第11話 お買い物
定期テストが終わると、すぐに終了式があり、夏休みだ。
燦々と照りつける太陽の光。拭ってもキリがない額の汗。
それなのに、私の隣を歩いている胡春は澄ました顔をしている。
「こんなに暑いのに、なんで私たちは外出なんてしてるんだろう…」
「それは水着を買うためよ!」
*
「そろそろ夏休みだね!胡春!」
テストが終わった頃、胡春と話していたとき。
そう語りかけると、胡春の表情が柔らかくなるのがわかる。
「そうね…海に行くとか話したよね…」
「そうだね!胡春はどこ行きたい?」
私たちが風邪から回復した日の朝、夏休みにどこへ行きたいか話し合ったのだ。山か海かというテーマは海という結果に落ち着いた。
「うーん。私たちが日帰りで行くなら実質一択じゃないかしら」
「そうだね…」
私たちがまだ小さいころに連れて行ってもらった海だ。家から日帰りで行くには実質そこしかないのだ。
それ以上遠出をすると日帰りじゃなくなるから、両親からの許可も下りないかもしれない。たぶん胡春と一緒って言えば大丈夫だけど。
「じゃあ水着買いに行かない?」
「いいけど…胡春は去年も買ってなかった?」
「そうだけど…収まりそうになくて」
胡春は大きいからな…。
ほぼ同じ環境で育ったのに、それぞれの成長具合がまちまちだ。それはきっと遺伝とかのせいだけど、ちょっと悔しい。
自分の体に不便はしていないけど、大きいのを見るとおぉってなって羨ましくなるのだ。
「じゃっ、行こ!今度の土日とかでどう?」
「うん!」
胡春はさっきまでとは程遠い無邪気な笑顔で微笑んだ。
定期テストのせいで気が付かなかったが、夏はまだ始まったばかり。今年の夏も胡春と思い出作りができるはずだ。
*
今日は、胡春と夏休みに使う水着を買いに来ていた。
そうは言っても、私は去年のがまだ着れるので買うのは胡春だけだ。
「やっぱり暑いわね…」
胡春はパタパタと片手で仰ぐ。
「じゃあ…手…離す?」
「それは嫌だわ」
私たちは、胡春の提案で手を繋いでいた。それ自体は良いのだけれども、今日は暑いから手汗が気になってならない。ベタベタしていて、どっちの汗だか分からないし…。
胡春の汗は綺麗なイメージだから問題はないのだけど、私の手汗は嫌がられているのではと心配になる。手を離そうとしないから、嫌がっている訳ではないと信じたいが。
身長が高い胡春が車道側を歩いている。それは胡春が気を使ってくれているのだろうけど、そういうことをされると変に意識してしまう。
私たちが向かっているショッピングモールは家から電車で数駅ほどの場所にある。小さいときからよく買い物をしていたところだ。
「ねぇ、胡春。ここってさ…」
私は見えてきたショッピングモールを指さして言った。
「うん。覚えているわよ」
「だよね…」
このショッピングモールは私にトラウマを植え付けた場所でもある。
*
小学校低学年くらいのとき。
私と胡春、そしてその両親の6人でこのショッピングモールに来た。その時も夏くらいだったと思う。
「ねぇ、胡春ちゃん。こっちの服も着てみない?」
まだ幼い顔立ちだった私と対照的に、胡春は年の割には大人びていて、このように着せ替え人形にされることも多々あった。
それを見ていた私は、可愛くて羨ましいな、くらいにしか思っていなかった。それにその親の目を盗んでちょっとした冒険をするのも好きだった。
掛けられている服の間を通ったり、大人用の服を見ていたり、いま思うと好き勝手にしていたなと思うほどだ。
「あれ…ママ…。こはる…?」
その時、私は迷子になった。
気がつけば、私は元々いたお店を出ていた。焦って何も考えられなくなっていたのだと思う。
てくてくと足を進めても知らない人ばかりだ。
周りにいる人は心配そうな目で私を見ている。そしてそれが私を更に焦らせる。
その瞬間、がしっと手が掴まれる。誰だろうと一瞬だけ怖くなった。
「亜希っ!!」
私はゆっくりと振り返る。はぁはぁと息を切らした胡春が私の手を掴んでいた。私が走っていくのをみて、急いで追いかけてくれたみたいだった。
「こはる…」
「どこに行ってるのよ!」
胡春は怒鳴った。でもそれは怒りとかそういう感情じゃなくて、優しさなんだなとすぐに分かった。
「ごめん。周り、見れてなかったみたい」
瞳から涙が流れていた。
怖かった。みんなが胡春にかまってばっかで、寂しかった。
「ごめん。泣かせるつもりがあって言ったわけじゃなくて…」
胡春はどうやら、私が怒鳴られて泣いているのだと思ったのだろう。でもそんなはずはない。
焦って、走って、そのときに胡春が助けてくれたから安心したのだと思う。
「うんん。ありがと、胡春!」
私は涙を拭って、できるだけ笑った。謝らないでと言うのは照れくさかったからだ。
胡春の顔が微かに赤くなった気がした。きっと気のせいだけど、可愛いなと思った。
そのあと、お母さんにこっぴどく叱られたのはまた別のお話だ。
*
「まさか、亜希が走ってどこかへ行っちゃうのだもの。心配したわ」
胡春は髪をさっと揺らした。青紫色のカーテンが鮮やかにたなびいて輝く。
「あの時は、何も考えられなかったんだもん」
「そう言えば、あの時初めて亜希が泣いているのを見たわ」
「別に…泣くことくらいあるでしょ」
泣いていたと指摘されるのは、小学生のときの話であったとしても恥ずかしい。
「いまだから言えるけど、その仕草にちょっとドキッときちゃったのよね…。」
「へ…」
点と点が繋がった感覚だ。あの時、胡春が頬を染めたと思ったのは気のせいではないのか。
「いや…何でもない…というか忘れてほしいというか…」
「照れてる胡春は可愛いよ!」
あの時私が言えなかったこと、そしていま思ったことだ。それに過去の事実から目を逸らしたかったのもある。
*
少し気まずい空気の中、歩いていって、ショッピングモールに到着する。
「今日は迷子にならないようにね。亜希」
からかってんのか…。
胡春はそう言って、トントンと肩を叩いてくる。
「仮にそうなってもスマホがあるので大丈夫ですー!!」
私はぷくーっと頬を膨らませて、対抗する。
「はいはい。そんなに可愛く怒らなくても…」
はぁ?と思ったが、このモードに入った胡春は誰にも太刀打ちできないのは知っている。
物事には諦めることも重要なのだ。
私たちはまず先に水着を取り扱っているお店に入る。それは私も胡春も用事は先に終わらせたい派であるという理由だ。
「どれにしようかしら…」
スクール水着から、ビキニまで、たくさんの品揃えでカラーバリエーションも豊富で圧巻だ。
「いろんな種類があるね…」
「そうね」
胡春はひとつひとつ手にとって、見ていく。
「これとかどう?」
上下の別れた、黄色のビキニ。なんというか、布面積が少ない。
これを胡春が着るのは…だめだ、一緒に海に行く予定の私が耐えられない。
「もうちょっと、露出が少ないのはどう?これとか」
私は目の前にあった白いフリルのついているものを提案する。これなら私でもギリ大丈夫そうだ。
「うん…まぁ亜希が勧めるなら、着てみるわ」
胡春はそう言って試着室に入る。待っている間は、手持ち無沙汰だけど、ちょっとだけそわそわして落ち着かない。
待っている間、店内を見渡すと数多くの水着が目に入る。ピンクなどの蛍光色のもの。胡春がいま試着しているフリルがついているもの。布面積がほとんどないもの。
どれでも胡春には似合いそうだけど、できれば露出が少ないものにしてほしい。それは私が見て、目を逸らすようなことはしたくはないというのと、あとはよその人に胡春の肌を見られたくないのだ。
独占欲なのか、なんなのか。胡春は私の幼馴染で、そういうのは私のためにでなくとも、大事なときに取っておいて欲しい。
「どうかしら…?」
シャーっとカーテンを開けて胡春が出てくる。
白いフリルのついたビキニは、胡春の色白さと相まって綺麗で清楚な印象を与える。
肌も艶があって、きっと丁寧に手入れをしているんだなと思わせた。一緒にお風呂に入ったことだってあるのに、少しだけ頬が熱くなった。
「可愛いよ!胡春!」
「そう…ありがと」
胡春は照れくさそうに、視線を床に移す。
「じゃあ、これにするわ」
「えっ。もう決めちゃうの?」
試着をしたのはいま胡春が着ているものだけだ。たったこれだけで、決めてしまうのはもったいない。
「うん、サイズも問題ないし亜希が可愛いって言ってくれたし…」
「胡春は何を着ても可愛いよ」
スタイルがいいからね、と付け加える。
「もう…すぐそういうこと言うんだから…」
そう言って胡春は試着室に入ってカーテンを閉めた。露骨に恥ずかしがっている胡春は可愛くて、私の顔まで赤くなった。
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