第13話 昼食とあーん
胡春が水着を買ったあと。
「お腹が空いたわね…」
私服に着替えた胡春がそう零す。集合時間が遅かったのもあり、正午に差し掛かるくらいの時間でそう思うのも無理はない。
さっきまで繋いでいた胡春の手は水着の入った袋に奪われてしまった。
別に手を繋ぎたいってわけじゃないけど、空いた手を見ると寂しくなる。
「そうだね。どっかで食べよっか」
「亜希は何か食べたいものある?」
「うーん。特にはないけど…。あっ、あれは?」
私が指をさしたのは、イタリアンのお店。私も胡春もガッツリ食べるタイプじゃないからちょうどいいと思ったのだ。
それに胡春は私の希望を叶えようとしてくれるから、譲り合ってしまうとキリがないのだ。
「いいね。いきましょ!」
*
店内はお昼時ということもあり賑わっていた。案内された席に胡春と向き合うように座る。
木目調の店内は、柔らかい黄色の明かりで、オシャレなイタリアンレストランという感じだ。
「亜希はどれにする?」
メニューをパラパラ眺めながらそう胡春は言う。
「うーん。やっぱりパスタかな…」
イタリアンといえば、パスタだと思う。特にトマトパスタはイタリアン料理店に入ると毎回と言っていいほど注文している気がする。子どもっぽいかもしれないけど、私の好きな味だ。
「いつものトマトパスタ?」
「そうだね…」
そのことは胡春も気がついているようで…。
「胡春はなににするの?」
「そうね…。私はカルボナーラにするわ」
「おぉ!カルボナーラも美味しそうだね!」
私はイタリアンレストランではほとんどトマトパスタばかり食べるが、他の料理が嫌いだということではない。ママはたくさんの種類の料理を作ってくれるし、私だって胡春と料理する。
「一口あげるよ」
「ありがと。私もトマトパスタ、一口あげるね!」
「…あ、ありがと」
胡春がくれると言うなら私もあげるのが筋だろう。だけど、何かそわそわする胡春もいて…。
私たちは注文を済ませて待つ。着席したときに貰った水を少しだけ口に含みゴクリと飲む。
「ねぇ。海に行くって言う話だけど、愛結も誘っていいかな」
私はそう提案した。私にとって胡春も愛結も大切だし、学校では3人で仲良くしている。それなのに愛結を放って置くのは気が引けた。
「えっ…」
胡春は驚いたように顔を引きつらせた。
「嫌だった?」
胡春が愛結と一緒に海に行きたくないのなら、無理強いはしない。それは私が愛結に海に行ったことを言わなければ、
胡春は愛結といると、ジト目になる。不快感を示すような、そんな感じだ。実は愛結のことが嫌いなのかと考えるほどだ。
「いや…あの…そういうわけじゃないというか…。亜希と2人で行きたいな…なんて」
えっ…?
私と2人で行きたいとはどういうことなのか、耳を疑った。私は3人で行ったほうが楽しいと思う。
胡春とも夏の思い出づくりをしたい、それに愛結とだってしたい。
そう思っていたけど、胡春の提案はちょっとだけ嬉しい。それは私が心のどこかで胡春と二人っきりで行きたいと思っていたのかもしれないし、そう言ってほしかったのかもしれない。
「亜希をひとりじめしたい…というか…」
顔を真っ赤に染めて胡春はそう言う。
そんな顔をされたら断れないよ…。
「そうだね」
私は静かに頷く。
そもそも胡春の望みとあれば叶えてあげたいが、そんなことを言われたら断れるはずがない。
私から愛結へ埋め合わせはするとして、今回は胡春と幼馴染の水入らずの時間を楽しもう、そう心に決めた。
その後は他愛のない雑談をしてしばらくすると、注文したトマトパスタとカルボナーラが配膳される。
「じゃ、食べよ。胡春」
「そうね」
私たちは手を合わせて「いただきます」と声をあわせる。そして、フォークを使ってくるくるとパスタを巻きつけて、口へ運ぶ。
「おいしいね」
「こっちのカルボナーラも美味しいわ」
「うんうん」
胡春も満足そうな表情だ。
「じゃあ、亜希。一口あげるわ」
胡春はカルボナーラをフォークに巻きつける。
あー。一口あげるって、あーんしてくれるってことだったのね…。
「はい」
胡春は私にカルボナーラを巻き付けたフォークを向ける。私は前かがみになって、ゆっくりと口を開く。
はむっと頬張ると、濃厚なクリームソースの味が口に広がる。
キスをしたときとは違って、感じるのはカルボナーラの味だけ。香りも雰囲気も全然違う、ただの間接キス。
幼馴染だから特に問題はないはずなのに、なにか悪いことをしているような気がした。
「どう、美味しい?」
「うん。じゃあ私のトマトパスタもあげるね」
この流れだと、私も胡春にあーんしなきゃいけないんだよね…。
嫌では…ない。なんなら嬉しいとすら思うときもある。
間接キスだって、直接するのも。でも私たちは幼馴染だから、私のこの感覚は間違っているのかもしれないと最近思うのだ。
付き合っているわけではない、あくまでも幼馴染なのだから。
私はくるくるとパスタをフォークに巻きつける。そしてそれを胡春に差し出す。パクっと食べる胡春の姿は、まるで小動物のよう。可愛い。
いつもと違う感覚にドキッとしてしまう。
これもきっと幼馴染に対して生まれる感情ではない。
「どう?」
「うん。美味しいね」
まぁそれはともかく、胡春がトマトパスタを気に入ってくれたようでなによりだ。
私たちは黙々と食べ進める。それはただ私が恥ずかしかっただけかもしれないし、幼馴染にドキッとしてしまって罪悪感でもあったのかもしれない。
「ねぇ、亜希。体調、悪い?」
そんな私の様子を察したのか胡春は、そう尋ねてくる。
「そうじゃなくて…。大丈夫だから」
なんとも言えない感情のやり場に困って、
私は、今日は楽しい胡春とのお買い物だから、頑張ってそれを忘れた。
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