんて全く無い。

 手を握って、つま先を立てて、胡春の呼吸に合わせるだけだ。ダンスの基本の”き”も知らない私でもなんとなくで踊れる。


「亜希、なんだか楽しそうだね」

「それはもちろん!」


 緊張も、不安も、期待も、全部忘れて胡春と息を合わせる。その一体感が心地よくて、まるで胡春を独り占めしているみたいだ。


 私はもうとっくに恋に落ちていた。

 それは胡春と海にいく前から、きっと。


 キスをするのも、手を繋ぐのも、どうってことのないことじゃなくて、私にとって重要なことだったのだ。


 トントントンとステップとかは知らないけど、我ながらに上手に踊れている気がする。


「ねぇ、胡春!」


 いつもより一回り声が高くなってしまう。


「亜希…」


 キャンプファイヤーはまだ始まったばっかり。

 でも私の気持ちはとっくに溢れていた。


 初めてキスをした日から、私は胡春を恋愛対象としてみていたのかもしれない。

 私の中で揺れ動く、幼馴染としての好き。自分の好きが何なのか理解できなかった。

 私も胡春もピタリと動きが止まる。

 手だけ触れ合ったまま、私は深呼吸をする。


「胡春…。わっ、私、胡春に伝えたい事があるんだけど!」


 胸の高鳴りも、一番大きな私の気持ちもピークに達する。


「うん」


 胡春は頷いた。


「私は胡春のことが好き!それは…その…恋愛的な意味で!」


 私は全力で言葉を紡ぐ。肝心な所は上手に決めたいし、もうすでに決意を固めたのだから。

 告白にしては直接的過ぎただろうか。でもそれくらいがちょうどいい。私は不器用だから手の凝ったことはできないのだ。

 心が燃えるように熱い。頭も一瞬クラッとする。呼吸も苦しい。

 言ってしまったという自覚がちょっとだけ怖い。これで良かったのか、考えてしまう。


「私も…亜希のことがずっと好きなの!でも亜希は優しいから好意を押し付けるようなことになるのは違うんじゃないかって、考えちゃったの。だから、ありがと。亜希」


 笑顔でそう伝えてくれる胡春の言葉に、目が潤んでしまう。

 そんなのずるい。


「ねぇ。亜希。私と付き合って!」


 私が言おうとしたことを、胡春に奪われる。でもそうやって言ってくれるのは嬉しい。

 いつも私は胡春に迷惑をかけてばかりだから必要とされたかった。

 胡春に私が必要だって言ってほしかった。


「もちろん!喜んで!!」


 私は胡春の胸に、両手を握ったまま飛び込む。

 髪が擦れて、ふわりと香る胡春の匂い。ショートケーキのように甘くて、まとわりついてくる。

 でも、甘いのは気のせいかもしれない。ホテルに泊まって同じシャンプーを使っているはずだし、ヘアスタイリング剤を使っているのも見ていない。

 何かを伝えたかった気がするのに思い出せない。いまの状況が幸せを具現化したようでこの場所から動きたくないと考えてしまう。


 ふと上を見上げると胡春の顔が目の前に入ってくる。青紫色の髪はゆらゆらと揺れて、私の精神はトロンと溶けていくようだ。

 自然と胡春の唇に焦点を合わせてしまう。火の光を浴びて光沢を帯びている。

 キス…。

 私と胡春の長い間固定されたままだった関係を変えたもの。単なる唇を交える行為だけど、その意味は計り知れない。

 胡春は私のものだって主張しているような気になるし、その実感が何よりも誇らしく感じる。


「亜希…その…いい?」


 目を合わせて、胡春は聞いてくる。何なのかは自然と分かった。


「うん…胡春なら…嬉しいよ!」

「そう…」


 胡春は顔を近づけてくる。徐々に強まる甘い香りに酔ってしまいそうになる。

 そっと唇が触れる。

 柔らかくてぷるんとした感覚が唇越しに伝わってくる。

 私たちの二番目のファーストキスは木陰に隠れて。

 気持ちを込めたキスは初めての時よりもドキドキして、温かい。

 私の大切な胡春との思い出のアルバムは第二章へと移り変わる。


「胡春!大好き!」


 唇を離して言う。好きで好きで居ても立っても居られなくなったのだ。愛情表現はできるだけしたいし、伝えておかないと私が不安になる。

 前まで言っていた「好き」とは一味も二味も違って、何倍も特別だ。


「私も好きよ…亜希…」


 頬を赤く染めて言う胡春。そこまで照れなくても…と思うけど、胡春はそういうことを言う性格じゃない。


「うん!」


 そうやって頷くと、やっとこの現実を受け入れられた気がして自然と綻んだ。



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